ゴールデンウィークまであと数日と迫った4月の下旬。
5月の下旬から始まるインターハイ予選へと向けて湘北はますます練習に熱が入るようになっていた。
それに伴いスケジュールもタイトになっていくわけで、最近の流川がと顔を合わせられるのはもっぱら朝の練習時のみだ。
とはいえ、ほぼバスケのみとはいえ会えてはいるため流川としては不満はそこまでない。
ただ、5月の頭にはの誕生日がある。――自身の誕生日にプレゼントをもらった手前、なにも贈らないというわけにもいかないだろう。むろん祝いたい気持ちもあるし。と流川なりに考え込んではみたもののの欲しいものがサッパリ分からない。
の好きなもの――と連想したところで「バスケ」くらいしか浮かばず、それにバスケ関連の欲しいものは既に持っているはずだ。
ならば消耗品でいつも使っているバッシュ……というのはおそらく誕生日プレゼントにそぐわないだろうことは流川といえども察した。
埒が明かん、とその日の朝の練習後に流川はそものずばり聞いてみた。
「なんか欲しいもんあるか?」
「……え?」
驚いたらしきが汗を拭う手を止めて何のことだと見上げてきて、む、と流川は少々眉を寄せる。
「誕生日……」
もうすぐだろ、と芝生に座る彼女の隣に腰を下ろしつつ呟けばの表情がぽかんとしたものに変わり、彼女は数度瞬きをしてフルフルと首を振るった。
「べ、別にいいよ……!」
「そーゆーわけにも……」
もらったし、と続けると「んー」とは肩を竦める。
「でも、特に欲しいものはないし……」
「なんかねぇの? 好きなモンとか」
すればピクッとの肩が反応して、そして彼女は難しげに唸りながら考え込んでしまった。
「何度も言ったけど……私、バスケ以外にほんとになにもなくて。勉強も……嫌いじゃないけどそういうのじゃないし」
遂には彼女は背を丸めて自嘲するような声を出した。――彼女にかかれば自分ですら音楽や動物好きといった多趣味に思えるらしい。というより自分と付き合って改めて「バスケしかなかった」という事実を自身認識し、愕然としたらしいというのは見知っていることだ。
けれども。そういうところにも自分は惹かれたハズなのだから気に病む必要ねーのに。などと思っていると、がほんの少し頬を染めてちらりとこちらを見上げてきた。
なんだ? と目を瞬かせていると、両手を合わせた彼女はその指を絡めつつ少し言いづらそうに口を開く。
「なにもいらないから……その日、ちょっとだけでも一緒にいてくれたら嬉しい」
「は……」
「あ、予選前で忙しい時期だから……無理かもしれないけど」
へへ、とは肩を竦めて苦笑いを零した。
さすがに流川は絶句する。――これはつまり、好きなもの「オレ」という解釈でいいのだろうか。うーむ。埒が明かん、と結局から欲しいものの情報を引き出すことは不可能だと悟り「そろそろ行こう」とに促されその日は解散となった。
しかし。
分からないなら分からないなりに書店で雑誌を漁る等のリサーチ方法もありそうだが、いまの流川にその時間はなかった。
ゴールデンウィークに入れば合宿があるのだ。去年の夏と同じ、静岡の常誠高校との合同合宿である。
去年は桜木と監督である安西を湘北に残しての合宿であったが今年は全員参加で、5月1日の土曜日は初日。移動中の新幹線での桜木のはしゃぎように何度「どあほう」と呟いたか流川自身定かではない。
常誠高校は静岡きってのバスケの強豪で、浜松市に位置している。海にほど近い、気候の良い場所だったことを流川は何となくだが覚えていた。――故郷が近い、と常誠高校に行くことを話した際にが少しだけ羨ましそうに言っていた。だからだろうか。この辺りでが生まれ育った、と思うと少しだけ感慨深い気がする。と見覚えのある常誠へとメンバー揃って足を踏み入れ、歓迎の挨拶を受けながら流川はぼんやりと良く晴れた青空を見上げた。
「――よし、休憩!」
合宿も4日目に入り、常誠との練習試合も初日の調整試合から真剣勝負へとだんだん両校のコンディションが整い向上していくのを流川自身感じていた。言い換えれば両校にとっていつもより充実した練習が行えているということだ。
が。一方で一週間ほどの顔を見ていない。
