FOLLOW 〜observing eyes ドン、ド、ドン。 あえて効果音を付けるとすれば、そんな音が今日の目覚めの合図だった。 清々しいまでの見事な秋晴れ。 家を出てその抜けるような青空を眺めながら歩いてると、名前は季節外れ、だが今の空くらい爽やかですって顔してソイツは道ばたで会った俺にいつも通りの挨拶をしてきた。 「おっす、サエ!」 お前の辞書には曇りという文字はないのか、と思いつつ俺も挨拶をする。 「おはよ」 「良い天気だなぁ……まさに絶好の運動会日和だ!」 仮に俺が文化祭の主役だとすれば、今日の主役はバネ。 テニスは元より、運動全般何でもござれのバネが最も輝く学校行事が運動会だ。 それはもうずっと昔から今日に至るまで変わらない。 「まぁでも今日は敵同士だしね、お手柔らかに」 そう言いつつも宣戦布告ととれる視線を送れば、バネはニッと笑って片方の眉を下げた。 「負けねーぜ」 そのまま互いに笑いながら学校への道を行く。 煙と共に空へ開会の合図花火が上がり、六角中は本年度の運動会を開始した。 「いけぇー! 黒羽ー! 首藤ーー!!」 「キャー! 黒羽くーん、ステキーー!」 「黒羽せんぱーい!!」 大盛り上がりの斜向かい陣営、つまりA組の声援を受けて見事に二人三脚で一等を取ったバネとサト。 テープを切って、互いの腕をガシッと合わせて白い歯を見せ合っている。 どうでもいいが、男同士の二人三脚ってちょっと虚しいよな。とも思いつつ、我がC組は三位かと応援席からトラックを見守る。 流石の運動神経にあの長身のルックスは目立つらしく、バネへの応援は野太い声に加えて普段はあまり飛ばない黄色い声も混じっていた。 が、動じずに顔色一つ変える事なくその全てにはち切れんばかりの笑顔を返してるバネは、いかにもアイツらしい。 一学年がA組からF組に別れている六角は、学年混合でA〜Fごとに1チームとなり優勝を競い合う。 優勝して与えられるのは名誉のみだが、それでも勝負ごとってのは例外なく盛り上がるもので各チームしのぎを削って得点を重ねあっていく。 グランドに目をやりながら歩いていると、フィールドでは午前最後の競技、二年男子の棒引きが始まっていた。 やはりというかダビデが一人ブルドーザーのごとく奮闘している。 「ヒカルー! 今日は一段とヒカってるぞー!」 ちょうど家族席の傍を通ったときダビデの父さんのそんな声援が飛び、周りから失笑なのかマジなのか分からない笑い声があがっていた。 昼飯時は一時休戦。 さすがにダビデや剣太郎は同級生と食べるらしいけど、俺たち三年は自然といつものメンツで集まり、それぞれが弁当を広げる。 「凄いよね、A組。ってかバネとサト」 亮がしてやられたようにクスリと笑みを漏らせば、バネとサトは揃って得意げな表情を浮かべてみせていた。 「B組も負けてられないのね」 亮とはクラスメイトの樹っちゃんがそう呟き、俺は微かに疎外感を覚える。 ま、俺だけC組だから仕方ないよな。 なんて思いつつ、遠目に家族席で弁当を広げている生徒達を見やって俺はチラリとバネの方へ視線を移した。 「でも残念だね。せっかくの勇姿、さんに見せられなくて」 「ああ……なんか、アイツ忙しいみたいでさ。日曜は部活で、それに今週から中間考査だってよ。……しゃーねぇよな」 からかってみようとしたのがそもそもの間違いだった。そう瞬時に軽く後悔するほど、バネはサラッと笑顔でそんな風に答えた。 ふーん、と適当に相づちを打って話題を変えようと思ったら意外にもバネがおかずを摘もうとしていた箸をピタリと止める。 「ていうか、最近ちょっとそっけないっつーか……」 ボソリとそう呟いたバネにえ?と目を瞬かせた直後、バネはクシャリと表情を崩してみせた。 