皇帝殺しのクーデター犯。今の自分にはそんな罪状がついていることだろう。
もう今更足掻いて覆す気さえ起きない。どれほど国に尽くしても、結局は何一つ報われはしなかったのだ。今更、未練などない。ましてルルーシュの治める世などに尽くす気が起きるはずもない。歴史に汚名を残すことになっても──それも一時のことだ。いつか、熱心な歴史家が真実を紐解いてくれることだろう。もうそれだけで十分だ。
ただ、未練があるとすれば──、と表情を暗めてシュナイゼルは小さく首を振るった。

「さて、そろそろ討伐軍がやってくる頃かな?」

アヴァロンの私室でどこか色のないシュナイゼルの声が響き、そばに控えていたカノンはそっと眉を寄せた。
「殿下、反撃に出ればよろしいではありませんか。中華連邦はいくら天子様がオデュッセウス殿下の妃だとはいえ、殿下側につくはず。こちらの戦力は決してブリタニアに劣っては──」
「カノン、私はね……望まれてはいなかったんだよ。哀しいことだけど、時代にも……人にも」
カノンは哀れみを湛えた目でシュナイゼルを見つめるも、シュナイゼルは色もなくただ続ける。
「唯一、欲しいと願ったものも……結局は手に入らなかったしね。私はもう今更帝国宰相にも、玉座さえも興味はない」
シュナイゼルが欲したもの──それは愛情だったことを、ずっと側で仕えてきたカノンにはよく分かっていた。
幼少からとびきり優秀だった、その能力を父親に認められず──いつしか期待することすら止めて空っぽになってしまったシュナイゼル。
それでも、さえ彼の側にいてくれれば──と思っていた。
彼女が兄であるシュナイゼルを愛し、支えてくれたら。

『支えてあげてください、公私ともに』

いつか、そう言ったら複雑な表情をしていた。おそらく、シュナイゼルが無理強いした関係だったことは想像に難しくない。
それでもいつか、彼女が彼の満たされない思いを分かってくれたら。──その願いは虚しく、彼は父親の死でどこか空虚だった心さえも折れてしまったのだろう。
そう、いまわの際までシャルルが口にしたのはルルーシュの名。自分の想像があたっていれば、そうだったのだろう。
でなければ、どんな場面にあっても宰相として尽くしてきた彼が折れてしまうわけがない。
本当に、なんて哀れな人なのだろう──、尊敬が同情へと変化してからもう久しいが、だからこそこの主に自分はちゃんと付き合ってやろう、とカノンは静かにシュナイゼルの私室を後にした。


オデュッセウスは何度かシュナイゼルとロイヤルプライベート通信での会話を図り、こちらへの出頭を説得しようと試みたがことごとく交渉は決裂し、ついに出兵を決意していた。
アヴァロンはちょうど中華連邦の領土付近にいるという。
「中華連邦の軍を動かすよう私から説得してみましょうか?」
「いや、いいんだよ。残念だけど中華連邦はシュナイゼルの息がかかってるからね。──ありがとう、リーファ」
案ずるような目線を向けてきた幼い妻・中華連邦の天子だった少女にオデュッセウスが笑いかけると、彼女は「でも」と言い淀んだ。
「それなら、エリア11のコーネリアにお願いしてはどうかしら? 何も、殿下が行かなくても」
「コーネリアはとてもシュナイゼルを慕っていた。そんな可哀想なこと、頼めないよ」
「でも……でも……!」
天子は大きな瞳に涙を溢れさせて、嗚咽を漏らす。
「殿下が、かわいそうで……! 殿下だって、辛いはずなのに……」
そんな天子を見てオデュッセウスは背を屈め、なだめるように彼女を抱きしめ背中を撫でた。
「君が替わりに泣いてくれたから十分だよ。弟の事は……兄である私がちゃんと決着をつけないといけないからね」
「でも……」
「大丈夫だよ、心配しないで。少しの間留守にするけど、元気にしているんだよ?」
「ッ、子供扱いしないで」
「ははは、まだ子供じゃないか」
泣きながら頬を膨らませる天子の頭を撫で、オデュッセウスは本国出立の準備に取りかかった。

