「――10!」
「ゲッ」
「私の勝ち!」

 いくら仙道が全国一の選手になったと言っても。長距離シュートの勝負ではまだまだ負けないな、と上機嫌では仙道と「初めて会った」公園でバスケに興じていた。
 1 on 1で仙道に対抗する場合は限定的なルールを決めないと厳しいが、2 on 2や3 on 3ならきっと良い勝負もできるはずだし、もっと人数がいれば同じチームで一緒にプレイもできるのにな。などと過ぎらせて笑い合う。
 やっぱり仙道とバスケをしている時が一番幸せ、とボールを突いていると公園を囲むフェンスの鳴る音が響いた。
 誰か来たのだろうか? と振り返ったはもとより仙道の目も大きく見開かれる。

「あッ――!」

 同時に、フェンスのゲートを開けて公園に足を踏み入れた人物らの顔にも驚愕が走った。
「仙道……ッ!」
「越野……植草」
「福田くん……」
 先ほど仙道の部屋を訊ねてきた3人だ。
 固まるほか3人をよそに、仙道が和やかにフェンスの方へと歩み寄る。
「よう。さっきは悪かったな」
 その声かけに全員が「触れるな」と思ったに違いない。少なくともはその話題を出来うる限りそらすことに意識を集中させ、結果、この中では唯一国体合宿で一緒だった縁もある福田の方へ視線を向けた。
「ふ、福田くん! インターハイ優勝おめでとう!」
 すると福田はビクッと肩を揺らしたものの、ふ、と少しだけ頷いてくれた。
「会場で観てたけど、陵南のゾーンプレスとトライアングルオフェンスすごかったよ。びっくりしちゃた」
 続けて光景を思い出しつつ言うと、まず最初に反応したのは越野だ。
「そりゃ負け惜しみか?」
 海南のヤツに言われてもな、と声が飛んでは息を詰め、植草は慌てた様子を見せる。
 仙道にしても「越野」と戒めるように言った。
「陵南の方を応援してくれって頼んだのオレだし、そう突っかかんなよ」
「なんだって!? お前、牧の妹にそんなこと言ってたのかよ!」
 越野にとって自分は相変わらず敵である海南の人間らしい。そう悟ったであったが、このような言い合いに巻き込まれるのは心底避けたく、そもそも貴重なバスケの時間を奪われるのは許し難い。と考えてハッとする。そのまま思いついたままに声をあげ皆の方を向いた。
「バスケ! バスケしない? せっかく人数いるんだし」
 その声にみなが振り向き、すぐに福田が小さく頷いて、植草にしても状況を変えたかったのだろう。越野をちらりと見つつ言った。
「そ、そうだな。そもそもオレたちもバスケするために来たんだしな」
「じゃあ決まり! えっと、それじゃチームは――」
 そう言っては一瞬固まる。メンバーは5人。2 on 2で一人審判か2 on 3ということになる。
 仙道と組むのはちょっとな、とちらっと仙道を見上げつつ「うーん」と唸った。もはや選択肢は他にない。と先手必勝で福田に目線を送った。
「福田くん、組まない?」
 国体では最終的にそこそこコミュニケーションを取れたと自負しているし、たぶん断られないと思うけど……とドキドキしていたの誘いに、こく、と福田は首を縦に振りホッとは胸を撫で下ろす。
 対する越野と植草は顔を見合わせているが――、どうするのだろうか、と思案していると仙道が「じゃあ」と提案した。
「オレは審判やるから越野・植草が組めよ」
 つまりフォワードチームvsガードチームということか。とバランスの悪さには少々苦笑いを漏らすも「なるほど」と唸った。
 仙道がいないなら、植草も越野も自分と身長はそれほど変わらないし特にパワータイプでもない。ハーフコートだしこちらがかなり有利だな。と思うと福田も同意見だったのだろう。コクコク頷いている。口元を緩めつつは自身の長い髪を高く結び直し、邪魔にならないよう丸めて団子状にした。
 裏腹にあちらは自分たちが有利だと思ったのかハンデにとオフェンスを譲ってくれ、ありがたくボールを受け取った・福田チームの攻撃。
 アシストはあまり得意ではないが福田にやらせるよりはいいかな、とはボールマンを買って出た。トップの自分にはとうぜん植草が付き、ウィングの福田に越野がついている。
 ――ドライブインで一気に決めたい。とうずうずしてきたが、ダメダメ、と抑える。