「い、いや何でもねぇ、気のせいだ!」 眉尻を下げて苦笑いを浮かべたバネを不審に思う間もなく、「なんだー? バネ」とサトがジロッとバネを覗き込む。 「お前、あれだけ女子から声援もらっといて彼女にも応援してもらうつもりだったのか!?」 確かにA組のサトは何かと割を食ってるんだろうな、とそんなインネンを納得した瞬間、サトはニシッと笑ってバネの弁当からミートボールを箸でつまみあげた。 「もーらいっ」 「あっ、コノヤロッ!」 バネが声をあげるも見事にミートボールはサトの喉へと消え、悔しがるバネに亮が面白そうにクスクスと笑いだす。 ったく、と一度口を尖らせたバネはこれだけは取られまいとしてか、輪切りにして入れてあった焼きもろこしを掴んだ。 それにかぶりついた瞬間、カシャ、という機械音。 「? 何やってんだ」 バネの声と共に俺も音のしたほうへ視線を流す。 見ると亮が携帯を弄っていた。 クスクス、と笑みを漏らしながら携帯を操作し、バネの質問に答えたのはその一寸後。 「さんに写メール」 「ぶっ!」 吹き出したバネに、バネと亮の間にいたサトがおい!と抗議の声をあげたがそれに構うよりもバネは反射的に亮の携帯を掴み取ろうとした。 「もう送ったから無駄だって」 それをヒラリと躱し、なおもクスクスと笑う亮は俺より一枚上手なのかもしれないと軽く肩を竦める。 何か言いたげだったバネだが、上手く言葉が見つからなかったのか数秒ほどその場で狼狽すると諦めたようにドサッと元いた場所に腰を下ろした。 程なくして、亮の携帯からメールの受信を知らせる音が鳴る。 弾かれる様にバネが亮のほうに顔を向けて、俺たちもそれに続いたけど亮は相変わらず顔色一つ変えずに画面を操作していた。 「さんから返信。今日晴れて良かったね、だって」 もったいぶる様に亮がメールの中身を簡略的に話す。 「そ、それだけか?」 「まぁ待ちなよ。"凄く盛り上がってる光景が目に浮かぶなぁ、中学最後の運動会だもん、頑張ってね!"それと"黒羽くんて本当にとうもろこし好きなんだね"だって」 逸るバネを亮が抑え、サッとその中身を読み上げた。 一体亮自身は彼女にどんなメールを送ったのか……、バネは決まり悪そうに頭を掻いていた。 メールの様子だと普段のさんと何の変わりもないように思えたけど、さっきのバネの発言が少しだけ引っかかっていて、俺はお茶に口をつけていたバネの方を見た。 「バネ……」 呼んで振り向かせたバネに笑みを向けてみる。 「この前さんと話してた時、バネはきっと運動会では大活躍だろうなって嬉しそうに言ってたよ」 だから、ホントは来たかったんじゃないかな? そんなニュアンスを含めて言うとバネは一瞬キョトンと目を丸めた後、そうか、と穏やかに口元を緩めた。 それを見ながら、夏休みの終わりに会ったさんの事を思い浮かべた。 『私、学校での黒羽くんって知らないから……』 羨むような瞳を俺に向けた彼女。 バネのことが好きでたまらないのは疑う余地もない。 それに数日後にはバネの誕生日が控えている。 あの宍戸君も同じ誕生日らしいけど、彼女に限ってまさか本当に彼とどうにかなったとも考えられないし、やはりバネの杞憂なんだろう。 アイツでも不安になったりするんだ、と思うもそれ以降頭を切り替えて、俺たちは午後の目玉の一つである騎馬戦についての話し合いへと移行した。 午後もバネの快進撃は応援合戦・得点対象外種目も含め留まる所を知らず、「最低一人一種目出場、それ以外の制限はなし」という我が校のルールに内心抗議する。 入場門横の本部スピーカーから大音量でクシコスポストが流れ、下級生の女の子が前方を塞いでいた為実況のニュアンスと視界に飛び交う無数のお手玉を見て、玉入れをやっていることを察する。 