そんな兄の出兵の話はライブラ離宮のの耳にも入り、は憔悴しきった顔色を浮かべていた。
「兄上が軍を率いて出立なさる……。シュナイゼル兄さまを討つために?」
一体彼が何の罪を犯したというのだろうか。
皇帝暗殺? いや、違う。それはルルーシュが──と思うも、証拠は何一つない。状況証拠からシュナイゼルは疑われるに値するだけの行動を犯してしまっている。
ではマリアンヌ暗殺? いやそれも本人が違うと言った以上、違うのだろう。が、所詮は説得力ある根拠のないただの感情話。
当のルルーシュはオデュッセウスの元で、正式に第十一皇子としての籍を戻されたという。
これでは多くの歴史で語られてきたように、シュナイゼルは闘争に敗れ濡れ衣を着せられた哀れな皇子だ。
なぜこんなおかしな状況を甘んじて作り出させることを許してしまったのだろう。あの優秀で、野心さえ垣間見せていたシュナイゼルが。

『君が息災であることを祈るよ。──愛している、

まるで別れを告げるようだったあのシュナイゼルの言葉──、本当に今生の別れのつもりだったのだろうか?
既に、あの日のシュナイゼルに戦う意志はないように感じられた。どこか、全てを諦めたような。
まるで愛に破れ、打ちひしがれた母のようだった。
父の死で、何かが壊れてしまったというのだろうか?

「兄上……」

だとしたら、死ぬのだろうか──シュナイゼルは。オデュッセウスやルルーシュに討たれて。
父の愛を求め、叶わず、彼が疎んでいたルルーシュに討たれて死ぬなどこれ以上ない屈辱のはずだ。なのになぜ──そんな状況を許しているのだ?

『だけど、君が私を愛していないのだから……仕方がないね』

なぜ、あんな哀しい顔をしていたのだろう。
愛せるはずがないではないか。そうしたのは、他ならぬシュナイゼルだ。

『あの時から君は私のたった一人の大切な女性で、大切な妹で。その二つが切り離せず……結局は耐えられずに、君を傷つけてしまった』

あんなこと、今更言われても知らない。それほどまでに堪え忍んで愛してくれていた、なんて。
嘘、だと思っているわけではない。本心からの限りない愛を注いでくれていたのもちゃんと分かっている──だけど、でも。
「兄上……」
ようやく解放されたというのに、頭がシュナイゼルから解放させてくれない。
自分を汚し、辱めて不幸にしたシュナイゼル。何度も何度もこの手で彼を殺そうと思った。
優しげな宰相の姿はただの仮面で、本当の彼は酷く残酷で恐怖で自分を支配しようとした──あの初めて彼に抱かれた夜に植え付けられた呪縛は今も自分の中で消えさってはいない。
けれども、あの冷酷さだけが彼の全てではなかった。
優しかった彼も、自分を愛した彼も、嘘ではない──全部本当のシュナイゼルだった。

はふと、いつかバラのトゲに刺された人差し指に目線を落とした。

この指先から流れ出た赤い血──自分の中に流れる血。
この血が、ずっと疎ましかった。恐ろしかった。愛に生き、報われない愛に殉じた母のようになるまいと心に誓って──そして、母の愛した父に生き写しの兄に愛された。
汚れ、呪われた血だと──蔑んで憎んで。けれど、どれだけ疎んでも結局は否定できなかった。
「兄上……」
否定、できない。
──そうだ。きっと生まれたときから決まっていたのだ。母の子と生まれたときから、きっと逃れられない運命だと決まっていた。
「……シュナイゼル……!」
だってこんなにもシュナイゼルのことが頭から離れない。彼の穏やかな声も、しなやかな仕草も、肌の感触も、あの憂うような瞳も冷酷ささえも既に自分の中に染みついて住み着いてしまっている。
彼のいない世界なんてもう、考えられない。
だってこの血が、この全身が知っているはずだ。彼のいない世界に残された自分がどうなるかを。
だから──、とは胸に沸いた思いを抱いて駆けだした。
逃れられないのなら、受け入れよう。全てを赦せなくても、きっとそれが自分という存在の意味だったのだ。
ならば──。


