お盆も数日を過ぎた頃――。

「あっちぃ……」
「マックってのは失敗したかな」
「…………」

 インターハイ終了後に引退した陵南の越野、植草、それから引退はしていないが部活のない福田は時間を持てあまして集まっていた。取りあえずご飯を食べてバスケでもしようと藤沢駅に集まって昼食を購入し、江ノ電に乗って陵南の最寄り駅を出たばかりである。
 高校生である彼らが集まる場所を探すのは意外と困難であり、こういうときに一人暮らしをしているレアな状況に置かれた友人がいることは幸いだと思う。今日もまだまだ残暑の厳しい真夏日であるが、それも仙道の部屋に着くまでのガマンだ、と誰とはなしに思いつつ彼らは住宅街を仙道の部屋に向かった。
「仙道のヤツ、まさか寝てたりしないよな?」
「さすがにお昼だし起きてるんじゃない」
 越野と植草が話す横を福田は黙って歩いていく。
 仙道の部屋にはごくたまに顔を出すことがあるがけっこうな確率で寝ていることが多く、寝坊癖はあの気楽な一人暮らしによるところも大きいのだろう。
 とはいえ引退を全国制覇という最高な形で迎えることができ、仙道も実のところ肩の荷が降りてホッとしているだろうとは皆が察していた。何よりこの半年ほどは仙道にしてはあり得ないほど真面目に部活に励んでいたのだ。少々だらけた生活になるのも仕方ないだろう。ろくなメシも食ってないだろうし、ということで選んだ食事がファストフードなのはご愛敬である。
 話しつつ見えてきた仙道のアパートに入り、外階段を足音を鳴らしながら登っていく。そうしてドアの前まで来ると皆を代表して越野がインターホンを押した。
 鳴り響く音とは裏腹にしばらく経っても主は現れず、越野は他の二人と顔を見合わせつつ再度、数度インターホンを押した。どことなく人の気配がするのにおかしい、と思いつつ息を吸い込む。
「仙道―! メシ持ってきたから食おうぜー!」
 これが引退前だったらドアを叩き付けて引っ張り出しているところだが、いまの越野に仙道が寝坊していた程度で咎める意思はない。
 声をかけてしばらく、ガタ、と中から音がして「お」と三人は顔を見合わせる。やはり寝ていたな、と誰もが感じた。
 ガチャガチャ、とドアを回す音がして――、開かれた扉から部屋の主・仙道が顔を出した。
 その姿を見て越野達は目を丸める。髪はいつものハリネズミではなくしゅんとおりているうえ乱れており、その辺りの短パンを取りあえず履いたのか上半身にはなにも身に付けていなかったからだ。
 越野は一度だけ目を瞬かせ、呆れたように言った。
「なんだよ寝てたのかよ。いま何時だと思ってんだ?」
 いつも通り腰に手を当てて言えば、仙道は「いや……」と困ったような苦笑いを浮かべた。構わず越野をはじめ他2人も携えてきた昼ご飯を差し出しつつ中に入ろうとすると仙道はやんわりとそれを制した。
「ワリぃ……、いま彼女来てんだ」
 瞬間、ピシッと3人の動きが固まった。
 むろんその言葉の意味が分からないはずもなく、しかし考えたくもなく。何も言えないまま顔を真っ赤にして震えている越野と、絶句してこちらもプルプル震えている福田を制したのは植草だった。
「わ、悪かったな、連絡もなしに」
 じゃあな、と植草は越野と福田を引っ張るようにしてその場を退散し――。見送った仙道は、ふぅ、と小さく息を吐いた。

