――4月。 またこの季節がやってきた。――と、少なからず新3年生は誰もが思った。 しかも、「ソレ」は3年目にして最大の規模を誇った。 なぜならば――。 「及川せんぱーーい!!」 「及川先輩、お久しぶりでーす! 及川先輩に会いたくて青城入りましたあ!」 「及川さーん!」 毎年恒例、春の風物詩である北川第一時代から続く及川フィーバーである。その伝統行事の始まりは、今年は入学式であった。 入学式を始業式の前日に行っている青葉城西は、在校生代表として生徒会や各種委員会のメンバーに加え複数の部活の代表者が出席するのが習わしだ。 一つは吹奏楽部。これは演奏のためであり、あとは活躍の目立つ部の代表者が部活紹介という形で出たわけであるが。 青葉城西随一の活躍を誇る男子バレー部は毎年出席しており、部長及び副部長が参加する決まりで、今年は及川と岩泉であった。 そして美術部もまたしかりで、美術部は自身の活躍で名が知られるようになった事もあり、は部長ではなかったが今年は部長と共に式に参加した。 ゆえに、もしっかりと目撃した。及川がステージに上がった瞬間に保護者を含めた女性全体がどよめいたのを、だ。 光速で新入生は「青葉城西にカッコイイ人がいる」という事を周知し、及川フィーバーは空前絶後の規模となった。 そうして翌日の始業式に2,3年生は新しいクラスに割り振られ、午前中はオリエンテーションと式が行われた。 午後からは部活勧誘の時間となり――この有り様である、とは正門から第三体育館へ続く道に設置された各部活勧誘ブースでひときわ盛り上がる男子バレー部を遠目に見てさすがに圧倒されていた。 今朝、クラス割りの掲示板を見て――予測が付いていた事とはいえ、は及川と同じクラスとなったことを知った。 そうして割り振られたクラスに入れば席順が黒板に示してあり、及川は窓際の後ろの席、は廊下側から二列目で比較的離れてしまった。 しかしながら6年間で及川と同じクラスとなったのは初めてのことであり、は黒板に及川の名があることを単純に嬉しく感じた。 が。より遅れて登校してきた及川はクラスに顔を出すや否や「及川君って国立理系なの!?」「えー、どこ受けるの!?」と女子に取り囲まれており、は例え同じクラスでも話しかけるチャンスはそうは巡ってこないのだと早々に悟った。 ――と、つい午前中のことを思い出しつつ遠巻きに男子バレー部を見やっていた思考は「すみません」と声をかけられたことで途切れた。 一方の及川は視線を送ってくる女生徒ににこやかに対応をしつつも、新入部員の方もちゃんと見ていた。 行き交う初々しい新入生たちを眺めつつ、めざとく見知った影を見つけてさっそく声をかけて笑みを浮かべる。 「やっほー! そこにいるのは金田一に国見ちゃんじゃーん!」 及川にとっては懐かしい北川第一時代の後輩だ。及川の声に呼応するようにブースに座っていた岩泉も立ち上がって声をかけた。 「おう。金田一、国見。久しぶりじゃねえか」 「岩泉さん!! 及川さんも、お久しぶりです!」 「え、ちょっと岩ちゃんと俺で反応違くない?」 真っ先に岩泉を見つけたのか破顔した長身の少年・金田一と無言で頭を下げた少年・国見に突っ込みつつ取りあえず二人を誘導してさっそく入部届けを書かせる。もちろん2人もそのつもりで来ただろうからだ。 その様子を見下ろしながら及川は思った。――いるわけないよな。と、うっかり影山の姿を探した自分に内心笑ってしまう。 彼らは自分が北川第一にいたころは比較的に影山と親しい仲に見えていたが――あの中総体県予選決勝以降はどうなのか。 「ところで金田一、トビオちゃんは? どうしてんの?」 取りあえず訊いてみるか。と、及川は努めて明るく北川第一時代の口調そのままで金田一に笑いかけた。 