「アヴァロンへ通達する。即刻武装を解除し、投降せよ。これは最後通告である」

皇帝殺し、及び后妃暗殺容疑のクーデター犯としてシュナイゼル討伐の任のため自ら前線へと乗り出したオデュッセウスはとうとう中華連邦との国境付近でアヴァロンを捉えていた。
案の定バックには中華連邦の軍が控えており、交戦やむなしの状態となる。天子の祖国の軍と戦闘となるのは心が痛かったが、今はそれも耐えた。
共に行かせてくれと志願したコーネリアのたっての申し出を苦く受け入れ、コーネリア軍を率いたオデュッセウスのブリタニア軍は強く、中華連邦軍は既に防戦一方に追い込まれている。
「兄上、なぜなのです、兄上……!」
前線でナイトメアを駆り、中華連邦軍を一掃していくコーネリアは鬼神のごとき働きの中でシュナイゼルへのやるせない想いをぶつけていた。

そんな中──、全く違うルートからアヴァロンへ近付くナイトメアフレームがあった。

「少しは抵抗してみせた方が後世の史学家も喜ぶ……とはいえ、コーネリア軍の前じゃ中華連邦軍も形無しだろうね」
「援護はいらない……と言いはしましたが、自国の領空に他国の軍隊が押し寄せれば中華連邦としても防御しなければなりませんものね」
「本国の天子は悲しんでおいでだろうね」
「中華連邦は殿下の配下ですもの。いくら彼らといえど、あっさりと殿下を引き渡すなどできませんものね」
アヴァロンの私室で静かに審判の時を待つシュナイゼルに笑いかけて、カノンは格納庫へと向かった。
近付いてきているナイトメアの存在は知っている。ハッチを開いて収納させ、それに乗っている人物を迎え入れた。
「カノン……」
「良かった、無事に来られて。殿下からロイヤルプライベートを受けたとき……断るべきだったんでしょうけど、ごめんなさい」
「いいえ……ありがとう」
ふわり、と降りてきた人物のプラチナ・ブロンドが舞う。
そこに立っていたのは帝国の第三皇女、・ル・ブリタニアその人だった。
アヴァロンへのルートを教えてくれ、とロイヤルプライベート通信を受けたのがこの前。ここへ来たいというの要望を、カノンは快く受け入れた。
本来ならば拒否すべきだったのだろうが、そうするしかなかったのだ。全ては忠誠を誓ったシュナイゼルのために。
「彼は……」
「私室におられます。この格納庫を抜けて最上階の船尾に程近い場所です」
「ありがとう。カノン……あなたは……」
脱出して、とは続けたかったのだろうか? 少し微笑んで首を振るってみせるとは言葉を止め、一度目を瞑って纏っていた白いドレスをひるがえすと背を向けかけていった。