 パタン、と部屋のドアを閉めて鍵をかけ――仙道はリビングに戻った。

 むろん仙道が越野たちに言ったことは虚言ではなく事実であり、部屋に視線を巡らせればベッドの上でタオルケットにくるまって居たたまれないような表情をしている自身の彼女、が仙道の目に映る。
 仙道がベッドまで歩いていって腰を下ろすと、はなお困惑気味に見上げてきた。
「越野くんたちは……?」
「ああ、帰った」
 言うとほんのちょっとだけ安堵したような顔を浮かべただったが、仙道としては越野たちの邪魔が入る前にしていたコトの「続き」がしたく。手を伸ばして早急にの首筋に顔を埋めて唇で辿ると、ぴく、との身体がしなってこちらの腕をギュッと掴んできた。
「ちょ、ちょっと……なにして」
「ん……?」
 続き、と呟いてチュッと彼女の胸元を強く吸い上げると腕に彼女の爪が食い込んだのが伝った。
「ま、待って……ッ」
「もう越野たち帰ったって」
「そ、そういう問題じゃない!」
 グイ、とに胸元を押し返され、仙道はいったん手を止める。見やるとは頬を紅潮させつついまだ困惑の表情を浮かべていた。
「いま、ムリ……」
「なんで」
「なんでって……」
 言って彼女は両手で手を覆った。耳まで赤くなっている様子を見て仙道は首に手をやる。
 にしてみれば情事の真っ最中――しかもいちど激しく絡んだあとでまどろんでいたに物足りない自分が誘いをかけ、夢うつつで応じている状態だったのだ。そんな中、も見知っている越野や福田たちの来訪で一気に羞恥心が沸いたのだろう。もっと言えばそんな気分でなくなった、ということだな。と仙道はやや落胆して肩を竦めつつもそう簡単に退けない。
「オレ、シてえんだけど」
 取りあえずの耳元に唇を寄せ低く囁いて粘ってみるが、ピク、と手をしならせたは顔を覆っていた指の間からこちらをジトッと睨み付けてきた。
「昨日も一昨日もずっとだったのに……!」
 やや不満を湛えた声に「あ、やばい」と仙道は悟った。
 ――インターハイが終わったあと、は盆まで愛知に留まっていた。その間、むろん仙道はに会えるはずもなくインターハイ直後に予定していた逢瀬は一週間ほどお預けの形となったのだ。
 そうでなくともとは半年以上ほぼ会わずにバスケ一色の生活を送っていた状態で。が神奈川に帰ってきたのが3日前の夜。一昨日の朝にをこの部屋に呼び寄せて久々の二人の時間と相成ったわけだが、自分の想像以上に抑えなど全く効かずその日は日がな一日をこのベッドに縫い留めて終わった。昨日も似たような有り様で……さらに自身の体力に付いてこられる体力をが持ち合わせていたのが自分にとっては幸いであり、にとっては不幸だったのかもしれない。求めても求めても足りない自分に付き合って……などと考えつつ仙道は思う。
 にしても会えなかったのは同じだし、自分とこうするのをずっと待っていたのでは? などといま口に出そうものならややこしいことになりそうなため口にはしない。
 仙道は宥めるようにしての腰を抱いた。
「悪かったって……。けど半年以上会えなかったし、そう簡単にとまんねぇよ」
「せ――ッ」
 言葉に被せるようにして唇を重ねる。悪あがきに近いと知りつつも、との上唇を甘噛みしてからするりと自身の舌を滑り込ませた。
「っ……ん」
 の身体から少し力が抜けた。これでソノ気になってくれりゃいいけど、と過ぎらせつつ巧みにの舌に自身の舌を絡ませ、熱を伝えるようにしながら体重をかけて覆い被さる。口づけつつぴたりと互いの身体を密着させれば肌の感触が心地よくて仙道の方はすっかりソノ気になってやや性急にの胸元に手を這わせた。
「せんど……く」
 首筋を舌先で辿り夢中で彼女の肌を堪能していると、ふいに自身の頭を両手で抱えるようにしていたの腕から力が抜けた。次いで指先がするりと仙道の髪をすり抜けていき、仙道は訝しげに目線をあげる。
ちゃん……?」
 声をかけても反応がなく、さすがに不審に思った仙道は少しだけ身体を起こした。そして「は……!?」と目を見張る。
「ちょっ、寝……!?」
 ウソぉ、と見やった先のは瞳を閉じて寝息を立てており、絶句したあとに仙道は小さく息を吐いて「まいったな」と呟いた。
 は行為のあとはたいていすぐ寝てしまう。それは分かっている。そのうえ昨日一昨日で疲労はピーク、さっきもロクに休息も与えず求めていた最中の来訪で緊張の糸が切れたのだろう。もしかしたら羞恥心で身体がこちらを強制拒否したのかもしれない。
 しかし……こっちはソノ気だったのに、など恨めしく思っても詮無いことだ。一度深呼吸をしてから仕方なしにから身体を離して起きあがる。
 ベッド脇に腰掛け、さすがに冷えないようにタオルケットをかけてから仙道はさらりとの額にかかっていた髪を撫でるようにしながら払ってやった。
 取りあえず大人しくシャワーを浴びてメシの用意をするか。と今さらながらに昼だったことを思い出して仙道は邪念を払うために立ち上がった。

