「3、2、1―――!」
「海南大附属高校、17年連続優勝ーーーー!!!!!」

 大会最終日、第一試合の武里対海南は海南の圧勝に終わり海南が完全優勝を見せて観客席は踊った。
 そうして会場は第二試合への準備に取りかかり、観客席後ろの通路からその様子を見ていたの耳に集団の足音が近づいてきて振り返る。すると見知った海南勢の顔ぶれが並んでおり、あ、とは笑みを作った。
「お兄ちゃん! 優勝おめでとう!」
「おう。なんだお前、こんな所に突っ立って見てたのか?」
「うん。観客席の反応を見られるのもけっこう面白くて」
 言いつつ、紳一の後ろにいた神たちにも祝いの言葉を述べる。みな優勝を決めた直後で表情はすこぶる明るい。
「お前も一緒に見るか?」
 紳一がすぐ下の、既に確保してあるらしき最前列の空席に目配せし、んー、とは口籠もった。
「いいや。私はここから見るよ」
 すると、紳一はきょとんと瞬きをした。
「いいのか? 近くで仙道を見なくても」
「い、いいってば! もう」
 紳一は、おかしなヤツだ、とでも言いたげに肩を竦めるとそのまま海南陣を引き連れて観客席の方へと降りていき、フーッとは息を吐く。
 昨日、「絶対勝って」などと言ってしまった手前。これ以上プレッシャーをかけるわけにはいかないではないか。と過ぎらせつつは陵南陣営の方へ視線を投げた。
「仙道くん、今日はフォワードかな。流川くんがいるし」
 陵南のスターティングメンバーが昨日と一緒だとしても、湘北には流川がいる以上わざわざポイントガードに仙道を起用してなおかつ宮城にぶつけるようなことはしないだろう。ということは陵南のフロントコート――センター・フォワード――は魚住・仙道・福田。バックコート――ガード――は植草・越野ということになる。
「湘北のフロントコート陣は赤木さん、流川くん、桜木くん、か。んー……」
 高さは少々陵南に分があるが、湘北のルーキーコンビはジャンプ力が違う。イーブンと見てもいいだろう。センター対決はやや赤木が勝っているが、赤木の海南戦での怪我がもう完治しているとは思えない。ここも五分だ。
「流川くんは、まあ、仙道くんがおさえるとして……。桜木・福田は……得点力は福田くんがあるけど、リバウンドは圧倒的に桜木くん。越野くんに三井さんが抑えられるか微妙だし、三井さんの調子が良ければアウトサイドからやられちゃうかも……」
 なんだかんだ宮城に外はないし。このフロントコート陣では切れ込んでも厳しい。
「湘北は外次第、陵南は中次第、かな……」
 ゆえに陵南はディフェンスを外に広げざるを得ず、湘北は中をしめるしかない。
 にしても、このフロントコート陣は両校ともに相当に強烈だ。平均身長は192センチ。ジャンプ力も並以上であり、全員がアリウープからのダンクシュートを決められるほどのポテンシャルを秘めている。などと考えて、自然との瞳は影を落とした。
「……ミ、ミニバスのゴールなら……ダンクくらい余裕で……私だって……」
 思わずジト目で対抗してブツブツ言っている間にも10分間のウォームアップが終了し、試合開始を前に最終戦恒例ののスターティングメンバー紹介が華々しく開始された。
 これは観客席の反応が見られるこの場所が楽しいというものだ、とは波打つ観客を見守った。
 先だって紹介された湘北のメンバーで一番声援をもらっていたのは意外にも桜木で、彼がスター選手に必要な「華」を兼ね備えていることを再認識させられる。下手を打てば、第一試合の時の紳一や神よりも大きな声援を受けている。
「流川くんは女性ファンが多いなぁ、相変わらず……」
 流川が桜木に勝っていたのは黄色い声援であり、苦笑いを浮かべつつ――陵南の選手達を見守る。
 そして桜木に勝る声援を一身に受けたのはやはり仙道であり、ヤレヤレ、と肩を落としたのはのみではなく紳一も同じだった。