もちろん遠征していて早朝練習ができないのだから当然ではあるのだが、もしやこれほど会っていないのは出会った時から数えてもはじめてなのでは。とコートから出ると微妙にどことなく調子が狂うような、物足りないような感覚を流川自身覚えていた。
今ごろなにをしているのだろうか。などと他人の動向が気になることなど生まれてから一度もなかったというのに。が、まあ好きなのだしそういうのも当たり前なのだろう。と自身の変化にさして違和感を覚えることなく流川は納得もしていた。
差し迫った問題と言えば今週のの誕生日である。
未だになにを贈ればいいのか皆目見当もつかず……と学食で食事を終えて校舎の外に行こうとしていると、ふとマネージャーである赤木晴子の姿がすぐそばに映った。
バスケが好きな女子……という雑すぎるくくりで言えば石井や桑田にアドバイスを請うよりはましだろうか。と一瞬過った考えが流川の視線を晴子に縫い留め、10秒ほどして目の前の彼女が狼狽するのが映った。
「る、流川君……な、なに?」
そこで流川は自分が突っ立ったまま彼女の前に立っていたのだとハッとして口を開く。
「聞きてーことが――」
が。続けようとした言葉は空を切るような大声に掻き消されてしまった。
「てめーこらルカワ!!! ハルコさんになにしてやがる!!!」
そして近づくなとばかりに駆けてきた赤い髪の男によって場は乱され、チッ、と舌打ちして流川は踵を返した。後ろでまだその男、桜木が大騒ぎをしている声が聞こえたがこうなるともう無視を決め込むほかはない。
そのまま校庭に出て、腹ごなしに軽く運動するか、などと思っているとふと校庭の木の幹にもたれ掛かって座り込み休んでいる見知った影を見つけた。
流川は首にかけていたタオルを無意識にギュッと握り締める。――マシであろう人物その2だ。が、この人は……と過去のあれこれがよぎるも他に選択肢がなくスタスタとその人物のところまで歩いていく。
「先輩」
そして声をかけると帽子を深くかぶって休息をとっていたらしいその人物、彩子がビクッと肩を震わせた。
「――わッ! 流川……! なによ」
びっくりしたじゃない、と見上げられて、流川はおもむろに言う。
「聞きたいことがあるんすけど」
そのまま話そうとすれば彼女は息を吐きながら眉を寄せた。
「なにか知らないけど……座んなさいよ。アンタみたいなでかい男に目の前に立たれちゃ話しづらいわ」
む、と唇を尖らせつつも言葉に従って流川は彩子の隣に腰を下ろした。
「で、なんの話? 部の事なら晴子ちゃんに聞けばよかったのに」
部の事じゃなくても聞こうと思ったが桜木の邪魔が入った。とは面倒なのでわざわざ告げず、受け流して流川は彩子を見やった。
「プレゼント……ってなにもらったら嬉しいすか?」
「え――!? え、アタシなにかモノもらえるようなことアンタにしたっけ?」
「……」
ちげえ。寝ぼけてんのか……と呟きかけた言葉を流川は寸でのところで飲み込んだ。
「いや……誕生日……」
の、とぼそりと言うと、一瞬の間をおいて彼女は驚いたような声を出した。
「アンタでも彼女への誕生日プレゼントなんて考えたりすんのね……!」
「……。まー、こっちももらったし」
いちいち彼女のペースに合わせていては話にならない。と反論はこらえていると、へえ、と彩子は納得したように頷いた。
「でも、そんなの本人に直接聞いた方がいいんじゃないの?」
「聞いた。けど参考になんねー」
「なによ、スッゴク高いもの欲しがったとか?」
「いや……。なんもいらねーから一緒にいてほしいとか」
すれば、はたと彩子が挙動を止めて固まった。
なんだ……と頭に疑問符を浮かべていると彼女は帽子のツバを弄りつつ、普段のようなキャッチャー被りに被り直しながら乾いた声を漏らした。
「……アタシもアンタとの付き合いはそこそこ長いけどさ……まさかアンタに真顔でのろけられる日が来るとは夢にも思わなかったわよ」
「……?」
なんだ……と流川は再度首を捻る。彩子は呆れたような息を吐いた。
「でもそれが彼女の希望なら叶えてあげたらいいんじゃないの?」
「まー……それはそれで」
そして質問の回答を促せば彩子は困ったように肩を竦めた。