とたん、金田一の顔が分かりやすく曇った。 「知りませんよ。部活引退してから一度も話してませんから」 「えー、そうなの? 俺、飛雄も青城来るんじゃないかって楽しみにしてたんだけどなぁ」 さも残念そうに言えば、悪趣味だと言わんばかりに岩泉が睨み上げてきて及川は肩を竦めた。 けれども、と思う。本当に彼はどこへ行ったのか。 『白鳥沢に受かんなかったら……、俺、公立受けるからヘーキです』 『烏野ってとこですけど』 その「烏野」とやらにいるのか。 思えば影山に出会ったのはちょうど3年前のこの時期だ。 あの日もこうして新入生を部に迎え入れ、自分は部長として挨拶をしたのだった、と部活勧誘のあとに早速いま集まった新入部員を体育館に招き入れ、一人一人自己紹介をしていく新入部員を見守りつつ及川は過ぎらせた。 『秋山小出身、影山飛雄です。バレーは小2からです。よろしくお願いします』 これからの部活動に期待と希望いっぱいだと訴えかけるように瞳を輝かせていた小柄な少年だった。 そんな彼の手から放たれるトスは恐ろしいほどに正確無比で、初めて見たときには文字通り落雷に打たれたような衝撃を受けたものだ、と及川は遠い目をした。 天才のくせに、自分のあとばかり追ってきて、かつて自分が躓いた道さえも彼は辿った。そしていまなお、彼はそこから抜け出せていないはずだ。 しかしながら「天才」とは、凡人が躓いた道など自力でやすやすと突破できてしまうものなのかもしれない。 『及川さんを越えて県一番のセッターになるのは俺ですから』 ――生意気なクソガキ。一人でやれるもんならやってみればいい。せっかく差し伸べようとした俺の手を振り払ったのはお前だ、飛雄。だから俺は宣言通りにお前を潰してやるよ。 お前には、まだ負けない。――と無意識のうちに眉間に皺を寄せていると、自分を呼ぶ声が耳に届いてハッと及川は意識を戻した。 すれば新入部員、監督、岩泉たちの全員が自分を注視しており――しまった、と及川は誤魔化すようにニッコリ笑った。全員、自己紹介を終えたのだろう。 「ようこそバレー部へ。知ってる子もちらほらいるみたいだけど、俺は主将の及川徹。ポジションはセッター。今年の目標は何と言っても全国出場だ。練習は厳しいけどちゃんとついてきてよ? 青城バレー部に新しいパワーを加えてくれる事を全力で期待してるからね! よろしく!」 「――はい! よろしくお願いします!」 そうして挨拶が済めば、練習の開始だ。 及川たちレギュラー・ベンチ陣はいつも通り。そのほかは新入生の力量テストをやるつもりらしい。 とはいえ少なくとも金田一はすぐにこちら側に入るのかな、とちらりとテストの様子を見守りつつ及川も練習に精を出した。 そうして練習が終われば一人で居残るのもいつも通りだ。 しばらくは岩泉も付き合ってくれたが、なにせ今日は始業式であり部活開始時間が早く――通常の部活終了時間である19時を待たずに彼は引き揚げてしまった。 が。意外にも彼が去ったあと数分と経たず体育館の扉が開いて、及川はボールを掴んだまま反射的に扉の方へ顔を向けた。 「岩ちゃん、忘れ物でも――」 しかしながらそこに立っていたのは岩泉ではなくで、は少し困ったように笑った。 「さっき体育館の前で岩泉くんとすれ違った……」 「そっか。ごめん、岩ちゃんが戻ってきたと思っちゃった」 「邪魔だった?」 「まさか。ちゃんの大好きな及川さんのサーブ、たっぷり見てってよ」 いつもの調子でピースをすれば、は緩く笑って壁際に寄った。 規則的にボールを打ち鳴らす音が大きな体育館に響き渡る。 こうして及川がサーブ練習に明け暮れる様子を見守る事も、もう6年目だ。――とは一定のリズムでサーブを続ける及川を見つめながらぼんやり考えた。 