修学旅行が終われば、青葉城西男子バレー部は春の高校バレー県大会予選に向けて練習一色となる。 この試合の結果次第では3年生は引退ということになり、チームの意気込みは日を追うごとに強くなっていっていた。 が――。 「ちょっと聞いてよ岩ちゃん!」 「くだらねえ話だったらブットバスからな」 「酷くない!? てか酷いんだよ! ちゃん、また俺の試合来れないって言うんだよ!?」 と付き合い始めて最初の公式戦である春高予選、及川は初めて彼女を正面からまっすぐ試合に誘った。が、言いづらそうに生憎その日は既に用事があると断られたのだ。 聞けば用事というのは試験だという。が受けているフランス語のレベル認定試験は春と秋の年二回実施で、かつ仙台では毎年一度しか同レベルを受けるチャンスがないらしく。今回の実施日は大会最終日にあたる日曜で、更には受験のため東京まで赴くという話だった。ゆえにまるまる試合実施日と重なっており、二日目も三日目も来られないということだった。 「よりによって毎回試合日と試験日が重なるとかなくない!?」 にそれを告げられた日の放課後、部室に入って岩泉の姿を見つけた及川は開口一番にその事を愚痴って聞かせた。 対する岩泉は能面のような張り付いた表情で一通り聞くそぶりは見せたものの、ハァ、と終いには深いため息を吐いた。 「及川……」 「なに」 「俺はガキの頃からお前を知ってる。認めたくない事実だが、付き合いは誰よりも長いという事実は変わらねえ。が……」 そうして岩泉は及川を睨み上げるようにして見据えた。 「お前との事情は心の底からどうでもいい」 「大切な幼なじみって前振りしといてソレ!?」 「誰が大切っつったよ曲解すんなボゲ!」 それより早く着がえろと背中を蹴られて、及川はブスッと頬を膨らませた。 「この調子じゃ俺が主将になっても試合来てくんないんじゃないかなァ」 「仕方ねえだろ、試験ならよ」 「そうだけどさ」 岩泉は本当に愚痴に付き合いたくなかったのかそこまで言うと、パタン、とロッカーの扉を閉めてさっさと出ていき、及川は「ヒドイ!」と岩泉の背中に向けて呼びかけたものの一人きりとなった部室に虚しく響くのみで、ハァ、と息を吐いた。 岩泉にさえ、及川はまだと付き合っていることは言っていない。が、どうせバレていることは百も承知だ。岩泉は気づいていて、あえて何も言ってこない。及川もあまり言うつもりはなかった。岩泉はあれでいてどんな状況でも100%自分の味方をしてくれると信頼しているが。ゆえに何も言ってこないのだと思っている、が。何となく彼は自分との交際に関して好意的ではないように思う。 ――岩泉はを嫌っているわけではない。むしろ中学時代から好意的だとすら思う。が、なぜか岩泉は自分とが近づくことに昔から懐疑的……なように思う。そう、まるで――影山の時のように――とうっかり過ぎらせて及川はハッとした。 いったい自分は何を考えそうになったのだろう? 分からない。と自問しつつ地団駄を踏む。 「なんで飛雄なんかの顔が浮かぶんだよ!」 ともあれいけ好かない天才の姿が過ぎって自業自得とはいえ胸が悪くなり、及川も急いで着がえるとロッカーを閉じて部室を出て体育館へと駆けた。 ――10月21日、第四金曜日。 春高県予選初日、青葉城西は順調にベスト8まで残り、二日目へとコマを進めた。 二日目も予定通り勝ち進めば、最終日は決勝。相も変わらず対戦相手は白鳥沢学園である。 一年に数えるほどしか顔を合わせないとはいえ。存在しているだけで人を苛立たせる面構えというのもそうは存在しないだろう。と、三日目、決勝の整列時。ネットを挟んだ反対側にいる宿敵・牛島若利を見据えて及川はコメカミに青筋を立てた。ファックサインでもキメてやりたいが、即刻退場になりかねないため出来もしない。 今日こそ勝ってやれば、この苛立ちも収まるのだろうか。と及川は挨拶を終えてウォームアップエリアに入った。 ベンチスタートはいつものことであるが、今日は確実に出番だ。その時はせいぜいお前を狙ってやるから覚悟しとけ。と白鳥沢コートを睨むとうっかり牛島と目が合ってしまった。