「すごい声援だな……」
「ホントっすね。野太い声も、流川並の黄色い声も飛んでやがる……」

 流川が出てきたときには黄色い声援に混じってブーイングを飛ばしていた清田も感心しきりにキョロキョロし、その様子を見ていた神も肩を竦めた。どうやら仙道にまで張り合う気は毛頭無いらしい。その辺りがいかにも清田らしい、と。

 ティップオフし、予選最後の一戦が幕を開ける。
 陵南はディフェンスはマンツーマンで対応していた。やはり今日の仙道は本来のフォワードだ。マンツーで来たからなのか、湘北は福田がついている桜木に比較的パスを出す傾向にあった。
「ま、当然かな。あそこのディフェンス、穴だし」
 フ、とは腕組みをする。しかし、悲しいかなこちらも素人の桜木にはドライブで福田を抜き去るほどの技術はまだない。しかも――。

「コラ待てこのカッコつけ野郎め、センドー!! この桜木率いる湘北は同じ相手に二度は負けーーん!!!」

 なぜか桜木は仙道に突っかかっており、心なしか仙道も嬉しそうな表情を浮かべている、ように見えた。
「なにをブツブツと……トラッシュトークでもしてるの……?」
 これは仙道の桜木びいきも相当にひどいレベルだな。と、若干はらはらしながら見つめる。が、仙道に迫る長身、仙道以上のジャンプ力、脚力、瞬発力――。
「んー……。"天才"ね……」
 あいつはいつか、すごい選手になる。と言っていた仙道の言葉を浮かべては息を吐いた。まだ現役の選手だというのに、あの大らかすぎる所は困りものだな、と思いつつ見やる先では攻守が交代している。福田にパスが通り――陵南のメンバーはコースをあけるようにして逆サイドに引いてしまった。
「お……」
 アイソレーションだ。つまりボールを持つ選手が攻めやすいような空間をわざと作るために味方はウィークサイドに退くオフェンスのフォーメーションである。――湘北が桜木に意図してか意図せずかボールを集めていたように、陵南も桜木のディフェンスが穴だと踏んでの策だろう。
「魚住さん、仙道くんよりも福田くんを優先する、か」
 しかし、この策はあたったようで外れた。目論見通り福田は桜木を抜いてみせたが――それを予想していたらしき三井がヘルプに入り、逆にチャージングを取られてしまったのだ。
 さすが元中学MVPである。越野をマークしながらのヘルプはさすがとしか言いようがない。
「あー……やっぱり越野くんのところが地味に穴だな……。湘北は桜木くんより三井さんにボール集めるべき、と」
 もっともそれをやられては陵南に不利になるため、現行でいいのだが。でも。とムズムズするような感覚はバスケバカの悲しい性だろう。