俺は障害物競走に出場するためC組用のハチマキを額に結んでいると、その一つ前の競技に出場する為に前に並んでいた女の子の数人が噂話を始めた。 「あー! もう、黒羽先輩超カッコいい!!」 「ねー、さっき応援用の道具運んでたら重いからって代わってくれたよー」 「見た見た! 優しいよね、良いな〜」 A組の一年生かな?と口元を綻ばせて聴き入る。 バネはあの調子で誰にでも分け隔て無く接するから、男女問わず取り分け下級生のウケは良いんだろう。 しかし、流れてる曲に合わせて早馬のようにバネへ憧れの言葉を向ける女の子達を見ていてやはり今日さんは来なくて良かったのかもしれない、と一瞬思う。 もし俺だったら、一躍時の人になった相手を快くは思えないだろうし。 なんて考えるもそんなバネを見て「凄い人気ね、黒羽くん」とか言いながら呑気に笑うさんが浮かんで、俺は一人苦笑いを浮かべた。 運動会もいよいよ佳境。 紅白いずれかを表にして、赤白帽子をキャッチャー被りにした男達が和太鼓の音と共にけたたましくグラウンドへ躍り出る。 まるで本物の合戦時のように互いの赤と白を睨み、俺たちは合図と共に騎馬を作った。 騎馬戦。それは高学年男子全員で行われる運動会の花形競技。 A組〜C組を赤、D組〜F組を白として勝敗を競う。 俺たちテニス部三年元レギュラーは幸い全員が赤で、先ほどの昼休みは半ば参議と化していた。 にしても、よくあんな体格のいいバネを騎手にするよな。 と、我が赤組の大将騎を見上げる。 立候補したわけじゃなく、男女共に圧倒的多数の挙手でバネが選ばれ本人も快くそれを受け入れた。 支える馬も当然体格の良い連中で、見た目は立派に大将だ。 しかし、大将が落ちる=赤の負けなわけだから俺としてはバネみたいな行動派タイプにそれを委ねるというのはいささか不安もある。 とても素直に守られてくれるわけはないよな、と思いつつ見ていた視線の先のバネは、なにやら最終的な確認を馬と取っていた。 「行くぜ、お前ら!!」 開始を知らせる太鼓が鳴り、大将の掛け声と共に何十騎という騎馬が一斉に敵を目掛けて突進した。 互いの声と応援の声で、運動場は戦場さながらに一気に乱戦状態となる。 先陣を切って前に出たのはバネの駆る大将騎。 大将の印である赤色のハチマキを靡かせるその姿は、成る程会場中の声援を集めるに相応しいほど勇ましい。 でも、お前は大将なんだ。 大人しくしててくれと内心思ってその背を追うも、こちらもバネにばかり構ってはいられない。 「佐伯ッ、右!!」 俺の上の騎手が叫んで、指示されるままに前方の白一騎を軽やかに躱し、騎手がサッと帽子を奪い取る。 よし!と互いに目で合図して次の敵へ向かうため状況を確認すると、前方左隅の視界に既に数個の帽子を携えた亮が映った。 「ダビ! 援護しろっ!!」 俺も負けてられないな、なんて思ってると後ろ中央の方からバネの叫び声が響いた。 白組の大将は当然大将らしく奥に引っ込んだままで、ノコノコ出ていったバネは恰好の的。 それを補うためダビデ騎に守らせるつもりらしく、考えたな、とバネ達の状況を背中に感じる。 勝つためには俺も援護しに行ってやりたいが、目の前の敵に対峙するだけで手一杯だ。 ま、あの重戦車ペアなら何とかなるだろうと俺は騎手に三個目の帽子を取らせるために奮闘する。 そうして騎手が帽子を奪い、一瞬気が抜けたまさにその時だった。 「後ろっ!」 亮の声が聞こえたと同時に後方から強烈なタックルをくらい馬がぐらついたのは。 元々不安定な騎馬だ、騎手は何とか耐えようとしてくれたものの俺たちの作る騎馬はドサッと地面に倒れ落ちた。 顔面から落ちた騎手に慌てて手をさしのべる。 