ギョッとしたものの相手は何食わぬ顔で視線を逸らし、及川は思わず拳を強く握りしめた。 ――相変わらず腹立つ……! と、沸き上がってくる怒りのボルテージをどうにかパワーに変えようと努める。 第一セット終盤、先に白鳥沢が20点代に乗せて及川は監督に呼ばれた。 いまは正セッターではない及川だったが、サブセッター兼ピンチサーバーとして自分は監督の信頼を得ているという自負が及川にはあった。重要な局面を任せられるとは、そういうことに他ならないからだ。 それに――とちらりと白鳥沢コートを見やる。いま現在、牛島は後衛。狙い打ちしてやる、と交代を命じられてミドルブロッカーの一人と交代をし、及川はエンドラインへと歩いていった。 牛島のポジションは、オポジット。セッターの対角という意味のこのポジションは、時おりスーパーエースと呼ばれる攻撃のみに参加する選手を置く。ライトという性質上、左利きの選手が多く、牛島もそれだ。 オポジット故にレセプションには参加しないのが常だが、そうはいかないよ。と、及川は審判からボールを受け取って目線を鋭くした。 自分への大きな歓声がコート内を包んだ。毎日毎日、数え切れないほど打っているジャンプドライブサーブ。高校にあがってから徐々にコントロールの精度が高まり、今では威力を殺さずにほぼ思い通りのところに打つことが出来る。 だから絶対、お前のエリアに落としてやる。――と、及川は牛島が取らざるを得ないギリギリを狙ってサーブを放った。 牛島がサーブレシーブすることには意味がある。体勢を大きく崩させれば、少なくともバックアタックの威力が多少は落ちる。と、及川のサーブを受けて体勢を崩しながらのレシーブだったにも関わらず、白鳥沢のセッターは牛島にトスをあげた。 青葉城西センター陣がコミットで対応し、それでも突き破って打たれたバックアタックを青葉城西のリベロが何とか拾い、ボールが舞い上がった。 そしてこれも、自分がピンチサーバーとして入っている意味だ。と及川はボールを目で追いながら内心笑った。サーブを打つ直前、セッターはボールが上がりさえすれば自分にあげるというサインを出していた。 ――エース以上のアタック力。それも自分の武器だ。と、及川はアタックラインのギリギリ後ろで踏み切って勢いよく白鳥沢コートにスパイクを叩き込んだ。 ワッ、と着地と同時に歓声が沸く。 「いいぞいいぞトオル! 押せ押せトオル! もーいーっぽん!」 自分はセッターとして期待されて青葉城西へ入った。そうして実際の自分をそばで見て、監督はずいぶんとウイングスパイカーで使おうか迷っていた様子だったが、結局はセッターとして残した。なぜなら練習内容が違ってくるし、替えの容易でないセッターのサブは絶対に必要だからだ。 そうなって心底良かったと思う。自分はセッターが好きで向いていると思ってるし、なにより牛島と同じポジションとなって正面衝突した場合、100%勝てないと悟っているせいもある。と、脳裏に刻み込まれていた台詞が蘇ってくる。 『一対一でウシワカに勝てるヤツなんかうちにはいねえよ!』 ああ、そうだ。一対一では牛島に勝てない。だからセッターとしてチームで勝とうと思ったのに。 トス回しでは絶対に勝てない相手も現れたんだった、といま思い出す必要のない影まで過ぎって苛立ってくる。 「及川もう一本ナイッサー!」 不意にウォームアップエリアから岩泉の声が届いて、ハッとした及川は強く頷いた。 いまは目の前の相手をぶちのめす。と、深呼吸してから放ったサーブはエースとなり、今日で一番の大歓声が試合会場にこだました。 ――結果。 「ありがとうございました!」 2−0で白鳥沢学園の勝利が決まり、センターコートは華やかな白鳥沢応援団の歓声で包まれた。 その裏で、これを最後に引退の決まった青葉城西の三年生は膝から崩れ落ち――主将は目を腫らして表彰式に臨んだ。 大会MVPとウィングスパイカー賞の両方を手にした牛島を見据えつつ、及川は拳を握りしめた。こうして後方からスポットライトを浴びる牛島を見るのもいつものこと。次こそは、と何度誓ったことだろうか。 表彰式後に報道陣に囲まれる牛島を後目に、及川は手早く準備を済ませて青葉城西の専用バスに乗り込んだ。