 タン、タン、という渇いた音が僅かな緊張を湛えた空間に響いている。

 4人の様子を仙道はジッと見やりつつ感じた。と植草の身長は同じと言って過言ではない。こりゃ厳しい、と見やっていると躍起になって福田を抑え込んでいる越野のディフェンスから、ゆら、と福田が横に抜ける気配を見せた。
 瞬間、はそれを見逃さなかったのだろう。
「あッ――ッ!」
 一歩でズバッと植草の横を抜き、怒濤の速さのカットイン三歩目にはもう跳び上がってゴール下に入ってきた福田にパスを通していた。
 そのまま福田が危なげなくシュートを決め、「ナイッシュ!」との声が弾む。
 植草と越野はというと、度肝を抜かれたように愕然としていた。
 仙道はゴール下からひょいとボールを拾い上げ、植草へと投げ渡す。
「次、越野・植草ボール」
 いくらを神奈川チームの技術コーチだったと言ってみても。実際にコートで一緒にプレイしてみないとわかんねえよな。と見やった先で攻守交代したはディフェンス。トップで植草に付いている。
 平面でを抜くのは相当な骨だ。走り合いになれば有利に持ち込めるが、ハーフではそれも期待できない。
 守りながら攻めてくる型は紳一の比ではない。なにせのバスケのほぼ全てはオフェンス……、と見ている間にも攻めあぐねた植草からスティールしたボールをこれまた機を逃さなかった福田に繋いで・福田チームはゴールを決めた。
 予想外に福田との息が合っており、解せない、と仙道は首を捻る。国体期間、彼女はそれほど福田と話をしていなかった覚えがあるが。などと見ることしばらく。・福田側が有利なまま進んで時間が経ち、いったん休憩を入れる形となった。
 さすがにみな水分補給用のドリンクはあらかじめ用意しており、各自口に付ける。
「くっそ……!」
 負けん気の強い越野の地団駄のそばで植草は汗を拭いながら肩を竦めた。
「さすがにあの牧さんの妹だけあるな……」
「なに言ってんだ植草! オレたちは優勝校のレギュラーだぜ!? 海南に負けてたまるかよ」
 そんな彼らのそばでは「うーん」と唸っていた。バスケは楽しい。が、アシストは飽きてきたかも。フォワード同士ってしっくり来ないよね、などと福田と言い合いつつみなを見やる。
「私、ガードと組みたい」
 すれば一斉にみながの方を向いた。
 ざわ、と複雑な空気が走る中で仙道だけはの発言の意図を汲み取り、腰に手をやっての方へ視線を流した。
「じゃあオレと組む? ちゃんの欲しいパスくらい出してやるぜ」
「え……ッ!?」
 瞬間、の顔がパッと華やいだ。が、次に躊躇したように目線が泳ぎ仙道は首を捻る。このメンツで自分と組むのはやめておきたいということだろうか。
 すると植草が「そうだな」と仙道の案に同意した。
「メンバーはどんどんシャッフルすればいいんじゃないか。次は仙道たちが組んで、こっちは3人で行く」
 な? と彼が目配せすれば越野・福田も頷いた。
 よっしゃ、と頷いた仙道の視線の先のの表情が再度パッと華やぐ。
「仙道くんと組むの、久しぶり……!」
「国体合宿で牧さんと組んだ時以来だな」
「私、オフェンスやりたい」
「ああ。頼りにしてるぜ、エース」
 へへ、とが照れたように笑い……、事情をよく知らない越野・植草の横で福田が若干ひき気味の表情を浮かべていた。
 攻撃はジャンケンに勝った仙道が取り、ゲーム開始。植草・福田と2人付いている仙道に対しては越野とマンツーだ。
 越野とマッチアップするのはむろん初めてだが、は越野がどういうプレイヤーか知っており、対する越野はを知らない。