「エレベーター……」

カノンもまた、自分の運命に従うつもりなのだろう──、は寂しそうに笑ったカノンを振り返ることなくカノンに教えられた最上階を目指した。
ドレスの裾を持って、廊下を小走りで進んでいく。やがて辿り着いた大きな扉の前で少しばかり息を整えると、はかつてシュナイゼルの部屋に入る際にしていたようにノックを三度した。
そうしてそっと扉を開いて中に入る。
ゆっくりこちらに視線を向けたシュナイゼルは中央のソファに腰掛けていて、いつもの公務服ではなく皇族用の正装で短めの白いクロークを肩に巻き付けていた。
その装いがいかにもシュナイゼルらしい、と感じたの瞳にシュナイゼルの瞳が徐々に見開かれる様が鮮明に映る。
「…………?」
「来て、しまいました」
笑いかけてソファの方へ足を向けると、シュナイゼルは意外そうにしながらも顔に笑みを浮かべる。
「まさか、兄上は君を差し向けたのかい? まあ、君に討たれるのなら……それもまた良しだ」
「違います。カノンに頼んだんです……アヴァロンへ行きたい、と。近くまでは船で来たのですが、ここまではナイトメアで。マニュアル……学んでいたのが役に立ちました」
「それは……、でも、どうして?」
「もう、本国にはお戻りになれないと悟ったから。だから……私は、おそばに……」
そっとシュナイゼルの隣に腰掛けて、はシュナイゼルの手に自分の手を重ねて精一杯の瞳でシュナイゼルを見上げた。ハッとしたように彼が切れ長の碧眼を揺らした瞬間に不意にアヴァロンが揺れ、は小さな悲鳴をあげて揺さぶられるままにシュナイゼルの胸へと倒れ込んだ。
その身体を受け止めて抱きしめ、シュナイゼルは哀しげな瞳を浮かべる。
「そう長くは、このアヴァロンも持たないだろうね。……
「はい」
「初めてだね、君が、君の意志で私の元に来てくれたのは。こんな時でなければ……いや、こんな時だからこそとても嬉しいよ。──でも、君はここにいちゃいけない」
どこか諭すようなシュナイゼルの瞳は遠く、は眉を寄せるもシュナイゼルは小さく首を振るった。
「君はこれからいくらでも幸せになれるだろう? 由緒ある貴族に嫁いで、並の皇女らしい人生を──」
「そのような……、今更どの口がそんなことをおっしゃるんですか? 私を汚して、不幸にしたあなたが」
「のちの史学家に笑われてしまうよ。女性を……それも妹を道連れにした男だと」
「その程度の恥、耐えてください。あなたのしたことを思えば、罪滅ぼしにもなりません」
言葉ではやんわりと拒否しながらもシュナイゼルはを抱く手を緩めることはなく、彼女の片方の手をとって自身の頬にあて薄く笑っていた。
「やっとまともに話をしてくれたと思えば……随分と手厳しい」
遠くで剣戟の音が聞こえる。誘爆の音も。オデュッセウスの軍が上船したのか──と二人はどちらともなく思った。
だからこそは静かにシュナイゼルの胸に身体を預け、シュナイゼルは優しくの髪に指を絡めながらゆっくりと今の時間を噛みしめていた。
「離宮の外に出てみたい。……小さい頃、よくそんな風に思っていました。でも、身体も弱くて……成長するに比例して怖くなって。だから……こうして外に出られるようになったことは、どんな形であれ、私幸せでした」
「そうか……。思い出すよ、十五年ほど前の、二度目の君との出会いを」
「不思議ですね……やっと今、自由な気がするんです」
やがて近付いてくる荒々しい足音がこの部屋に押し入る瞬間まで、はうっとりと瞳を閉じていた。
彼の心臓の音が聞こえる。ゆったりとしていてあたたかい。
もう何も怖くない。だって自分はこのために生まれてきたのだから。
全身にただ彼の存在だけを感じ、どこか懐かしくて時間の感覚さえなくなるような──いつかのバラ園でも感じた甘美な時間が流れるも、それはよく見知った厳しい声によって乱された。
「いるのか、シュナイゼル!?」
が顔をあげると、そこには武装した兵たちを引き連れて驚愕するオデュッセウスの姿があった。
……!? なぜ、君が……」
その横にもまた、同じく驚愕しているらしき黒髪の少年がいた。
「まさか……姉上……? なぜ、シュナイゼルと共に──」
「ルルーシュ……」
成長した憎むべき弟の姿。けれども今、かつてのような憎しみも畏怖も、の中に存在はしていなかった。
兵士たちが一斉にこちらに銃を向け、オデュッセウスが悲鳴に近い声で叫ぶ。
「こちらへ来なさい、! シュナイゼルから離れて──」
「いやです……!」
しかしは、最も兄として慕ったオデュッセウスの叫びを掻き消すように拒絶した。
ギュッとシュナイゼルの腕を掴み、震える唇でオデュッセウスを見やる。
「ごめんなさい、兄上」
目線の先でオデュッセウスが驚愕の中、悲しげに眉を寄せているのが映った。
抱き合う妹と弟──、いくら凡庸と言われるオデュッセウスといえど二人の関係を理解してしまったのだろう。
僅かな沈黙が続き、ルルーシュさえも沈黙を続ける横でオデュッセウスは意を決したように兵士たちに指示を出すべく手を翳した。
もう時間がない──、は表現できない精一杯の想いをシュナイゼルに向けた。

「──シュナイゼル」

そう初めて口にした彼女は見たこともないような満ち足りた笑顔を見せ、シュナイゼルは言葉を失う。
ずっと呼んで欲しかった名、ずっと向けて欲しかった笑顔。それが叶ったのが最期の瞬間であったことだけが悲しく、淡く表情を歪めながら詫びた。こんな運命に巻き込んですまない、と。
しかしそれも刹那──強く彼女を抱きしめれば胸を満たす愛しさだけに覆われて、その命を熱く受け止めながら初めて感じた。永遠にさえ思えた一瞬の中で、幸せだ──、と。