 陵南はやはりフィニッシャーを福田に絞り、順調に福田が得点を重ねた。波は陵南、に見えたものの桜木が負傷で交代を余儀なくされ――福田のマークが三井に替わる。

 ――福田対三井なら、三井だ。
 案の定、福田の得点はストップし逆に三井の点が入り始めて波が少し湘北に傾きはじめ、は眉を寄せた。
「ガード陣、しっかり!」
 ずっと10点以上開いていた点差を一気に一桁に戻されて、渋い視線をガードの二人に送る。まだ前半。一桁まで追い上げられれば相手が勢いづいて逆風が吹いてしまうからだ。こういうゲームコントロールはガードの仕事であり、早めに福田への連続パスを諦めて切り替えるべきであったというのに――。
 やはり、湘北の宮城のほうが数枚上か……と感じた矢先。単独で突っ込んできた仙道が流川・赤木の上から見事なまでのフェイダウェイ・ジャンプショットを決め、グ、とは息を詰まらせた。
「欲しいところで……、この一本……」
 嫌みなほど完璧なエースだ。さすがに仙道。が、いっそガードの頼りなさが浮き彫りになって、の胸中には焦燥がこみ上げてきた。
 それを反映するかのように、前半終了直前。三井が本日数本目のスリーポイントシュートを決め、湘北は6点差まで追い上げたところで後半を迎えることになった。
湘北は個性の強いチームだ。"エース"になれる存在が何人もいる。実際、前半ラストを引っ張っていたのは流川ではなく確実に三井だ。
 ムードメーカーの桜木が負傷、エース流川・キャプテン赤木が目立たない中で三井が流れを湘北に作り出した。陵南と湘北の最大の違いは、これだ。もとより湘北のメンバーはメンタルが強い。全員がチームに影響を及ぼすパワーを有している。が、陵南は――。
 昨日の仙道に頼りきりだった陵南のメンバーを思いだして、は小さく肩で息をした。
 いずれにせよ、湘北のエース・流川が前半まったく点を取りにきていない。体力の乏しい彼のことだ、おそらく勝負を後半にかけているのだろう。

「後半……勝負だな。仙道か、それとも流川か……」

 紳一もまた観客席で雑音を耳に入れながらそんな風に呟いていた。

 一方の田岡も前半の湘北は三井によって引っ張られていたことを認めて控え室にて選手達に注意を促していた。
「ブランクがあったとはいえ、三井はかつては県のMVPに選ばれたほどの男だ! 絶対に油断はするな!」
 何より三井のバスケットのセンス・才能がずば抜けていることは、かつて三井にスカウトを試みて失敗した過去を持つ田岡には痛いほどに分かっていた。それだけに、よけいに負けられないという思いもある。
 そこで田岡はディフェンスを強化するためにガードの越野をさげてディフェンスに強いフォワードの三年生・池上を投入することを決め、選手達を鼓舞した。
 そんなチームの声を耳に入れながら仙道は水分補給をしつつ、前半の流川について考えていた。
 前半、彼はあまり勝負を挑んでこなかったのだ。あまりに流川らしくない。闘志だけはいつも以上に漲らせているのに、だ。
「…………」
 これは後半、要注意だな。と考える脳裏に、ふと昨日のの声が蘇ってきた。

『明日の試合、ぜったい勝って!』 

 彼女なりにこちらにかける言葉を考えていたのだろうが。まさか、自分がインターハイでプレイを見たいがために勝て、とは。こんな激励、生まれてこの方されたことがない。
「ヤレヤレ……」
 思わず笑みを零すと、前方からひどく寒気を覚えるプレッシャーを感じた。

「なにが"ヤレヤレ"だ、仙道ォ!! お前は人の話を聞いているのか!? 気合い入れんか気合い!!」

 控え室を揺らすほどの田岡の怒声が飛び、ビクッ、と仙道は肩を揺らした。


 ――後半戦。
 福田の得点は三井がマークについたことで止まったが、三井の得点もまた池上がマークにつくことで止まった。
 シューターに、ディフェンスのいいマークマンが個別で付くことはままあることである。ゆえに、シューターはいかに動きいかにフリーになれるかということも重要な仕事だ。
 この辺り、神は40分フルで走りきるだけの体力が備わっている。逆に、ブランクのある三井には厳しいのだろう。いまも後半戦が始まったばかりだというのに既に肩で激しく息をしており、かなりの消耗が見られる。
 やっぱり体力だけは維持するべきだな。と、は切実に感じつつふと自分の手を見やった。
 二年間、完全に空白期間があるらしき三井でもまだあれだけのプレイができているのだ。自分も、まだ忘れてない――、と未練がましく唇を噛みしめつつスコアボードを見やる。
「――ッ」
 前半、常にリードを奪っていた陵南だというのに三井の連続スリーで流れが変わり、後半に入ってからは積極果敢な流川の攻めによってあっという間に点差を詰められてしまった。しかも、あの仙道から何度もゴールを奪って、だ。