「悪い」 顔を上げた彼が痛そうながらも悔しそうに表情を歪めた直後、俺たちの騎馬を落とした白騎馬がその場に崩れ落ちた。 目を見張って赤騎馬を見上げると、無言で亮がその手に新たな白帽子を握りしめていた。 「仇討ち?」 声をかけると、クス、といつもの笑みを漏らして踵を返し、乱戦の中へ戻る。 「大将騎どうなった?」 馬をしていたもう一人のクラスメイトが呟き、俺はハッとして弾かれるようにバネを捜す。 砂煙の中から見つけた赤いハチマキは、味方の危機を放ってはおけないらしくやられそうな味方騎を片っ端から助けていた。 ――まさに攻撃は最大の防御。 大将騎がやられればその時点で赤の負けとはいえ、落ちなければバネの大将騎は頼もしい。 元々、バネが奥へ引っ込んでくれる事を望んで大将にしたわけじゃないだろうしこれはこれでアリなのかもしれない。 「バネさーーん! ダビデーーー!!」 A組の応援席から剣太郎らしき声援が飛び、ふいに夏の大会を思いだして懐かしく感じた。 と、そうそう微笑ましく眺めてもいられない。 白組はまずバネとダビデのラインを崩す作戦に変更したらしい。 後方で王座についていた大将騎の伝令を傍のもう一騎が伝え、こういう展開も想定していたのかフォーメーションを組み直している。 現時点でザッと見て、数では赤が有利。 が、散開していた赤騎馬と違って白は中央にいたバネ達を囲むように集中している。 「左へ回れ、バネさん。ここは俺がくい止める」 俺の目には、ダビデの唇がそう動いたのがハッキリ見えた。 ダビデは敵の多い方を引き受け、大将騎を生かすつもりらしい。 散り散りになっていた赤騎馬もバネ達の助太刀に向かおうとしてるけど、そう上手くは行かせてもらえない。 分かった、とバネが呟き二つの騎馬は互いに背を向けて多勢を相手にすることを決めた。 その後のダビデの奮闘ぶりはさながら弁慶を思わせた。 ダビデだけじゃなく、支えていた馬達も相当な働きを見せてくれた。 バネの騎馬も一対一なら危なげなく倒していくものの、やはり多勢に無勢。苦戦しつつジリジリと追いつめられた先は袋小路。 至近距離で四方を囲まれる。 「バネー!」 遠くから生き残っていたサトが叫んでいたがとても間に合いそうにない。 ここまでか……? 俺の背中にも冷や汗が流れ、沸いていた会場も赤大将のピンチに静まりかえる。 が、ジリジリと射程範囲まで敵が迫り来た時、確かにバネは笑った。 ニッ、と口の端をあげたいつもの自信に満ちた表情。 「これで終わりだ――!」 白の一騎がそう叫んだと同時に、バネを支えていた馬の目も鋭く光った。 「いけぇ黒羽!」 馬が叫んだと同時にハチマキが舞う。 「わ、うわぁ……ッ!」 次に俺の目に映ったのは敵騎に跳び移って器用に帽子を奪い取り、蹴った反動でもう一騎の帽子も同じように奪ってみせたバネの姿だった。 二騎が早くも崩れ去る。 三騎目に跳び乗ったバネは、そのまま帽子を手に取ると高く空中でクルリと一回転舞った。 着地点を予想していたバネの馬が見事にそれをキャッチする。 少しの静寂の後、ワッと会場全体がどよめきと歓声で沸いた。 それに動じることなく残りの一騎を見据えたバネ達だったが、敵の方が驚いて萎縮したのかバランスを崩して自滅した。 バネ達が開始前に確認していたのはあの戦術だったのか――そう思ったと同時にけたたましく和太鼓の音が鳴る。 全ての騎馬が動きを止め、バネ達もふう、と一旦息を吐いた。 が、これで終わりなわけじゃない。 何せ双方の大将は生きているのだ。 ドン!と再び太鼓の音が鳴り、バネ達は意を決したように白陣地へ向かった。 「来い! 白大将騎!!」 そう赤のハチマキを靡かせながら叫んだバネは、今日で一番逞しかった。 