ちゃん!」

 一瞬、手を掲げたに仙道がパスを通した。
 この後はどうする? 福田・植草を振りきった仙道にボールを戻してシュートか。それとも、と越野はボールを受け取って構えたの目を見た。
 彼女の視線のみが左を向く。左? と意識を集中させた次にはの身体は右へと反転し――。
「なッ!」
 ターンアラウンド!? と理解した時にははシュート体勢に入っており越野が掲げた手の遙か上から鮮やかにジャンプシュートが放たれた。
 しかも気持ちいいほどスパッと決まり、「ナイッシュ!」と仙道の声が弾む。
 笑顔で手を叩き合っている二人を横目に、越野は虚を突かれたまま攻守交代。
 トップに植草、両ウィングに越野・福田が付き、仙道とは3人から少し離れてタテに並んだ。さすがにゴール下には仙道が入ったが、がガード2人を警戒する形を取っている。
 植草が越野にパスを通し、越野側の攻撃。植草はすぐに仙道を警戒しにあがっている。
 越野はドリブルをしつつ思う。シューティングガードとして諸星のような鋭いドライブは無理でも、抜くくらい、と考える先ではピタッと腰を落として構えており「く」と唸った。
 隙がない、と汗が背中に流れたところで一歩踏み出してみるもタイミングを合わせるように右手でボールを弾かれ、しまった、と思った時には彼女はインサイドの仙道にボールを投げていた。と同時に盛大に舌打ちしつつ福田が仙道を止めに走ったのが映る。
 先ほどポイントを決めたのはだ。あまり認めたくはないが仙道はアシストに徹する気ならフィニッシャーは彼女。と越野が警戒するままには逆サイドに走り慌てて追う。
「植草ッ!」
 叫べば植草も気づいたようでこちらにヘルプに来た。と同時にの手に吸い込まれるようなパスが届き――越野と植草はシュートコースを塞いだ。
 自分なら多少は高さの利がある、と越野はシュート体勢に入って跳び上がったのコースを目一杯に塞ぐ。
 が――、空中であろうことかくるりと姿勢を変えた彼女はヒョイっと背面からボールを投げ挙げ。目を見張る越野が着地したと同時にボールは鮮やかにリングを貫いた。
「ナイス、ちゃん!」
「ナイスパス!」
 手を叩き合って仙道とは眩しいほどの笑みを零している。
 にしてもいまのシュート。――インターハイ決勝のラストに仙道が見せたシュートと同じでは。と越野が愕然としてその光景をだぶらせていると、声に出してしまっていたのだろう。ぼそりと福田の呟きが聞こえた。
「あのシュートは……国体合宿で牧が見せた技だ」
 は? と目を見開く先で植草がゴールしたに転がったボールを拾い上げる。
「そういえば、出たばっかりの週刊バスケットボールの記事にそんな話載ってたよね。仙道が参考にした、って」
 ホントだったんだな、と呟く声を聞きながら越野は口をへの字に曲げる。
 複雑な心境に陥っているこちら側とは違い、仙道たちはすこぶる楽しそうだ。
 何度やっても何度やっても阻まれ、仙道は相も変わらず絶妙なパスを出して、は多彩なシュートを確実に決める。
 もうどのくらい続けただろう? 息が上がってきて水分補給をしていると、同じくドリンクに口を付けながらが笑った。
「仙道くんのパスってほんとに絶妙! いいなぁ陵南……仙道くんと一緒にプレイできて」
 羨ましい、とが微笑み、越野はハッとする。そしてグッと拳を握りしめた。
「べ、別に仙道だけじゃねえけどな、陵南は」
 仙道と一緒にプレイが出来る。その贅沢さは自分たち陵南バスケ部こそがもっとも良く分かっていることだ。
 特に目立った強豪でもない陵南に気まぐれのように来てくれた天才。――そんな「陵南の」仙道が余所の人間である彼女に奪われるような。そんな気がして植草や福田に何度も咎められたっけか。と越野は思い返して苦笑いを漏らした。
 仙道が肩を竦めた気配が伝った。――いまの自分の言葉がどこか照れ隠しだったのが伝ってしまったのだろう。も笑っている。
 ああ、もう。「陵南バスケ部」としての独占欲なんて二人にとっては些細なことで。本当に彼女は仙道の勝利を喜んでいるんだな。というか、そんなの当たり前か。と越野は自嘲すると同時に笑みを零した。
「よし、じゃあチームシャッフルしようぜ! 仙道、次こそ負けねえからな!」
 言えば、いつものように間の抜けた仙道の「まいったな」という呟きが空に溶けていく。
 彼女が海南の人間でもそれはそれ、だ。これからの人生、そんな事はほんの些細なことで、そしてなにより彼女はバスケが好きなんだな、と理解して越野は笑った。