「うおお、また流川だッ!」
「はええ――!」

 ピク、との頬が撓る。仙道はブロックに飛び上がったが――流川のクイックモーションからのジャンプシュートは一歩上を行き、気持ちのいい音を立ててリングを貫いてしまった。
 モーションがはやい。さすがに流川だ。などと感心するも――仙道はこれで3ゴール連続で流川に得点を許している。しかも一度はバスケットカウントを取られるという失態を犯しているのだ。

「すげえな、あの一年! あの仙道に競り勝ってるぜ!」
「既に仙道を超えたか!?」
「キャーー!!! 流川クーーーーーン!!!」

 熱狂する観客や流川応援団の声を聞き入れつつ――、しまった、という顔つきをしている仙道に僅かに苛立ったはキュッと手すりを握りしめた。が、それだけでは抑えきれず、気づけば身を乗り出していた。

「仙道くーん! なにやってるの!? もっと集中して!!!」

 刹那、一斉に海南レギュラー陣が振り返った。

「な、なにを怒ってるんだ、アイツは……」

 陵南のベンチ陣も観客席を見上げ、おお、と彦一が手を叩く。
「あれは……、海南・牧さんの妹さんや! 仙道さんを激励してはる!!」
 しかし――、陵南監督・田岡茂一の耳にはの声など届いていなかった。田岡もまた連続で敵陣の一年に自身のチームのエースがゴールを奪われたことに怒りを抑えきれずプルプルと腕を震わせており、ついに頂点に達した瞳がカッと見開かれた。

「何をやっとるか、仙道ォオオ!! 朝メシちゃんと食ってきたのかッ!? いつまでのらりくらりやっとるか! ビシッと止めんかぁ! そんな一年坊主!!」

 瞬間、の声に「ゲッ」と漏らしていた仙道の肩が、ビクッ、と震えた。
 館内がどよめき、「陵南の監督、こえええ」と声がとんだと思えば、笑いも起こっている。

「いいぞ、仙道ー!」
「客席・ベンチ両方から説教くらってるぜー!」
「頑張れよー、天才ッ!」

 その反応に、田岡もハッと正気を取り戻したものの、もハッとしてかすかに身をかがめ、ばつの悪い表情を浮かべた。

 ――やってしまった。

 これにより仙道の危機感が増した。か、否かは定かではないが――確実に先ほどよりも集中力が増したらしく、すぐに流川から一本奪い返したかと思えば流川のシュートをも叩き落として館内をどよめかせた。
「さすが仙道ッ!」
「やっぱりやってくれるぜッ!!」
 一本取られては一本奪い、という一進一退の攻防が続く。仙道にとって目の前の相手・流川はそう簡単な相手ではないだろう。だが、いける、とは拳を握りしめた。流川はすでに本調子だ。だが仙道はまだまだこんなものではない――! と昂揚しかけた胸の高鳴りが一転、絶望へと叩き落とされる出来事がおこった。
 ゴール下でシュートを放った桜木を魚住がブロックした瞬間にホイッスルがけたたましい音をたて、は――いや陵南陣営の全ての人間が愕然とした。