練習熱心で、真面目で、どこまでもバレー一直線。及川に最初に抱いた印象はいまも変わらず、けれどもあの頃はこんな風に勝手に頬が熱くなるような気持ちは抱いていなかった。 5年前よりも身長が伸び、筋肉も増した。不安定だったコントロールは安定して、球威も上がっている。筋力が増したせいか跳躍力も伸びて、長身も相まってサーブ角度の鋭さなど段違いだ。あの頃もコートに立っている時は凛とした大人びた表情をしていたが、ずいぶんと精悍な青年になった。――周りが騒ぐのも無理はないかな、と今さらながらに実感してギュッと胸の辺りで手を握りしめてしまった。 散らばりきったバレーボールを集めて「もう一回」と言う及川を見守って、再び籠の中のボールが全てコートに散らばって及川は、ふぅ、と息を吐いた。 「そろそろ上がろうかな」 そうして及川はこちらにやってきて床に置いていたタオルで汗を拭いつつストレッチを行う。散らばったボールを拾い集める作業をも手伝い、用具室に仕舞い終えて及川はどこか力なく笑った。 「今日さ、新入部員が入ってきたんだよね。北一の時の後輩もけっこういたよ」 「そっか。知ってる後輩だときっとやりやすいよね」 「うん。けどさ、あんまり知った顔が多いから……うっかり思い出しちゃったんだよね、3年前のこと」 そして及川は自嘲するようにして肩を竦めた。首に引っかけていたタオルでもう一度汗を拭っている。 「あいつらがいるのに、飛雄がいない。飛雄のいない北川第一なんて理想的なはずなのにさ……振り返ったら誰にも見られてないってのも奇妙でサ」 及川という人間が、内面に計り知れないほどの複雑な感情を抱えていることは知っている。そして、その感情を向ける相手が複数いるのも知っている。と、は唇を結んだ。 影山は及川を追って青葉城西に入るという選択を自ら蹴った。そして選んだのは白鳥沢……という影山らしく、そしてバレー選手として最善だろう選択。叶ったか否かはともかくも及川にとっては影山に拒絶されたという事実があるのみで、彼の中で失望や安堵や敵愾心という相反する想いが今なお渦巻いているのだろう。そして北川第一時代の直属の後輩たちに会って強烈にその事実を思い出した。それだけだ。 「残念……だね」 「残念じゃないってば」 「でも、きっと会えるよ。及川くんがバレーを続けてたら、きっとまた影山くんと同じチームになれる時ってあると思うもん」 ね? と笑いかけると及川はキョトンとしたあと、ブスッと頬を膨らませた。 「飛雄と同じチームなんてまっぴらゴメンだね。アイツは敵なの、敵!」 「影山くんが及川くんの後輩なことと影山くんへの敵対心は矛盾なく成立してる、って言ってたの及川くんなのに」 「う……ッ」 いつか及川が言っていたことを思い出して言えば及川は言葉に詰まり、次いで「もー」と唇を尖らせた。 「ちゃんはそうやっていつも飛雄の味方するんだから」 そうしてため息をついた及川は、ジッと何かを求めるようにこちらに視線を向けた。が――すぐにハッとしたように少し後ずさって逡巡するように顔をしかめ、は首を捻る。 「お、及川くん……?」 どうかしたのか、と問えば及川はバツの悪そうな顔をしてぼそりと言った。 「いま、すっごく抱きしめたいって思ったんだけど……、俺いま汗だくだったって気づいた。ヤだよね」 言いにくそうに言われ、はきょとんとしたのちに、ふ、と笑った。そうして自ら一歩進み出て、ギュッと迷わず及川の胸にしがみつく。 「えッ、ちょっとちゃ――」 「平気」 戸惑ったような声が降ってきたがは迷わず及川の汗で濡れたシャツに顔を埋めた。――ジャケットのない青葉城西の女子制服に初めて感謝しつつ笑う。 すると息を詰めたように及川の身体が撓り、すぐに力強い腕が抱きしめ返してくれた。 