車内はいつもに増して神妙な空気が漂っている。学校に戻れば引退式だ。 「キャプテン……ッ!」 「お世話になりました……ッ!」 何だかんだ目頭を熱くして涙ぐんでいる岩泉はそんなに上級生に思い入れがあったのか。と、及川は学校の体育館に戻って挨拶を終えたあと次々ともらい泣きを始めるメンバーをどこか冷静に見つめていた。 そうして慌ただしく引退式を終え、部員全員で送り出し会を兼ねて食事を共にした。 とは言っても負け試合のあとだ。全員が陰鬱な雰囲気にならないよう努めた食事会は早々に終わり、まとまって帰る三年生を見送って残りは散り散りとなった。 及川たちはいつもの4人でまとまり、とぼとぼ仙台駅界隈を歩いて何となく帰路を目指す。 「どうよ新キャプテン、いまの心境は?」 不意に花巻に聞かれて、及川は目線だけを花巻の方へ送った。 「明日からよろしくお前ら」 「すっげー棒読み」 するとケラケラ松川が笑い、岩泉に至っては頭を叩いてきた。痛いと抗議しつつ及川はピタリと足を止める。 「悪いんだけど、俺ちょっと用事思い出しちゃった。先帰ってて」 すると3人は一様に目を丸めたものの、特に追及するでなく「そうか」「お先」と及川に背を向けた。 ふぅ、と及川は息を吐いて携帯を取り出す。――は夜には帰ってくると言っていた。 いまは19時を過ぎたばかりだ。と携帯のデジタル時計を見つつにメールを送る。 ――何時に仙台に着くの? ――7時半過ぎかな。 ――オッケー。じゃあ俺、改札で待ってるね。 は新幹線内で手持ち無沙汰だったのかすぐに返事が来て、及川はそう送り返して携帯を仕舞った。 相も変わらず気持ちがどこかすっきりしない日ほどに会いたくなるもので、こういうとき彼氏彼女という関係になったことは便利だと思った。 遠方から帰ってくる彼女を迎えに行く、なんて。ごく当然のことだし。とそのまま暮れた繁華街を仙台駅に向かって歩いた。 駅3階の新幹線改札口まであがってしばらく待つ。日曜の夕方なせいか、遠方から帰ってくる人も多いようでけっこうな賑わいだ。 往来の邪魔にならないよう改札口やや後方で人波を眺めていると、及川の目に大きなトートバッグを肩にかけたウェーブがかった髪の少女が映って「あ」と及川は組んでいた腕を解いた。だ。 及川にしても長身に青葉城西男子バレー部のジャージは目立つのだろう。改札をくぐる直前ではこちらに気づいたようで及川も笑みで手を振った。 「やっほ。おかえり、ちゃん」 「わざわざ来てくれてありがとう」 「試験どうだった?」 流れで聞いてみれば、笑みを浮かべていたの頬がぴくっと撓った。あ、と及川も理由を悟って瞬きをする。 「ちょっと自信ないけど、また再来週に口頭試験あるし、頑張る」 「そ……そっか。俺もダメだったんだよね、決勝」 そうして流れで今日の試合結果を告げれば、も「そっか」と口籠もり、互いに顔を見合わせてしばし沈黙した。 「ま、取りあえずさ。どっかでお茶でもしようよ。あ……俺は夕飯食べちゃったんだけどちゃんは?」 「まだだけど……」 「あ、じゃあご飯の方がイイよね? どっかご飯も食べられるトコ行こうか」 言いつつ及川はの手を取った。そのまま高架歩道に出れば夜の仙台はなかなかいい雰囲気で及川は口元を緩める。 「先輩たち、今日で引退だったんだよね。だから今日、もう引継しちゃったんだ」 「そっか。じゃあ及川くんが新キャプテン?」 「そ」 「北一の時と一緒だね。これからは及川くんが正セッターなんだよね?」 「うん。岩ちゃんとマッキーがウィングスパイカーで松つんがミドルブロッカー。スタメンはまだ決まってないけど俺たち4人は確実だね」 「及川くん、去年からずっと言ってたもんね。花巻くん達はレギュラー確実だって」 そうして他愛もない話をしつつ人波を抜け、地上に降りようと足を向けた直後に笑みを浮かべていた及川の表情が凍った。と、同時に無意識にピタリと立ち止まり、「え」とが戸惑ったような声をあげた。 「及川くん……?」 がこちらを見上げた気配が伝う。が――及川は正面から目を逸らせずに硬直していた。 その目線の先には自分よりも長身の少年の姿。紫のジャージに「白鳥沢」の文字。 