「ハッキング! 白、4番――!!」

 魚住の、本日4つ目のファウルだ。しかも残り時間はあと10分以上残っている。――誰しもが昨日の海南戦での悪夢を思い出したに違いない。後半、5ファウルで退場となりチーム力で海南に劣った陵南は敗退を記した新しくも苦い記憶だ。
 残り時間を考慮すれば5ファウルでの退場をおそれてベンチに引っ込める他に術はない。すぐさま交代のブザーがなり、陵南は控えセンターが魚住の替わりに入った。
 はきつく眉を寄せていた。今日は魚住が退場になったわけではない。終盤になればまた戻ってくるだろう。しかし、その時にいつものような攻めのプレイができるか否か――。
「……仙道、くん……」
 昨日、大黒柱の魚住を失い、それでも仙道がいるから何とかなるはずだという仲間の信頼を受け――、なんとかやりきろうとして、そして叶わなかった姿を浮かべて歯がみをした。
 これでまた仙道の負担が増える――。
 事実、控えセンターは湘北の大黒柱・赤木に全く対抗できず、湘北は積極果敢にインサイドに切り込む作戦を取った。もっとも確実に点を取れる場所がセンターとなったのだ、これを使わない手はないだろう。それに湘北はキャプテン赤木が勢い付けばチーム全体が活気づいてくる。
 たった一分ほどであっという間に5点も差を付けられ館内は湘北コールで沸いて、陵南陣営にはまるで崖っぷちに追いつめられたように言葉を失っていた。
 焦燥からか、コート上の陵南の選手達の目線さえ床の方へと落ちてしまっている。
 が――、ふいに辺りに手を打ち鳴らす音が聞こえ、みなが顔をあげた。仙道だ。

「一本だ! 落ち着いて一本行こう! まだ慌てるような時間じゃない!」

 残り時間はあと9分30秒。
 その仙道の声を聞いて他の四人はホッとしたように頷き、仙道はその皆の顔を見てニコッと口角をあげた。
「さぁ、行こうか!」
 大丈夫だ。落ち着いて。そう励ますような仙道の笑顔だった。
「仙道くん……」
 笑ってる――、いつもそうしてるみたいに。と、は仙道を見下ろす。思えば仙道彰という人間は、どういう意図であれ、にこにこしているのが常だ。いまもきっと、チームメイトを安堵させるために微笑んだに違いない。
 けれど、現実問題として巻き返しをはかるのは厳しい。
「"まだ慌てるような時間じゃない"か……」
 もしも自分が仙道の立場だったら、あんな風に言えるだろうか? 自分には、少なくともいつも紳一や諸星がいた。たった一人で全てを背負って戦っていたわけではない。仙道は、自分と同い年なのだ。本来なら三年生をまだ頼っていいはずの立場だというのに――。
 いくら仙道が天才であっても、一人で五人分の働きは出来ない。慌てるような時間ではないという言葉とは裏腹に瞬く間に10点以上離されてしまい、は首を振るった。
 ――助けに行きたい。自分があの場にいれば、攻守で負担を分け合えるのに。
 なんて思ってはいけない。バスケットはもう、やめたのだから。生まれたときから決して共に戦えないと、気付いて受け入れるまでに14年もかかってしまった。――と絶望と共に見上げた諸星の顔を浮かべて歯噛みをした。
 そして、振り切るようには声援を送った。
「しっかりー!! 頑張ってーー!!」
 いまは自分の感傷などどうでもいいのだ。あんなに才能溢れる選手が、こんな所で埋もれてしまってはダメだ。必ずインターハイに進んで欲しい。
 陵南もこれ以上離されたら追い上げは不可能と判断したのか、残り6分強の段階で魚住をコートに戻した。
「魚住だーー!!」
「4ファウルの魚住がコートに戻ってきたぞ!」
 もホッと胸をなで下ろした。これで仙道の負担が少しは減る――と仙道を見やると、肩で息をしていた仙道は魚住を見据えて、そして心底安堵したように、ほ、と息を吐いておりは手で口元を覆った。
「仙道くん……」
 もはや緊張の糸が切れる寸前だったのだろう。そう、昨日ラスト5秒で勝負を仕掛けたあとのように。
 しかしながら魚住がコートに戻るもいまの湘北の勢いを止めるのは難しく――ついには15点もの点差が開いてしまった。
 厳しい。誰もがそう感じた。魚住を戻してさえ流れは変わらず、残り時間5分で15点差。それに――。