 一方その頃、慌てて仙道のアパートをあとにした越野たちはというと。
 行く当てのないまま海岸沿いを歩き、適当にテトラポッドに座って海を眺めつつ買い込んできたファストフードを頬張っていた。
 普段より口数が少ないのは先ほどのショックが尾を引いているからに他ならない。
「なんか仙道に悪いことしたよな……」
 ぼそりと植草が冷えたシェイクを口に付けながら言えば、「ハァ!?」と反応したのは越野だ。
「お、オレたちは悪くねーだろ! しかも彼女ってどうせあの海南の女だろ!? あの色ボケが……!」
「違ってたらさすがに仙道を軽蔑する……」
 消え入るような声で言った植草に福田が軽く頷き、越野もグッと言葉に詰まる。
「オレは未だに認めてないからな」
 敵陣の女とか、とバーガーを勢いよく頬張った。そもそもなぜわざわざあの女なんだ、とブツブツ言っていると植草が苦笑いのようなものを漏らした。
「でも……何回か見ただけだけど、キレイなこだよな」
 彼女、と言う植草に「ハァ?」と越野はくってかかった。
「顔は関係ないだろ。海南・牧の妹だぜ!?」
「まあ彼女の家に行ったら牧さんがいるのはちょっと厳しいかなとは思うけど……」
 そうしてこれ以上この話題を続けるとよからぬことまでいやでも想像が及んでしまいそうで、みな無言で話題を打ち切った。と、同時に振り切るように明るい声を出す。
「ところでお前ら盆でのじーちゃんばーちゃんの反応どうだったよ?」
 オレ小遣いめちゃくちゃ貰ったぜ、と越野が続ければ他の2人もそうだったらしく「全国優勝」という功績を称えられチヤホヤ状態でお小遣いバブルだと景気のいい話を続けた。

 そうして昼食後は腹ごなしにバスケでもしようか、などと越野達が話している頃。
 仙道は盆での帰省時に実家から持たされた大量の素麺を茹でつつ冷蔵庫に入っていた薬味になりそうなものを切って昼食の用意を済ませ、寝ていたを起こして取りあえずの昼食をとっていた。
 自分の部屋での一人きりの味気ない食事に慣れてしまっている仙道としては、がそこにいるだけでもホッとする楽しい時間でもある。しかし昼食のあとはどうすべきか。さっきのことといい、は昨日一昨日のような状態にそろそろ不満げだし。かといって自分は……などと葛藤しているとふいにが箸を止めた。
「仙道くん」
「ん……?」
「私、バスケがしたい」
 ――先に切り出されてしまった。と仙道はこちらを牽制しているらしきの戦略にまんまとハマった自分を自覚しつつもあらがってみる。
「けど……ちゃん、身体辛くねえの?」
 瞬間、カッとの頬が赤く染まった。そして「誰のせいで」と言いかけたらしき言葉を寸でのところで飲み込んでフイと彼女は仙道から目をそらしてしまった。
「せっかく仙道くんといるのに、ずっと部屋にいてばっかりだもん」
 うぐ、と仙道は言葉に詰まる。――インターハイ決勝後に宿に訊ねてきてくれたと会ったときに「なにがしたい?」と聞けば彼女は「神奈川に戻ったら仙道くんとバスケがしたい」と言っていたのだ。当然の言い分だろう。
「いや――」
「1 on 1の相手くらいいつでもなってくれるって言ったのに」
 さすが“バスケ狂”である。恋人らしい触れ合いよりバスケが優先。などと異議申し立てをして恨まれるのは不本意なため仙道は口には出さない。
 それにに言ったことは本心であるし、とバスケをするのは構わないのだ。ただ自分は……と目線を泳がせていると、ふとの着ていたキャミソールから覗くモノが目について仙道はなにげなく声をあげた。
ちゃん、その状態で外出んの?」
「え……?」
 は言われている意味が分かってないようだったが、仙道はというと。冷静に見るとさすがにやりすぎたな、と思う心に反して「やべ」とやや煽られ気味にその姿を見つめた。その視線が言外に語っていたのか、が仙道の視線を追うように目線を下げて自身の胸元を見つめ……ついでカッと頬を染めた。
「こ、これは仙道くんが……ッ」
「いや、まあ……オレも夢中だったし不可抗力だよな」
 ははは、と笑ってみせるとジトッと睨み上げるようにして見据えられ仙道はさすがに押し黙った。
「信じられない……、今日はぜったいバスケする」
「けど、」
「パーカー持ってきたから平気!」
 は勢いのままに言い下すと「ごちそうさま」と皿を持ってキッチンの方へ言ってしまい、仙道は自嘲しつつ肩を竦めた。