「ウシワカ……」 「及川か、ここで何をしている」 ――いま一番会いたくない人物と言っても過言ではない宿敵・牛島若利だ。 「俺がどこで何してようと、なにかお前に関係ある?」 どうしても無意識に顔が歪んで言葉にトゲが含まれてしまうのは、もはや自分ではどうしようもない。 牛島は「解せない」と言いたげな顔を浮かべた。 「いや。お前も練習帰りなのかと思ったが……、どうやら違ったようだな」 「ハァ……ッ!?」 そのまったく邪気も裏もなさげな声に及川は思わずカッとした。牛島の言葉に裏などあるとは思えないが、つまり。真っ直ぐ解釈してジャージ姿の自分を見ていままで練習していたと思ったが、いま現在を連れている自分を見てそうではないと悟った。ということだろう。 それ以上含みなどないと分かっているのに。――バカにされたように感じて及川は眉を釣り上げる。 「なに? 俺がカノジョ連れてるからって嫉妬!? なんかソレがお前に関係あんの!?」 「ちょ……、及川くん……!」 少し語気を強めた自分を見て、が諫めるように繋いでいなかった方の手で腕を引いた。 「俺はそんな事は言っていない」 「ああそう。悔しかったらお前も作れば? 白鳥沢なんてチアリーダーからいつもキャーキャー言われてんだろ」 「? チアリーダー部は部の活動として試合に来ているだけで、個人的な接点を持った覚えはないが……?」 「……ッ……ほんっとイチイチ腹立つ……! 行こ、ちゃん!」 そうしてグッとの手を握ってさっさと牛島の隣を抜けようとした。が、「及川」と呼び止められ反射的に立ち止まってしまう。わざわざ顔を見たくなくて振り返らないでいると、勝手に牛島が背中に向かって言葉をぶつけてきた。 「まだ先の話になるが……、俺は深沢体育大学へ進学することを決めた」 刹那、及川の目は反射的に極限まで見開かれた。ふるふると唇が震えたが、一度キュッと結んでからあえて不遜な声を漏らす。 「あっそ。オメデトウ良かったじゃんさっすがスーパーエース様」 「お前はどうするつもりだ?」 「――は? なにお前……どう考えたら俺がもう進学先決めてるとか思えるわけ?」 「決まっているとは思っていない」 ――クッソむかつく。と、ブチッと及川は自身のコメカミに青筋が立つのをリアルに感じた。牛島の言っていることは嫌味でも何でもなく、事実ではあるが。それでも彼の物言いはこちらの心を無惨に抉ってくるのだ。 「バレー選手として、大学でどう過ごすかが貴重なのはお前も分かるだろう。そこで回り道をすれば、のちに悔いることになるぞ」 「ふーん、スーパーエース様は未来透視能力まであるんデスカ」 「? ただの忠告だ」 ――そうじゃねえよ。ていうか嫌味だよ気づけよ。と眉を寄せていると少しだけ牛島が遠ざかる気配が伝った。 「及川。今日のサーブ……見事だったぞ」 じゃあな、と言って去っていったらしき牛島に及川は血が滲むほど唇を噛みしめた。――なにその上から目線。と、投げつけたい言葉をどうにか抑えていると困惑したような声が聞こえてくる。 「お、及川くん……」 ハッとして及川はの方を向いた。 「ごめんちゃん」 「い、いまの人が牛島くん……?」 「そう。ほんっとヤなヤツ! 見た、あの不遜な態度!?」 そしてそう訴えてみれば、は困惑気味に目線を揺り動かしながらそっと及川の手を放した。 「と、とにかくちょっと落ち着いて……! 私、なにか飲み物買ってくるから座ってて!」 そうしてはこちらをそばのベンチに促し、すぐそばの階段を駆け下りて行ってしまった。 ハァ、と及川は自嘲気味の息を吐いた。我ながら情けない、が。相も変わらず牛島を前にすると感情のセーブが効かない。これは牛島に限った話ではないが。――と牛島とは別の影が過ぎって、小さく舌打ちをした。 「お待たせ……!」 及川用にキャラメルマキアートと自分用にカフェラテを携えて高架歩道に戻ってきたは、やや腰を丸めてベンチに腰を下ろしていた及川を見つけると歩み寄ってカップを差し出した。 「ありがと……」 受け取った及川に笑いかけても及川の隣に腰を下ろす。――少しだけは既視感を覚えていた。以前にもこんな事があった。