「結局、バネばっか目立ってたな」 本日最後の競技、チーム対抗リレーに参加するためフィールドに並んでいた亮が微かに眉を曲げてクスクス笑う。 「あのまま白の大将倒したんだもんな」 俺も亮に合わせるとバネは、んなことねぇよって前置きした。 「馬の三人がかなり頑張ってくれたからやれたんだ。タイミングとか結構難しくってさ」 何でも一回戦終盤に見せたあの技、かなり特訓したらしい。 「ま、ともかく生き残ってくれて良かったよ」 「猪突猛進な大将騎で、こっちは気が気じゃなかったからね」 そう言った俺たちにバネが苦笑いを浮かべる。 そしてバネは亮と樹っちゃんの前にいたダビデの方に目線をやった。 「ダビデもさっきはサンキュ。助かったぜ」 が、ダビデはその仏頂面を崩すことなく黙した。 「さっきは味方。今は、敵。それに適した態度を取る……プッ」 「あ?」 理解に苦しむダジャレを飛ばし、バネが眉を歪めるもこの場で蹴り倒すわけにはいかなかったらしく樹っちゃんが「調子狂うのね」と呟いていた。 しかしダビデの言ったことも尤もで、この勝敗如何では現在トップのA組を王座から引きずり降ろす事も可能だ。 今度は負けないよ、と互いに言い合ってリレー開始を待つ。 「最後の競技となります、男子チーム対抗リレーを開始します」 アナウンスが響き、第一走者がスタートラインに立った。 程良い緊張感の中、パァンとピストルの音が鳴り一斉に走り出す。 同時に運動会の定番とも言うべき道化師のギャロップが流れだし、会場は声援一色の空間に包まれた。 「剣太郎ー! ぶっちぎれーー!!」 バネとサトが声を揃えてA組第一走者の剣太郎を激励する。 各学年二名ずつ選手を選出し、一年から順にバトンを繋ぐこのリレーはまさにトリを飾るに相応しい競技だと俺は思う。 そうこうしている内に第二走者、第三走者へと渉り、現在E組トップ。 「ダビ、一番で戻ってきなよ」 ラインに向かおうとしていたB組第四走者のダビデに亮が淡々とそんな要求をし、亮独特の迫力に押されてかダビデは取りあえず素直に頷いていた。 しかしB組は現在六番、何位で第五走者の樹っちゃんに繋げられるか見物だけど首位はちょっと厳しいかもね。 と、他のチームに構っている場合じゃない。 俺が一着のテープを切り、尚かつバネが四着以下であればC組逆転の可能性も大いにある。 頑張ってくれよ、とC組の二年にエールを送った。 「頼むぜ、サト」 「まかしとけって!」 サトがいつものような明るい声でバネに応え、タッチラインへ向かうとキュッと表情を引き締める。 トラックに目をやれば、要求通りトップで戻ってきそうなダビデに思わず舌を巻いた。 A組はE組と三番争いをし、C組はB組のダビデと競り合っている。 仮に樹っちゃんにトップでバトンが渡ったとして、C組は抜けるだろうか――いや、それよりサトは結構速い。 全員ごぼう抜きにでもされてアンカーのバネに渡ればそれこそこっちとしては最悪のコンボだ。 かといって、そのままB組トップで亮に繋がれても勝機は薄い。 結局はクラスメイトに望みを託すしかなく、樹っちゃんとほぼ同時に駆けだした友人を固唾を呑んで見守る。 お疲れ、と亮がダビデを労い、うぃ、と頷いてたけど相当キツかったらしくダビデは肩で息をしながらそこへ座り込んだ。 「首藤ーーー!! 抜けぇーっ!!」 「B組ファイトー!!」 大盛り上がりで会場の目線はトラックの選手へと向けられ、俺たちアンカーはゆっくりとタッチラインに立った。 流石にサトは速く、既にトップを守っていた樹っちゃんに追いつきつつある。 C組はこの調子だと三番かな、と俺たちは内側から亮、バネ、俺、E組、F組、D組の順に並んだ。 「樹っちゃん……!」 