「わー、思ったよりは混んでないね」
「満開になるの来週だって言ってたもんね。でもきれーい……!」
西公園に着いて夜桜を目の当たりにしたちゃんは上機嫌そうに微笑んだ。
ここは仙台でも鉄板の花見スポット。混雑具合は毎年ニュースになってるけど、まだ満開じゃないからニュースになるほど混雑はしてないかな。と俺は辺りをキョロキョロ見渡した。座れる場所の確保も問題なさそうだ。
なにせちゃんはいついかなる時もスケッチできるように常にマイレジャーシート持ち歩いてるし、とすっかり桜に夢中なちゃんをチラリと見て俺は腰に手をあてた。たぶんちゃんの中でいま俺の存在は軽く消えかかっているに違いない。
けど、せっかくこうして二人でいられるんだし、ちょっとくらい俺から興味がそれてもいっか、と我ながら俺ってなんて良いカレシ。モテる理由はコレだよコレ、なんて自画自賛してると屋台からイイ匂いが流れてきて視線がそっちに釘付けになってしまう。
「ちゃん、なんか食べる?」
俺お腹すいた、と部活後の空腹を訴えるとちゃんは瞬きをしてから首を振った。
「私は大丈夫」
「ホントに? じゃあ俺だけ買っちゃうよ?」
ちゃんを屋台の方に促して物色して回る。イカ焼き、焼きそば……どれも捨てがたい。けど家に帰ったら晩ご飯用意してあるだろうし、たこ焼きだけで我慢しておこう、と俺は1パックだけ購入した。
「あ、及川くん。あそこ空いてるよ」
ちゃんは眺めの良い空いているスペースを見つけるのが上手い。たぶん絵を描きながら自然と身に着けた特技なんだろう。さっそくそんなスポットを見つけたらしいちゃんの促す周りの桜がよく見える桜の木の下に向かうと、ちゃんはカバンからレジャーシートを取りだした。
「一人用だから小さいと思うけど……」
「十分だって。ホントこういう時の便利アイテムだよね、ちゃんの常備品」
言いつつ広げられた長方形の小さなレジャーシートに腰を下ろす。
背中合わせに座れば二人でも十分座れるけど、もちろんそんな悲しいフォーメーションは却下して俺が広げた足の間にちゃんがちょこんと座る形になった。これはオイシイ構図かも、ってちょっとウキウキしてたらちゃんはそんなのまるで気にしてないといった具合にいそいそとスケッチブックを取りだして嬉しそうに頬を染めてこう言った。
「及川くんがたこ焼き食べてる間、ちょっとスケッチしてるね」
「……うん」
――夜桜を餌に誘ったのは俺だけど、俺だけど!ってまあコレが通常運転なんだから仕方ないよね。嬉しそうに鉛筆を握りしめるちゃんを見やりつつ俺は買ってきたたこ焼きのパックを開けた。
たこ焼きを頬張りつつ何気なくちゃんのスケッチを覗き込む。スケッチブックを覗き込める体勢ってあんまりないから無意識に気になっちゃったのかもしれない。
やっぱり俺には絵心なんてないケド。夜桜の夜な感じとかライトに照らされてる独特の感じとか、どうやったら鉛筆一本で表せるんだろ? 光の加減とか、空気感とか。――たぶんアレだなコレ。見えてる世界が違うってヤツ。捉えられる空間の限界が違う。――飛雄と同じ――なんてうっかり眉を寄せてしまったけど、白い紙に徐々に出来上がってくる絵から目が離せなくて気がついたらたこ焼きはだいぶ冷えてしまっていた。
「? たこ焼き、食べないの?」
「わッ――!?」
ある程度描き終えたらしいちゃんが手を止めて言ってきて俺は不意打ちを食らってしまう。あんまり減ってないたこ焼きが目に入ったのか不思議そうにしててとっさに取り繕ってみる。
「ちょ、ちょっとね。桜に見とれてたの!」
「そっか。綺麗だもんね」
絵を覗き見してたとは言えずにそう言ったらちゃんは緩く笑った。俺も気を取り直してたこ焼きを頬張りつつピンと来る。やっぱり二人でいるんだからそれらしく楽しまないと、と満面の笑み――岩ちゃんはウザイとか酷いこと言うけど――を浮かべてみる。
「ちゃんも一個くらい食べてみなよ」
「え……?」
そして俺はそのままの笑みでたこ焼きを一つ爪楊枝に刺してちゃんの方に差しだした。
「はい、あーん」
瞬間、ちゃんは面食らったように目をぱちくりさせたけど構わず「ほら」と笑顔をキープして押してみた。
「え……え」
うろたえたっぽいちゃんは目をキョロキョロさせてたけど、俺が引かないって分かったら仕方ないと思ってくれたのかおずおずと口を開けてくれた。