 そうして夕暮れまでバスケに興じ、日も落ちてきてそろそろ帰ろうかという話になる。
 持ってきていたらしき着がえに服を替えて駅の方へ帰っていく越野たち3人を見送り、と仙道も仙道の部屋へと戻った。
「腹減ったな」
「シャワー浴びたい」
 戻るなりむっとした空気の籠もる部屋を換気しつつ、バスルームへと向かおうとは仙道に声をかける。
「仙道くん、シャワー借りていい?」
「ああ。一緒に入ろうぜ」
「……え……」
 オレも浴びてえし、と軽く返されては2,3度瞳を瞬かせる。
「狭いし……、じゃあ私あとから入る」
「なんで」
「なんで、って……」
 別にいいけど。ととしてはともかく汗だくの状態を何とかしたく、仙道にしてもそうだろうと取りあえず脱衣所に行きつつ髪をくくっていたゴムを引き抜いて、いっそ汗で肌に張り付くような状態だったパーカーを脱いだ。
 しかし、一人暮らしの部屋の浴室は狭く……特に身体の大きな仙道と一緒に使うと本当に狭い。と二人して浴室に入り蛇口を捻ってぬるめのお湯を出す。
「髪洗うだろ?」
「うん」
 とはいえ汗が流れていく感覚にホッとしつつがそう答えると、仙道はひょいとシャワーの取っ手を掴んで髪に湯をあててくれた。
 こういう時、身長差があると便利かな。と思いつつ「ありがと」ともうだいぶ前からこの部屋に置いている自分用のシャンプーを髪にとる。
「さすがにちょっと鬱陶しくなってきちゃった……。そろそろ切ろうかな、髪」
「え……、似合ってんのに?」
「伸ばす理由もないし」
「オレ、けっこうちゃんの長い髪好きだけど」
 そんな会話をしながら仙道が後ろから髪を洗ってくれて、ふふ、とは小さく笑った。
 仙道の方も髪を洗って整髪料を落とせばいつものハリネズミ姿はしゅんとなり迫力がなくなってしまう。
 でもやっぱりいつもの髪型の方が好きかな、と向かい合って互いに大ざっぱにボディソープを付け合って互いの身体に触れ合う。が自身の機嫌が妙にいいことを自覚できたのはやはりバスケをした後だからだろうと思う。
「今日は楽しかった……! やっぱり人数がいるとゲームができるから楽しい」
 仙道の胸に身を寄せて、きゅっと背中に腕を回す。
 はは、と仙道が笑った気配が伝った。
「オレもゲームはインハイ以来だったな」
 引退後はずっと釣りしてたし、と言う声にはなお微笑む。
「仙道くんとバスケするの、好き」
 見上げると、仙道は少し目を見開いたあとにいっそう笑みを深くして口元を緩めた。
 へへ、と互いに笑い合ってじゃれ合うのもそこそこに綺麗に泡を流してから浴室を出る。
 バスタオルで身体を覆って髪にタオルをあてるの横で仙道も軽く身体を拭いて腰にタオルを巻き、髪にタオルをあてている。
「しかし腹減ったな……」
 晩メシなんにするかな、と呟く仙道が目線をこちらに流してきた。
「食ってくだろ? それとも泊まってく?」
 後者はいつものことだが無理だと分かっているため受け流し、うーん、とは眉を寄せる。
「私もお腹すいたし……、うちでごはん食べてもいいけど」
 叔母さんに連絡するから、と言うと若干仙道の頬がヒクついた。
「いや……ありがてえんだけど」
 どうやら牧家に行くという案はダメらしいな、と理解しつつ髪を拭いていると、ふわ、と不意になにかに包まれた感覚が伝った。
 すぐに仙道に後ろから抱きしめられたのだと分かったが、なんだ? とは首を捻る。
「仙道くん……?」
ちゃん、さっき“またあとで”って言ったよな?」
「え――ッ」
 瞬間、は絶句する。まだその事を覚えていたのか……風呂場でもそんな雰囲気には全くならなかったのに、と仙道にとっては理不尽だろうことを思いつつは少し身体を捻ってジトッと仙道を見やった。
「そ、それはそれというか……。いま、夕食どうしようかって話だったと思うんだけど」
「それこそ、それはそれ、これはこれだろ」
「ちょッ」
 チュ、と首筋に唇を落とした仙道に抗うようには仙道の腕から逃れる。――確かにさっきはまたあとでと言った覚えがあるが、今あんなことを始めたら倒れる。と何とか説得の言葉を巡らせる。
 仙道と交際を始めて一年くらい経つがまだまだ仙道がいつどういったタイミングでこういうスイッチが入るのかは掴めていないな、などと思う先で仙道はまだ濡れている自身の髪を掻き上げるような仕草を見せた。
「髪、立てればまた気分変わる?」
「そ――ッ」
 そんなワケない。と言いたかったであるが、その仕草にドキッと脈が高鳴ったのは事実で。
「それがイイってんならまたそうするぜ?」
「い、いいよそんな……せっかく洗ったのに」
「けどちゃん、ソッチの方が好きなんだろ?」
「そ、そういう問題じゃない……ッ」
 そんな会話をしながら仙道はこちらを抱き寄せつつ耳元に唇を寄せてきて、ギュッとは瞳を閉じた。
 結局こういう時に仙道を振り切れたことなどほとんどなく、きっともうダメだ。髪だってまだ渇かしてないのに……とその先の惨状を考える思考がぴちゃぴちゃと音を立てながら耳に舌を這わせる仙道に乱されて、は身体から力が抜けるのを感じ仙道にしがみついた。
 ふ、と仙道が笑った気配が伝わる。耳元で囁かれたベッドへの誘いに、は少しばかり悔しさを感じつつも今度は頷いてそのまま仙道に身体を預けた。


 数時間後――。
 さすがにがどこにいるのか完全にバレていたのか紳一から仙道の部屋に怒りの電話が入ることとなったが、それはまた別の話である。



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