「サト!」 亮とバネがリードに入る。 直後俺もリードし、横の二人がほぼ同時にバトンを受け取った数秒後、俺も最後のバトンを譲り受けた。 素早く持ち替えて全力で二人を追う。 いつの間にか道化師のギャロップは終わっていて、亮を応援する声、バネを応援する声、俺を応援してくれる声、不思議と耳に入ってきた。 勢いよく風を切り、ほんの少し前を走るバネの背をひたすら追う。 それにふと妙な既視感を覚えた。 そうしながら、その正体に気づく。 そうだ――こうしてずっとこの目でバネの背中を見ていた。 小さい頃は身体能力だけが全てで、あの頃付け合ったあだ名のように全身バネで出来てるようなアイツには何をやっても敵わない。 あの頃はバネが手本であり、ひょいっと何でもこなしてしまうバネに畏敬の念さえ抱いていた。 ――しかし、そういつまでも前を走らせるわけにはいかない。 遠い昔のそんな事を思いだして、俺は一心不乱に走り続けた。 アンカーはトラックを二周しなければならない。 一周過ぎる頃には俺は亮と肩を並べ、もう視界にはバネの背しか映らなかった。 「佐伯ーーーー!!」 応援席が必死で俺を応援してくれる。 後数歩なのに、なかなかその差が縮まらない。 残り後半周。 「くっ……!」 ラストスパートをかけるバネに俺も最後の力を振り絞る。 「バネッ!!」 無意識に声を張り上げて俺はその肩を無我夢中で追いかけた。 後少し、後一歩で左肩が並ぶ。 後一歩……! パァン、と着走を知らせるピストルが鳴り、俺は足下を見やった。 白いテープが前方に落ちている。 見上げた目線の先では、肩で息をしながらホッと安堵の表情を浮かべるバネがいて、コンマ単位で追いつけなかったことを悟った。 「抜けず終いか……」 俺も息を切らせながら何とか声を絞りだすと、バネはしてやられたように肩を竦めた。 「サトがトップでバトン渡してくれてなけりゃヤバかったって」 クシャ、と表情を崩して右手で額の汗を拭っている。 「ホント……凄い追い上げだったよね」 遅れてゴールした亮もまた、肩で息をしていた。 「バネー!」 フィールドへ戻るとサトが満面の笑みでバネにタックルしてきた。 「いやー、燃えましたね!」 そこに剣太郎も加わり勝利を喜び合うA組トリオを見て俺は肩を竦める。 「ゴメンな、ダビ。僕が足引っ張っちゃった」 結局B組は三着で、そう呟いた亮にダビデはフルフルと首を横に振っていた。 「優勝……A組!」 結局順当にA組が優勝して、勇者は還るをBGMに校長先生から賞状を受け取った時のバネは一際爽やかな笑みを浮かべていた。 観客席からも生徒からも惜しみない盛大な拍手が贈られ、A組一同と喜び合うバネをさんが見ていたらきっと「本当に勇者の凱旋みたい」とか言うんだろうな、なんて思いつつ俺も拍手を贈る。 こうして中学生活最後の運動会は幕を下ろし、俺たちは茜色の空の中をそろって岐路についた。 誰ともなく少し遠回りして、サンセットウェイをゆっくりと歩く。 瞳を閉じていても染み入るようなこの光景、伸びる影は昔より長くなったってのに空は少しも変わらない。 終わって振り返れば、勝敗の事より楽しかった思いが強く俺たちは一人一人清々しい表情を浮かべていた。 「あーあ、腹減ったな」 伸びをしながらサト達と談笑していた今日の主役は、いつもと変わらずその大きな身体に笑みを乗せていた。 「ま、文化祭じゃこうはいかないよ」 聞こえるか聞こえないか程度の声でそう呟き、俺は次の学校行事へ向けてより一層決意を新たにした。 |
最初からこのタイトルにしてれば、佐伯シリーズに出来たかも(笑)
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