「交代です!」

 体力の限界だったらしきポイントガードの植草がベンチに下がり、セカンドガードの越野が替わりに出てきた。
「越野くんがポイントガード……」
 越野は元来のポジションは一応2番となっているが、致命的に外がない。得点力の方はほぼ期待できない。それに、この15点差をひっくり返すゲームメイクを期待するのは酷だろう。
 とはいえ。
「仙道くんがオフェンスに専念できれば、いまコート上にいる誰よりも強いもの。ディフェンスを締めて、ガードがうまくボールを運べば……あるいは……」
 そうだ。仙道に頼り切りにならず、陵南がうまく機能すれば――きっと勝てるはず。まだ5分ある。
 陵南側もそう自然と理解したのだろう。いままで下がってガードの役目もこなしていた仙道が積極的にフロントコートにあがった。
 ごく、とは喉を鳴らした。
 仙道が今年に入って少しプレイスタイルを変えたのは知っている。けれど初めて目の当たりにした去年の仙道は、今まで見てきた選手達の中で誰よりも強烈なスコアラーだった。いっそ嫌みなほどに多彩な技を駆使する――。
「行けぇ、仙道くーーん!!」
 フロントコートにあがった仙道はあっという間に5点詰め、パスカットからの速攻で風のごとく流川と桜木の二人を抜き去って今日で一番派手なダンクシュートを決めた。
 観客が熱狂渦巻く中、その期待に一気に応えるように仙道はついに一人で7連続ゴールを決めた。うち一つは宮城からバスケットカウントを奪っての3点プレイであり――宮城を4ファウルに追いつめたファインプレイだ。
 ぞくぞく、と鳥肌の立つような怒濤の攻めだった。
「すごい……! すごい、やっぱり仙道くんはすごい……!!」
 間違いない。彼こそ、彼こそ諸星を抑えて日本一になれる選手だ――! だから、神奈川に留まっていてはいけない。
 たまらず湘北はタイムアウトを取るも、勢いは変わらない。それどころかタイムアウト明け――陵南はゾーンプレスを仕掛けて勝負に出てきた。
「オールコート!? この時間帯で……!!」
 ゾーンプレスとはゾーンを敷きながらボールホルダーに一定のフォーメーションで積極果敢にボールを奪いに行きスティールを狙う攻撃的なディフェンスだ。しかもオールコートとなれば足を止めずに走り続けなければならず、終盤のこの時間帯で行うのは辛い。
 陵南は相当に練習を積んできたのだろう。仙道を見ても、ディフェンス面は去年よりかなり強化されているのだ。練習にきちんと行っているのかさえ怪しいあの仙道でそれだ。ディフェンスは地味な鍛錬を地道に積み重ねなければ絶対に進歩することはない。ということは、死ぬほどの練習をやり遂げたと言うことだ。
 ボールを守る宮城は仙道に取らされた4ファウルのせいで強気で突破しに行けない。
 宮城からパスを受け取った桜木のやけくそのオーバースローでバックボードにあたって跳ね返ったボールを奪った陵南は速攻を仕掛け――またも仙道が、今度は赤木のファウル覚悟のブロッキングを全身で受けてなおジャンプシュートを決めた。
 バスケットカウントを宣言する審判の声が響き、コートに倒れたまま仙道はガッツポーズをした。
 あたり負けしてなおシュートを決めるとは。もはや止める術はないのか――、と湘北陣営は戦慄したことだろう。
 だが、これが仙道だ。仙道彰のプレイなのだ。
 ――お願い、このまま……このまま勝って!
 しかし、手を組んで祈るようにが見据えるも湘北とて初の全国出場がかかった試合だ。一筋縄ではいかない。
 仙道さえも認めた「天才」、初心者の桜木が驚くほどの働きを見せ、スコアは64対65。僅か1点差がなかなか埋まらない。
 もしもここで一本決められて3点差となれば致命的だ。なぜなら陵南には外がない。神や三井のようなスリーポイントを得意とするシューターがいないからだ。残り時間は1分を切っているのだ。もしも、ここを取られれば致命傷。
「死守だ! ここは守るぞ!!」
 しかし。勝負運やツキというものもあるのだろうか。陵南気迫の守りを見せるも――またも初心者・桜木のパスがアウトサイドにいたフリーの選手に通り、放たれたボールは綺麗な弧を描いて無情にもリングを貫いてしまった。
「――ッ……」
 ふ、とは一瞬だけ膝の力が抜けたのを感じ、慌てて手すりを掴んだ。
「よ、4点差…………」
 残り、58秒。――3ゴール入れなければ、勝てない。
 カチ、カチ、と無意識に頭の中で秒針が回り始めた。陵南の攻撃。湘北も死にものぐるいだ。ボールを運びながら越野が仙道に目線を送った。仙道も、自分が決めにいくつもりだろう。パスを受けた仙道は果敢なドライブで流川を抜き去り、急にヘルプに入り込んできた赤木をもとっさのダッキングで抜き去って空中で桜木をかわして鋭いバックレイアップを決めた。
 だが、それでも――。2点差。残り38秒。湘北ボール。陵南は湘北からボールを奪わなければ勝ちはない。湘北は30秒目一杯使うつもりだ。陵南も走ったが、湘北も走り、パスを回し、30秒オーバータームのカウントダウンが始まった時にゴール下の赤木が魚住を抜いてシュート体勢を見せた。が、福田がヘルプに入る。手元が狂ったか、そのボールはリングを跳ね――。
「リバンッ!」
 最後のリバウンド勝負は――。そうだ。湘北には、リバウンドだけは神奈川トップとなるだろう桜木がいたのだ。