「ほんっと、ちゃんはもう………俺のこと大好きだよね」 いつも通り一人ごちるような声が僅かに震えていた。少し顔を上げれば、感極まったような照れたような顔を浮かべる及川がいた。そうして及川が少しかがむ。 「好きだよ、ちゃん」 囁くように言われたかと思うと、そのまま急くように唇を塞がれては反射的に瞳を閉じた。 「……ん……ッ」 相も変わらず及川に触れられると身体が熱くなって、汗でじっとり張り付いたシャツの感覚さえ昂揚を煽って脈が速くなるのを感じた。 触れるだけじゃないキスを初めてしたのいつだっけ。と、頭が白むような感覚を覚えながらも及川を求めた。もっと触れたいと素直に思った。 そうしては少しだけ自覚した。ふわふわと身体が浮くような感覚に、唇が離れてからもギュッと及川にしがみつくようにして目を瞑る。 「なんか……今日はじめて及川くんとこうして話したような気がする」 「え……」 すると少し息を乱していた及川が戸惑ったような声を漏らした後に、ああ、と頷いた気配が伝った。 「教室だと話す余裕なんてなかったもんね」 うん、とは小さく相づちを打つ。 たぶん、少しだけ寂しいと感じていたのだと思う。及川が女の子に囲まれている事なんて今さらで、及川がよそ行きの顔で彼女らに笑みを振りまくのも何もかも全て慣れているというのに。教室という区切られた空間で一言も話せない事はやっぱりちょっと辛かったのだ。――と、これほど及川に触れていたいと感じていたらしき自分を自覚して理解した。 ふ、と一度固い胸板に額をつき、離れがたく感じつつもはそっと及川から身体を離した。 「そろそろ帰ろうか」 「そだね」 そうして揃って体育館を出て、中庭を横切り校舎群を越えて部室棟まで歩いていく。 急いで着がえてくるという及川を部室棟の下で待ち、制服に着替えた及川が出てくれば並んで夜の学校をあとにした。 「ねえちゃん、寄り道してこっか。俺、もうちょっと一緒にいたい」 「え……」 「西公園の夜桜とか綺麗だと思いますケド?」 バスを待ちながら手を繋いでいると鼻歌交じりに言われて、う、との心が揺らぐ。――離れがたい、と感じてくれたのは及川も同じだったのか、それともこちらの気持ちを察してしまったのか。それともそんなスケッチし甲斐のありそうな場所を断るわけがないと悟られているのか。 どんな理由であれ断るという選択肢はにはなく、うん、と頷いてキュッと及川の手を握り返した。 「ちゃーん!」 翌日。通常授業の始まったその日の中休み、開口一番に及川はを呼んだ。 むろんの表情が強ばったことも教室がざわついたのも瞬時に感じたが、及川はいつも通りの笑みを浮かべての前の空いていた椅子に腰を下ろしてついいま受けたばかりの数学のノートを開いた。 「お、及川く……」 「ちょっといまの授業でわかんないとこあってさ。教えて、お願い!」 「え……」 「北一の時からそうしてるじゃーん! せっかく一緒のクラスになったんだし、お互い部活あるんだし、休み時間の有効活用だと思わない?」 「え……と」 「試験前には岩ちゃんの面倒見なきゃいけないんだからさ、ね!」 ――これで周りはと自分が同じ中学出身で、かつ昔から交流があると認知した。と及川は手を合わせてウインクしつつ内心笑った。は普通科にいるのが疑問視されているほどの優等生。理系・外国語に関してはずば抜けてトップだ。だからこそバレーバカに付き合って昔から勉強を教えていた、というストーリーを周りが勝手に作ってくれるだろうし、別にウソじゃないし。 と、思惑を巡らせていると、が悟ったかどうかはともかく「うん」と頷いて解説を始めてくれた。 こういう事は最初が肝心で、「こんなもの」とさえ理解してもらえれば案外上手くいく。