「アタシの欲しいもの聞いたってアタシはちゃんじゃないんだから参考にならないわよ」
「……例えば……」
「そうねえ……んー、新作のリップ、かわいいと思ってたのがあるのよね」
「……は?」
「冬にさー……いいなと思ってたパフューム買い損ねちゃってちょっと季節外れだけどまだ欲しいといえば欲しいわね」
知らない単語がいくつも混じり、思わず流川は眉を寄せて首を捻る。
「パフューム……?」
はて、となお首を捻っていると「ああ」と彩子が笑った。
「香水のことよ」
「香水……」
言われて流川は考え込む。そういえば、からはいつも良い匂いがしている。が、その正体が香水だったかはかなり疑問だが、と表情を変えないまま考えていると彩子がじろりとこちらを覗き込むように見据えてきた。
「アンタねー……、相談してるんだったら一人でむっつり考え込んでないで喋んなさいよ。いくらアタシでもアンタの考えまでは読めないんだからさ」
む、と唇を引くも相手は先輩。しかも自分から相談を持ち掛けた身とあっては無視するわけにもいかず、ハァ、と流川は息を吐いた。
「あのひと……いつもいーにおいがする」
「え……」
「まー……それが香水かはわかんねーけど……」
でも、たぶん自分はの匂いは好きだ。とは口には出さなかったが彩子にはある程度言いたいことは伝わったのだろう。
「んー……香水ねえ……。ていうかアンタってとことん独占欲強いわね」
「……?」
「彼女が好きなブランドとか知ってんの?」
「いや……」
「どういう服装が好きとか」
「いや……。あのひと、たぶんそういうこだわりはねーと思う」
そこだけは確かで自分が知らないわけではない。と思った流川に対し彩子は腑に落ちないと言った具合に腕を組んだ。
「けど、香水ってけっこう高いわよ。予算大丈夫なの?」
「オレも高いモンもらったし、まあ」
「へえ……。なにもらったのよ?」
「……マフラー……」
言えば、彩子は少し目を見開いた。そうしてなにか記憶を手繰るように考え込んだ様子を見せた彼女は「ああ」と頷く。
「アンタが三学期になってマフラー替えたのって彼女からのプレゼントだったのね。けど……アンタ自分のをちゃんに使わせてたじゃない」
「使わせたわけじゃねー。こっちはなんも返してねぇし、あれくらいしかあのひとに返せなかったってだけ」
「交換したってこと?」
こく、と頷くと彩子は意外そうに眼を数回瞬かせた。そして「なんだ」とケラケラ笑う。
「なるほどね。アタシてっきりアンタがマーキングしたくて使わせてるんだと思ってたわよ。香水なんてモロにそうだし……。でもそうよね。アンタがそこまで考えて行動してるわけないか!」
そうしてバンバンと肩を叩かれて流川としてはしかめっ面をするしかない。
とはいえ自分の言動が自分の意図とは別方向へと勝手に解釈されていたとしても弁明は面倒だし興味もないため小さくため息をするのみで留めておく。
「で……そういうのドコに売ってんすか」
「んー、百貨店で一通り揃うとは思うけど……。まあ仮に彼女の好みじゃなくても飾っててもキレイだしね」
「百貨店……」
「あ、でもブランドわかんないんだったらセレクトショップとかのがいいかもね。例えば――」
そうして話していると、突如として「あーー!」という見知った声が二人に割って入った。
「流川!! てめーアヤちゃんと二人っきりでなにしてやがんだ!」
――どあほうその2が来た、と瞬時にうんざりした流川は駆け寄ってくる主将こと宮城を見やって脳内にて呟いた。
「お前ひょっとして浮気じゃねえだろうな!!! 牧に言いつけてやっからな!!」
そして噛みつかんばかりの勢いでこちらに詰め寄り彩子に宥められている様子を見て、付き合っとられん、と盛大にため息を吐いて流川は立ち上がる。
小さく彩子に頭を下げると、宮城からの文句は耳に入れず流川はそのままスタスタと体育館の方へと向かった。
「ありがとうございました!」
ゴールデンウィーク最終日。
午前中に軽い練習を終えてから湘北バスケ部は常誠高校を後にした。
各自、新幹線内で思い思いに昼食を取り湘北まで戻れば解散である。
さすがに合宿疲れでほとんどの部員は解散後にすぐさま帰宅した。それでも幾人かは残り、普段ならば流川も残る側のグループだったが今日ばかりは学校に置いていたママチャリに跨って即座に帰宅した。