『アイツはいつか、スゲー選手になる』

 リバウンド! と叫んだの脳裏に、なぜかいつかそう嬉しそうに言った仙道の声が過ぎった。その瞳に――桜木がボールを捉え、そのままリングにボールをたたき込んで鮮やかなプットバックダンクを決めた様子が映った。そして――。

「戻れー! センドーが狙ってくるぞーー!!」

 カチ、と脳裏の秒針は残り3秒を指した。点差は、4点。ボールを手に取った仙道は桜木の声にただ虚を突かれたような表情を浮かべた。

 非情にも館内に終了のブザーが鳴り響き……、湘北陣営は跳び上がって歓喜し、陵南の選手達はその場に崩れ落ちた。
 仙道は――微動だにしなかった。まるで昨日の試合終了時のように。悲しいのか、悔しいのかさえ微塵も見せることなく。


「表彰式だ、降りるぞ」

 それぞれの感情が渦巻いているコートを後目に、紳一は部員達に声をかけて席を立った。そして階段を上ろうとすると、の姿が視界に映る。
……」
 手すりを掴む手が震えている。懸命に崩れ落ちそうな身体を支えている状態だ。表情は白いまま――いまは何も映ってないに違いない。まだ目の前の仙道の敗北を受け入れられないのだろう。
ちゃん……」
さん……」
 神たちがどうしたのかと目線を送ったが、紳一は首を横に振るうと先に部員達を行かせてからの隣に行き、そっとの肩に手を置いた。ピクッ、との身体が撓る。

「アイツには、まだ来年がある」

 紳一の声が聞こえ――そして足音が遠ざかる気配がした。
 仙道はまだ二年生。来年、またチャンスはある――。だが――。
「……でも……。でも……!!」
 ふるふると拒否するようには首を振るった。雑踏が、やたら遠い。まだ何も実感がない。

「優勝――海南大附属高等学校。準優勝――県立湘北高等学校」

 ああ、今はその校名を聞きたくはない。と、は視界に優勝カップを手にする紳一を遠く見ながら唇を噛みしめた。


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