――うわ。コレは思った以上に照れる。自分でやっておいてなんだけど。と、たこ焼きを食べさせた瞬間にカッとほっぺた辺りが熱くなったのを感じた。ちゃんもそうだったのか口元に手をやってちょっと俯いてしまってる。
「ど、どう? おいしい?」
「……うん」
ちょっと声が上擦っちゃった自分をみっともなく思いつつ誤魔化し気味に残りのたこ焼きを急いで平らげた。そしてパックを横に置いていると、俯いたままだったちゃんがちょっとだけ思い詰めたような顔をしてて反射的にギクッと背が反応した。
も、もしかしてヤだったのかな? まさか無理強いしちゃって嫌われちゃったって流れじゃないよねコレ?? なんて内心ビクビクしてたら、予想に反してちゃんが俺の胸にもたれ掛かってきてキュッとジャケットを手で掴んで別の意味でドキッとしてしまった。
「な、なにちゃんどしたの? 甘えたモード?」
そっとちゃんの肩に手を回したら俺の胸にすり寄るみたいにして抱きついてきて、俺はなるべくパニックを表に出さないようにしつつも内心ちょっとパニクッた。
「そうかも……」
少し間を置いてちゃんが噛みしめるように言って俺はハッとする。上擦った気持ちが少しだけ落ち着いた。
「今日、ちょっとだけ寂しかったから」
フワ、って夜風にちゃんの髪が揺れて、俺は言われた言葉の意味を考え込んでみる。――体育館でキスしたあと、今日はじめて俺と話した気がする、って言ってた。教室では俺が女の子に次々囲まれちゃってたから話す余裕なんてなくて、せっかく同じクラスになれたのに目さえ合わせる機会がなかったからだとその時は理解した。
俺だって寂しかったけど、もしかしてちゃんはそれ以上だったのかも。って気づいたらブワッて感情が高ぶって俺は思わずちゃんの手をギュッと握りしめていた。
「もうみんなの前で交際宣言しよ!? 俺たち付き合ってますって!」
「え――ッ!?」
「そしたらいつでも一緒にいれるし! ね? この際もう言っちゃおうよ」
たぶん必死な顔してそう訴えた俺を見たら逆にちゃんは冷静になったのか、少しだけ引き気味に口元を引きつらせた。
「そ、それは……ちょっと」
「なんで? 俺だって堂々とちゃんと話したいし、せっかく同じクラスになったんだし」
「う、うん……でも……受験生だし、残りの高校生活、平穏に過ごしたいし……」
ちゃんの想像する交際宣言したあとの高校生活とやらはよほど耐え難いのか、明らかに狼狽して目が泳いでいる。
でもせっかく同じクラスになったんだし、一年も他人行儀で過ごすなんてぜったいイヤだし。と唇を尖らせていると、ちゃんが握っていた手に指を絡めてきて薄く笑った。
「やっぱり及川くんの手、すっごく大きいね」
きっと話をそらされているだけだと感じつつも、ほいほいドキッとしちゃう自分のチョロさがちょっとだけイヤになってしまう。
話そらさないで、って言おうとしたけど感心しきりにそんなこと言われてとっさに言葉が出てこない。
「それにキレイ……」
「そ、そりゃ一応ちゃんと手入れしてるからね。セッターだし」
関節をちょっと触られたり指と指を絡められたりして確かめるように触れられてるだけなのに、なんだろコレすんごい気持ちいい……なんてふわふわしてるのがばれないように俺は努めていつも通りに言った。
そっか、とちゃんが微笑む。――ちゃんの右手は使い込んだ鉛筆ダコが消えなくて本人はあんまり見せたがらないから、俺も触れないけど。ていうか本気で俺の手に関心が移ったのか熱心にちゃんは見入ってて、俺も触られてるのが心地よくて交際宣言の話題はすっかり優先順位が落ちてしまった。
せっかく夜桜なんてロマンチックなシチュエーションなんだし、やっぱりソレを楽しんだ方がいいよね。と俺は切り替えて俺の右手で遊んでるちゃんの肩を左手で引き寄せて胸に閉じこめた。
しばらく無言で指と指を絡ませ合う。甘えたモード継続中っぽいちゃんは貴重だから乗っかって俺も堪能しつつちょっとだけ頭の隅で考えてみる。
一年間、他人行儀はぜったいイヤだ。せめてクラスで普通に話せるくらいの環境作りはしないと……。うん、帰ったらじっくり対策を練ろう。
だから今はもう少しだけこの甘い時間に浸っていよう。って俺はむず痒いような物足りないような甘ったるい感覚でお互いの指の感触を確かめつつ、夜風に流れてきた桜の花びらに目を細めた。 |