Sir. Yes, sir!!





「あの姉ちゃん、絶対軍曹に惚れとるけぇ」

とある日の夜――、トッキュー二年目となる面々の同期会が横浜の某焼肉屋で開かれていた。
集ったメンツは今日が当直の佐藤貴充を除いた大羽・兵悟・メグル、そして既にトッキューを除隊になってはいたものの同期のなかで皆にもっとも慕われていた星野である。
もっぱらの話題は、大羽によりもたらされた三隊隊長・嶋本進次のプライベートについてであった。
「へえ、あの嶋本さんがねー。どんな人なの?」
器用に肉を裏返しながら星野が持ち前の柔和な口調で訊くと、箸を握りしめていた大羽は「んー」と記憶を巡らせるように視線を上向かせる。
「軍曹の話にキラッキラした目で聞き入る人じゃったのー。顔は似てないんじゃが、あの煌めき具合はちーとばかし兵悟に似とったぞ」
「えー、俺ー!?」
話を聞いた兵悟が大きな瞳をぱちくりさせると、そばで一人焼けた肉を頬張っていたメグルが「あ!」と声をあげた。
「オイ、そん人知っとるばい! 兵悟君も会ったやろ、中華街で」
「え……、そうだっけ?」
「オイの好みじゃなかが、女子アナのイノマリ似の人たい! そがん人が軍曹と……!?」
「あ! 思い出したよ、うん、綺麗な人だったよね!」
メグルの話で記憶を呼び起こされたのか兵悟はパッと明るい顔をし、星野は一人肉をよそいながら肩を竦めていた。
「なんだ、みんな知ってるんだ。俺だけ知らないなんて……、やっぱり官舎は一緒でも勤務先違うと話題に遅れちゃうね」
「星野……。あ、そうじゃ、ワシ写メっとったんじゃった」
星野と特に仲の良い大羽は一瞬沈んだ表情を見せたものの、思い出したように言うとゴソゴソとポケットをまさぐって携帯電話を取り出し、画像フォルダからお目当ての写真を表示させると「ほれ」と皆の前にかざした。
みな一斉に大羽の携帯電話を凝視する。
そこにはいつもの「軍曹」然として腕を組んで仁王立ちしていつもの「軍曹」笑みを浮かべる嶋本と、この同期メンバーの中では一番年長の星野とそう変わらないだろう年齢に見受けられる女性が映っていて――皆の吐く息は随分と重いものに変わった。
「かー、もったいなかー! 姉ちゃん趣味わるー!」
「じゃろ、じゃろ!? ありえんじゃろこんなべっぴんさんとホビットのツーショットとか。しかも料理も上手いんじゃぞ!?」
「というかヒロタカ、わざわざデートについて行ったの?」
当然の疑問を星野に突っ込まれた大羽はハッとして、そしてどこか遠い目をして深い息を吐くとふるふると首を振るった。
「あれは、非番の日の朝……いや夜中じゃった。夜中の三時過ぎにじゃぞ? 非番でゆっくり寝れるって日にじゃぞ!? "起きんか大羽ー!"という悪魔のような軍曹の声に叩き起こされてじゃな……」
そこまで語ると皆もその光景が想像できたのか同情気味の表情を浮かべ、兵悟も思い出したように相づちを打って遠い目をした。
「分かるよ大羽くん……俺も嶋本さんの隊にいたときそれやられたよ。朝の四時に叩き起こされて強制的に釣りに行かされて……」
「お前もか兵悟ー! ほんっとあの勘違いしたホビットは厄介じゃのー!」
涙目で手を取り合う兵悟と大羽を横に「オイ、軍曹の隊じゃなくて良かったばい」とメグルは安堵の息を吐き、星野は「まあまあ」と皆を宥めた。
「でも、嶋本さんって確かに厳しかったけど……今にして思うと俺たちのこと何かにつけて気にかけててくれたんだな、って思うよ」
「そうかのう……、ワシは未だに軍曹の怒鳴り声忘れられんで夢にまで見るけのー」
「ヒロタカは嶋本さんの隊に入って、どうなの? 隊長として足りないとか思ってる?」
訊かれて大羽は「んー」と口元を尖らせた。そしてグビッと一度ビールを喉に流し込んでから口元を拭う。
「そうじゃのう……。隊長として見たらワシなんか軍曹に勝てるところは背の高さくらいじゃきのー。あんなちんまいのにどこにあの体力もスキルも入っとんのか不思議じゃ」
「あ、俺も嶋本さんは凄いって思うよ。確かに口うるさいけど、判断は冷静でいつも俺たちを引っ張ってくれたし」
「そう、そうなんじゃよな兵悟! 軍曹は口うるさいが、意外と冷静なんじゃよなー。軍曹の隊に入って最近やっと気づいたんじゃよワシも。教官やった頃は軍曹の実力目の当たりにする機会はなかったけぇの」