 そのままはキッチンで食器を洗って洗面所へ行き、鏡の前に立った。そして映っていた自身の姿を恥ずかしいやら居たたまれないやらでまともに見られず目をそらす。
 この3日間で薄まったものや真新しいものまで。――普段の仙道はここまですることはほとんどなかったのに、と居たたまれなさに小さく呻く。
 それもこれも半年以上離れていたせいなのだろうか。もちろん自分も仙道と触れ合いたかったしイヤでは全くないのだが。でも、と一昨日にこの部屋を訊ねて顔を合わせた時の仙道のせっぱ詰まった表情や身体の熱さを思い出して耳まで紅潮させたはふるふると首を振るった。
 それに――と昼前のできごとを浮かべればサッと青ざめてしまう。声や音は漏れてなかったとは思うが万が一にも越野や福田たちに聞かれていたらと思うと今すぐ消え入りたい。と考え唸っていると、コンコン、と壁を叩くような音が聞こえた。
 振り返ると仙道が洗面所の入り口に立っていた。
「なにしてんだ?」
 こちらにやってきた仙道は自分の「バスケがしたい」という要求を受け入れたのか、鏡の前に立って普段通り髪を立て始めた。外に出る準備だろう。
 さすがに手慣れたその作業を見つめながら思う。普段の見慣れた「仙道彰」になっていく、というこの空間に自身がいることは既に当たり前であるというのに特別で、やはり久々だからかドキドキする。と無意識のうちに仙道をじっと見つめていると、整え終わった仙道が手を洗っていた水を止めてこちらを見やった。
「オレの顔、なんかついてる?」
「え――ッ!?」
 さすがに視線に気づいていたのだろう。はドキドキしたままキュッと手を握った。
「その髪型の仙道くん、久々に見たから……」
 すると仙道は少しだけ目を見開き、そうしてどこか察したように口元を緩めた。
ちゃん、コッチのほうが好きだもんな」
 ドク、と心音が高鳴った間に一歩仙道がこちらに詰めれば二人の間の距離はあっと言う間にゼロになってしまう。
「み、見慣れてる……から」
 呟いてみるも軽く笑って受け流した仙道にはこちらの心情はばれてしまっているのだろう。
ちゃん」
 耳元で吐息混じりに囁かれては思わず仙道の腕にギュッとしがみついた。同時に仙道がこちらの腰に手を回してきて「まずい」と過ぎらせる。バスケがしたいのに、という思いとは裏腹にはキスをされると分かっていて瞳を閉じ、受け入れた。
 くちゃ、と狭い洗面所に普段とは違う水音が響いて、羞恥心よりも二人の情欲を煽っていく。バスケがしたいと思っているのに拒めない、とも夢中で仙道のキスに応える。やはり髪型が違うせいでこちらの気分まで変わってしまったのだろうか? でも……、と思考の隅で葛藤していると仙道が腰をぐっと自分のそれへと引き寄せてきて、ぞく、との肌が粟立った。主張を始めている仙道のそれに頭がチカチカする。
 は……、と唇を離した合間に仙道が低く息を漏らして、は身体から力が抜けないよう懸命に絶えた。仙道も高ぶっているのがいやでもわかる、と仙道に支えられる形になっていると仙道が囁くような声で呟いた。
「ベッド、いこーか」
 ぴく、との頬が撓る。――ベッドにいけば今日のバスケの予定は延期になってしまう。
「あ、でも……」
「ん?」
 欲に濡れたような仙道の目と間近で目があって息を詰めるも、はぐっと仙道に捕まっていた手に力を込めた。
「でも……せっかく用意したのに」
ちゃんがコッチのが気が入るってんならそれにこしたこたねえよ」
「そ……ッ」
 そんなことない。わけでもないため上手く言葉が紡げない。このままベッドに行けば今日の朝のように散々煽られて溶かされて。きっとぐちゃぐちゃでわけが分からなくなってしまう、とこの後に起こるだろうことを生々しく浮かべてしまい益々言葉に詰まってしまう。
 昨日・一昨日とこちらを求める仙道に圧倒されることがなかったといえば嘘にはなるが、自分だって望んで仙道と、とぐちゃぐちゃに考える脳裏につい一時間ほど前のあの突然の来訪の光景が蘇ってはハッとした。
 そのまま少し仙道の身体を押し返す。
「や、やっぱり……バスケがいい」
「え……」
 すると仙道からやや落胆したような声が漏れ、さすがにも申し訳なさを感じた。もう散々したではないか、とは言えずに仙道から少し視線をそらす。
「え、と……。その、またあと、で」
 しかしさすがにしどろもどろになってしまい語尾は消え入りそうになってしまった。
 仙道はというと納得したのか少々の間をおいて笑みが零れてきては顔を上げる。すると、にこ、と笑う仙道と目があった。
「ま、そのつもりだったしな。そんじゃ行こうか」
「う……うん」
 切り替えたらしい仙道にホッとしつつ、の方もその笑みを見て気持ちを切り替えると急いで身支度を整えた。すれば久々に仙道とバスケができるという嬉しさに完全に気持ちが向いてワクワクしてくる。
 なにせ仙道が日本一の選手になって初めてのことだし、と羽織ったパーカーのジッパーをきっちり上まであげた。



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