酷く興奮した及川を落ち着けるためにココアを買って持っていった。あれは北川第一時代のことだ。そして、あの時の相手は牛島ではなく、影山だった。 ふぅ、と及川は温かいものを口にして少し落ち着いたのか息を吐いた。 「さっきさ、ウシワカの野郎が言ったじゃん。カノジョ連れてて余裕だな、みたいなさ」 「え!? そ、そんなこと言ってなかったと思――」 「だってそういう意味でしょさっきの! なんかちゃんと付き合ってるのが悪いみたいにさー」 「か、考えすぎなんじゃ……」 「別にバレーに支障がでるようなことはしてないし! 確かに今日は白鳥沢に負けたけど! ちゃんは……ッ」 そこまで言って及川はハッとしたように目を瞬かせ、そしてムッとしたように唇を尖らせた。 「ちゃんもどっちかっていうとウシワカみたいなカンジだよね。ちゃんは絵が一番大事だし、俺のこと好きなのに付き合うのはヤだとか言ってたし」 「い、今はそんなこと思ってな――」 「けど! ウシワカの思惑通りになるのなんて死んでもゴメンだから。俺、一生別れないから!」 そうして畳みかけるように言われては絶句してしまう。ココア色の瞳は真剣そのものだったが言葉を返せないでいると、ム、と眉が寄せられた。 「なに、不満?」 「そうじゃないけど……。牛島くんの言葉に左右された結果だとしたら不満……かも」 言ってみると及川は不意打ちを受けたように目を丸め、数秒固まったのちに憑き物が落ちたように頷いた。 「うん。ゴメン。そうだよね」 その様子を見て、はふぅと息を吐いた。――及川の喜怒哀楽を大幅に揺らす事のできる人間を自分は少なくとも3人知っている。牛島と、影山と……そして自分。かつて自分も多少なりとも牛島や影山と同じような感情を及川から向けられていた。故に自分たちは気が合わないのだと、及川には嫌われているのかとすら思っていた。 けれども違った。自分の例が他の2人に当てはまるかどうかは分からないが、少なくとも、及川はきっとあの2人に惹かれるものがあるのだろう。 それに――。 「前に及川くんも言ってたけど……、牛島くんってホントにもう大学決まっちゃってるんだね」 「ま、ムカつくことに全国トップレベルのアタッカーだからねアイツ」 「及川くんはイヤだって言ったけど……、だったら一度くらい同じチームでやってみるのも悪くないんじゃないかな」 「またちゃんはそう言う……。あのね、俺、キライなんだけどアイツ」 「さっきの及川くん見てて、思い出したの、中学の時のこと。及川くん、私にもいつもあんな感じだったから……私、ずっと嫌われてると思ってた」 すると及川は、う、とバツの悪そうな顔を浮かべた。 「だから……」 「ちゃんとウシワカ野郎はぜんっぜん違うから! 俺がウシワカ好きになるとかあり得ないから! ていうか止めてよね気味悪い」 そうして心底嫌そうな顔をしたため、はそこで口を噤んで肩を竦めた。 及川がこの先どう進むのか。今日、主将に就任したばかりの彼に問うのも酷というものだろうか。けれども牛島は実際にもう自分の進路を決めていて、自分だって決めている。 決めるのは及川本人だが、及川が本当に心から望んだ道へ行って欲しい思っているのに。とギュッとカップを握りしめていると「寒い?」と訊かれては首を振るった。 「ううん、大丈夫」 すると及川は不満げに頬を膨らませた。 「及川さんにくっついたらあったかいよ、って言おうと思ったのに」 思った、ではなく、もう口にしているではないか。という突っ込みは何とか喉元に留めてあっけに取られたは、次いで小さく肩を揺らした。 「なんで笑うのさ……」 及川は少しバツの悪そうな表情を浮かべたあとに、じゃあ、と言いづらそうに言った。 「俺が寒いからくっついていいデスカ?」 は小さく頷いてからそっと及川との距離を詰めてぴたりと身体を寄せると少しだけ頭を及川の肩に乗せた。 及川が自身の内側の手をのそれに重ねて、うん、と頷く。 「あったかいね」 「そうだね。もうすぐ11月だし……寒くなったよね」 夜の電光が明るく辺りを照らしている。 相も変わらず行き交う人は途切れ知らずで、2人はしばらくの間そのまま道行く人の波を眺めていた。 |