元三隊の兵悟と現三隊の大羽は必然的に嶋本といる時間が長いためか通じる話題も多いらしく、そんな二人を見て星野は「なんだかんだで上手くやってるんだね」と柔らかく笑った。
「それに嶋本さんって保大出だし、あの真田さんに副隊長に選んでもらってたほどだし、あの歳で新人の教官までやっちゃてて今は隊長。このまま出世コースだと思うと……けっこう優良物件なんじゃないかな?」
俺も保大出だけど、と星野が笑みを零すと他の三人は分かりやすい程にピタッと制止し、額に冷や汗のようなものを滲ませた。
「ほ、保大か……ワシら保校じゃきのー、隊長にはなれんけのー」
「え、そうなの!?」
「そうじゃ。ワシらが隊長なるには保大で特修受けんとダメなんじゃ」
「はー、がっばいめんどくさかー。階級より実力ば評価してほしかー」
「ワシもこの歳から一年棒にふって呉に通うのは無理じゃー」
ハァ、とため息をつきつつ大羽は煽るようにビールを飲み、次第に酔っていったみんなの話題は共通の時間を過ごした研修時代へと移っていった。
そうして研修時代と言えば、やはり「鬼軍曹」の存在と切っても切り離せず、皆は鬱憤を晴らすように声のボリュームも次第にあげていった。
「だいたい、ワシらはいつか軍曹のスキルに追いつける日もくるが、軍曹はこの先ワシらの身長を追い抜く日は来んのじゃー!」
「そうだそうだー!」
「そもそも未だに軍曹が独身官舎におるんはあの性格のせいじゃろ!? 嫁さんもらったところで間違いなくDVじゃ。ドメスティックバイオレンスじゃ!」
「あー、オイもそがん気がするばい。だいたいオイのハイセンスな髪型のことばアニメキャラの影響とか言いよったが自分はフルメタルジャケットの見過ぎったい、いまどき鬼軍曹とかアホらしかー!」
「そうじゃそうじゃ! ワシらへの怒鳴り文句もハートマン参考にしとったと思うと笑いが込み上げてくるのう。あれじゃ近い内に彼女にも振られるきに、いい気味じゃ」
よほど三隊で鬱憤がたまっているのだろうか。大羽と、大羽のテンションに乗るメグルに星野と兵悟がオロオロし始めた頃――、突如として鋭い音と共に個室の仕切りが勢いよく開かれた。
「ほほーう」
そうして開いた仕切りの先の部屋から聞こえてきた声にその場にいた全員が凍り付く。
「ドメスティックバイオレンスだの、フルメタルジャケットだの、随分と楽しそうやなー。俺もまぜてーや」
ジュワジュワと肉の焼ける音だけがやけに大きく響き、テーブルと睨めっこをしたままダラダラと冷や汗を流す四人は振り返るまでもなく声の主の正体を悟っていた。
――官舎のそばはトッキューのメンツがよく現れる場所だ。気を抜いて上司と鉢合わせたことなど一度や二度のことではないが、なぜ今日に限って、と全員が後悔したが時すでに遅し。
「オイこらヒヨコども!」
「は、はい!」
「そんなにフルメタごっこがしたいなら俺がたっぷりと付き合うたるわ。嬉しいやろ?」
「…………」
「う・れ・し・い・や・ろ!?」
「……は、はい」
「なんじゃその返事は! ピヨピヨ鳴く前に"サー"と言え、分かったかヒヨコども!」
「……サ、サー、イエッサー」
「声が小さい、もっかいじゃ!」
「サー、イエッサー!」
「おい大羽、フルメタよりお前の大好きなムスカ大佐のほうがお好みならそうするで?」
「……サ、サー、ノー、サー!」
「そもそもなんで俺が鬼やねん。お前らヒヨコに優しくしすぎたせいで今年は教官の座降ろされたんやぞ、分かっとんのか!?」
「サー、イエッサー!」
「ダメダメなお前らのせいで俺の指導不足にされてほんまかなわんわ。なあ神林……一ノ宮塾長より俺の方がよほど優しかったやろ?」
「…………」
「や・さ・し・か・っ・た・や・ろ!?」
「サ、サー! イエッサー!」
「だいたいお前らは誰のおかげでこの場にいられる思てんねん。俺が若い頃は――」
怒り心頭なうえに随分と酔っているらしき嶋本の口を止めるのは不可能に近く――、しかしながらこうして皆で鬼軍曹にしごかれるのは懐かしい。などと思うはずもなく、四人はひたすら嶋本に開放されるのを待った。


「あー、俺当直で良かった」
後日、同期会に出席できずに悔やんでいた佐藤貴充はゲッソリした四人の様子を見てそんなことを言っていたという。








全員、アホだと思う……。

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