せっかく一緒のクラスになれたのに他人行儀とか冗談じゃないし、と解説を耳に入れながら及川は物理的にも正解だったと感じた。実際に部活に追われている身、授業後に即復習できるならばこれ以上ありがたいことはない。 功を奏したかは分からないが、けっこう正解だったようだ。と、その後も特にとの事に突っ込まれずに過ごした及川は上機嫌で部活に向かった。 夕べのは何だか甘えたモードで可愛かったし、何よりと同じクラスで幸先のいいスタートだ。と、着がえて軽い足取りで第三体育館に向かっていると、入り口のところで監督とスーツ姿の見慣れない男性が話をしているのが見えた。 「ん……?」 話をしている、と言うよりはスーツ姿の男性が一方的にペコペコ土下座せんばかりの勢いで頭を下げており「なんだ?」と歩きつつ観察していると、及川が入り口に着く頃には深々と頭を下げて「また来ます!」と踵を返し正門の方へ歩いていってしまった。 何やら頭を抱えている監督に話しかけてみる。 「先生……、なにか問題ごとですか?」 「ん? ああ及川か……いや、な」 そうして監督は、ふー、とため息を吐きながら腕を組んだ。 「練習試合の申し込みをされたんだが……断るのに一苦労でな」 「練習試合……へえ、断るほど弱い学校だったんですか?」 「うむ。烏野高校という、昔は強かった学校なんだが……」 え、と及川は目を見開く。烏野――と一気に脳裏を可愛くも憎らしい後輩の姿が過ぎるも監督は露ほども気づかず苦笑いを浮かべている。 「こう言ってはなんだが、こちらも相手を選ぶ必要があるからな。インターハイ予選までそう時間はない。申し訳ないが全部を相手にはしていられない。……さ、行こうか練習だ」 そうして促され、及川も返事をしつつ体育館に向かった。 烏野――と浮かべたまま練習を開始し、休憩時間になったところで及川は真っ直ぐ新入生のたまり場になっている場所に歩み寄っていく。 「金田一、ちょっといいかい」 ザワッ、と辺りがざわめいた。主将という立場上、まだ部に入ったばかりの彼らが自分との距離を掴みかねているのは当然だ。が、直属の後輩であった北川第一の一年生はそうでもないだろう。 呼ばれた金田一は少し目を丸めたものの、はい、とすぐに応じた。 「お前も知ってるかもしれないけどさ、ウチはお前と飛雄の二人に推薦を出したんだよね。で……飛雄はそれを蹴った。そのおバカなトビオちゃんが現在どこにいるか……お前知ってるだろ? ちょっと及川さんにも教えてよ」 壁に手をついてニッコリと笑いかければ、金田一は眉を寄せて少し俯いた。 「昨日も言いましたけど、俺……引退してからあいつと一度も話してないんで」 「まぁね。あんな無茶ぶりトス上げられたら苛ついちゃう気持ちも分かるよ? 金田一はセンターだから、飛雄のクイックの煽りを一番受けちゃってたからね」 ぐ、と金田一は喉元を詰めた。まさかあの中総体県大会決勝を自分に見られていたとは思いもしなかったのだろう。 「ま、何にせよ飛雄は青城には来なかった。ということは、だ。今度はお前はコートを挟んで飛雄と再会することになる。お前……飛雄に勝つ自信ある?」 「も……もちろんです! アイツは個人技はちょっと抜けてますけど、それだけです。チームプレイもできない独裁の王様には負けません!」 「ふーん……」 ちょっと抜けてる、か。と及川は内心呟いた。――セッター以外の人間には分からないのだろうか。影山が「天才」だということが。面白いと思った。影山の元チームメイトは影山を天才だと思っていないとは。 本当に影山は北川第一で何をやっていたのか、という思いはいまは抑えて及川は笑った。 「先生が練習試合を考えてる相手がいるんだよね。県立の……烏野高校ってトコ」 「――影山の学校とですか!?」 