空間を貫いたオデュッセウスの声は、おそらく二人には届いていなかっただろう。
溶け合うように飛び散った二人の鮮血はまるで真紅のバラのようで──全てが終わったあとも、オデュッセウスとルルーシュはしばし二人の亡骸を静かに目に留めるくらいしかできることはなかった。




***




やがて、オデュッセウスはシャルルの後を継いでブリタニアの皇帝へと即位した。
シャルルの遺言は「ルルーシュを皇帝に」であったがそれを聞いたものはだれもいないし、ルルーシュも明かすつもりはなかった。
マリアンヌ暗殺の真相も全ては闇の中。しかしマリアンヌ、クロヴィス、シャルルと全ての不可解な殺人は既にこの世を去ったシュナイゼルに押しやられ、世の無常を静かに感じさせた。
そしてまた、ルルーシュも無理に真相を知ろうとは思わなくなっていた。シュナイゼルを前にして問いただそうとした気力も、シュナイゼルを憎む気持ちさえもすべて彼と運命を共にしたの死に攫われてしまったからだ。そうして残ったのは虚しさや罪悪感のみ──、彼女を死に追いやったのは自分ではないか、と感じる気持ちさえ境界線が曖昧で、何かが自分の中で終わりを告げた。
ルルーシュはオデュッセウスたっての願いでブリタニアの宰相に収まることとなった。シャルルやクロヴィス、シュナイゼル達のことを思えば辞すべきだったのかもしれない。しかし甘んじて受けたのは、宰相という地位に今後の人生を捧げて滅私奉公で全うすることにより語られることのない自分自身の罪へのせめてもの償いになれば、と思ったからである。

シュナイゼルとの墓は皇宮の敷地内にひっそりと立てられ、オデュッセウスとルルーシュはせめて花は絶やすまいと公務の暇を見つけては二人の墓所を訪れていた。
今日も墓前へと白いバラを添え、オデュッセウスは虚空を見上げた。
「私は今も悩んでいるよ。弟を手にかけたこと……それから、何の罪も犯していないをも討ってしまったことは本当に正しかったのか、と」
「……姉上は、とても幸せそうな安らかな顔をしておいででした」
「うん。私はずっとはシュナイゼルとは仲違いをしていたと思っていたんだよ。コーネリアからも話を聞いたけれど、それは間違いで思い悩んでいたんだろうね……けれども最期は幸せそうだった、それがやるせないんだ」
ふわり、と風が一陣過ぎ去り、二人の鼻孔をかぐわしいバラの匂いが満たしていく。
兄を愛した──それを罪だと感じていたのならば、最期に彼女は解放されたのだろうか?
二人は、幸せだったのだろうか。
もはや確かめる術もなく、いずれは時間という広大な流れの中に二人のことも消えゆくだろう。

皇宮のバラ園には今日も色とりどりのバラが咲き乱れている。

ふと、墓標帰りの庭園を歩くオデュッセウスの耳に愛する弟と妹の懐かしい声が届いた気がした。
水路のせせらぎが聞こえる。
シュナイゼルの差し出す手をが取り、バラ園の中で幸せそうに笑い合う二人の姿が瞳に過ぎってオデュッセウスはハッとして瞬きをした。
しかし、どう目を凝らしてみてもそこには普段通りのバラ園があるのみで、少しだけ寂しげに笑う。



この後──オデュッセウスを最後の皇帝としてブリタニアは瓦解。弱肉強食の支配主義は否定され、民主主義の道を歩むこととなった。
シュナイゼルとを襲った悲劇の真相が歴史上で明るみになるのも、そう遠い未来の話ではない。
ある者は彼を悲劇の皇子と讃え、ある者は愚鈍な最期だと酷評した。彼の功績や軌跡も研究され、賛否両論さまざまな意見が今も飛び交っている。
しかし──成就することのなかった異母妹との恋だけは。その壮絶なまでの最期に人々は感情の琴線を刺激されずにはいられなかった。
誰かがこう言い残している。
彼らは確かに罪を犯したかもしれない。しかしそれは──この世で最も美しい罪だった、と。

ゆらゆらとバラの葉が揺れる。
かつての皇宮跡──二人の墓前には今日も豊かな香りを湛えたバラが絶やされることはなかった──。







── Amen. ──










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