すれば間髪入れず金田一が反応し、やっぱり、とカマをかけただけの及川は肩を竦めつつも笑った。 「なんだよ金田一、やっぱり知ってたじゃーん」 「あ……! べ、別に……元チームメイトに聞いただけです。あいつ、公立受けて……バカだから落ちるかもって担任とかも気にしてたみたいで、それで無事に受かったって。それだけです」 「なるほどね。確かに俺が飛雄の担任だったとしても不安だよ。ホントーにおバカだったからねあいつ」 ふぅ、と及川は片手を腰にあてた。目的は達したし、そろそろ休憩時間も終わりだ。 「お前がちゃんと飛雄と戦えそうで安心したよ、金田一。さ、休憩のあとの速攻練習にはお前もメインメンバーとして加わるよう先生から指示されるはずだ。この及川さんが金田一の一番打ちやすいトスを上げてやるから、力一杯ぶち抜けよ」 「ッ――は、はい!」 姿勢を正した金田一を見て、ふ、と及川は笑った。 ――影山は烏野にいる。早々にチャンスが巡ってきたと感じた。いつか戦う事があれば負かしてやると宣言してから3年。影山は自ら、今度こそ本当に自分の「敵」となった。しかも白鳥沢でも、ベスト4に入るような強豪でもない高校だ。 ――天才セッターが聞いて呆れる。バカだね飛雄。お前ほんとに何やってんの。と巡る考えに及川は微かな矛盾を感じたが、気づかないフリをした。そして何より、いい証明になると思った。正々堂々と戦って天才を負かして、天才一人いたからって勝てるもんじゃないんだよ、と突きつけてやるのだ。バレーは6人で強い方が強いのだ、と。 出来れば公式戦が望ましかったが、何もこのチャンスを逃がすことはない。――と及川は練習後に体育館を出ていく監督とコーチを追った。 「先生……!」 振り返った監督に「さっきの話なんですけど」と切り出してみる。 「烏野との練習試合……受けてもらえませんか?」 「は……?」 目を丸めた彼らに、及川はいつも通りの笑顔でなお畳みかけた。 「中学の時の後輩……、先生も知っての通りの影山飛雄が烏野に入ったみたいなんですよネ」 「影山が……!?」 「烏野……?」 なぜだ、と言わんばかりに監督もコーチも口を揃えて目を見張り、及川は頷いて口の端をあげる。 「まあ、だからといって烏野がウチの脅威になるとは思えませんけど。力量を見るのにちょうど良い機会かなーと思ったんですよね。飛雄が……俺にどこまで食らいついて来られるのか知りたいですしネ」 「しかし……仮にそれが事実でも、影山は入部したばかりだろう。現段階で正セッターかどうかは分からないんじゃないか」 「じゃあ先方にそう伝えてください。飛雄をフルで出してくれ、って。先生も気になるんじゃないですか? ウチを蹴った飛雄が烏野ってところでどう育ってるか」 う、と考え込んだ監督に及川はあえていつも通りに、ニコ、と笑った。 「もしも実現できたらイイナーって話ですけど。じゃあ俺、自主練に戻ります!」 お疲れさまでしたー、と頭を下げて踵を返し、及川はペロッと唇を舐めて笑った。 まったく幸先のいいスタートだと思う。――もしも烏野との試合が実現すれば見せ付けてやろうと思った。 影山など、まだまだ自分に全然敵わないということを、だ。 影山はまだ、かつて自分が躓いた道――孤軍奮闘で現状突破しようと突っ走る――で足止めされているはずだ。いずれ自力で脱出するにせよ、いまじゃない。だから今のうちに植え付けてやるのだ。まだまだ「及川さん」には敵わない、と。 『アンタがいるから……、俺は青城には行かない』 そしてせいぜい後悔すればいい。白鳥沢に落ちたあげくせいぜい中堅レベルの高校に進んだ自分を。 『及川さんのところに来ればよかった、ってあとで後悔すればいいんだよ飛雄なんか』 ――俺は、負けない。 |