用事が済んだら学校に戻って自主練しようと計画しつつ、シャワーを浴びて着替えるとさっそく家から出た。
あの後、彩子にもう少し詳しく話を聞いて横浜まで出向いた方がいいと強く勧められた流川はアドバイスに従って横浜へと向かった。
さすがに街の規模が藤沢とは桁違いである。彩子がいくつか場所をメモに書いてくれ、ここまで頼りきりなのは情けない反面ありがたいとも感じていた。
とはいえ、だ。ひとえに香水といってもそれが何なのかは見たこともないし、が気に入るかも分からないのだが。と、某百貨店にあるというセレクトショップを目指す。
「いらっしゃいませ」
一目で迷わずそこがそうだと理解できたのは、どことなく煌びやかな雰囲気と独特なにおいが広がっていたからだ。普段過ごしているバスケ部部室とは180度違う光景でもある。
「……」
小さなガラスケースに入った液体が数えきれないほどディスプレイされているが、流川としてはさっぱり分からない。
「なにかお探しですか?」
店内へと足を踏み入れると、セオリー通り店員が声をかけてきて流川は口ごもる。
「女性へのプレゼントですか?」
「……まあ……」
これらの商品が女性用か男性用かはたまた兼用なのかすら皆目見当もつかない流川は取り合えず頷いた。相手もプロだ。この態度で自分が右も左も分からないことは悟られただろう。
「どういった香りをお探しとか……お相手の年齢が分かればいくつか商品をお持ちできますが」
言われて流川は瞬きをする。の年齢など意識してはいなかったが――。
「18っす」
自身で口に出して、流川ははじめてがもうすぐ18歳になるのだと自覚した。多くの国では成人になる歳でもあると学んだ覚えがある。だからどうというわけでもないが、と考えていると店員が「でしたら」といくつか見繕ってきて白く細長い紙のようなものに香水らしきものを吹き付けた。
「重い香りより軽めのフレッシュな感じはいかがでしょうか」
そうして手渡され、においを確かめてみるように促される。
ツン、と独特の強い匂いが広がり……こういうものを纏っているは想像できない。とやや眉を寄せているとフォローするように使う人間で感じ方が変わってくるとか時間の経過に従い匂いが変わってくるとかこれほどダイレクトに匂いに近づくことはないためだいぶ軽くなる等説明された。
そうしていくつか紙を渡されて匂いを確認して唸っていると、店員はこんなことを聞いていた。
「お相手のかたが普段好まれている香りなどはありますか?」
「いや……わかんねーす」
「でしたら……小さいボトルが入ったセットもございますが」
言って店員は流川についてくるように促し、流川も素直に従う。すれば、そこには先ほど見たボトルよりも二回り以上小さいボトルがいくつかセットになったものが飾ってあり、そのうちの一つを店員が手に取って見せてくる。
「この商品なんか若い女性に人気があってオススメです」
差し出された商品には、赤やピンクといったトーン違いのピンク系の小さなボトルが数個入っていた。仮に香りが気に入らなくてもボトルがかわいくて人気がある。と説明され、流川は顎に手をやった。
可愛い、という感覚がいまいちワカラン……がこれらを可愛いと思うだろうかというのも全く予測できん。といくつか商品を見ていく。
最初に見た単品のものよりはセットになっている方が確かにいいかもしれない。と思うものの、そのセットの内容はどれもだいたい同系統の色でまとめられている。赤なら赤系、青なら青系といった具合にだ。
の好きな香りは分からないし、好きな色も分からない。――知らないというよりに特別に好きな色などあるのだろうかという疑問がある。あるのならばもちろんその色に合わせればいいのだが……とキョロキョロ見渡しているととある商品が流川の目に留まった。
他の、どちらかというと過剰気味に装飾されたボトルとは一線を画するシンプルな細いボトル。多彩な色が10種類近く納めてあり、流川は吸い寄せられるように手に取った。
「これもすか?」
明らかに他のものと毛色が違うために聞いてみれば、店員は「はい」と頷いた。
次いで店員が詳しく説明してくれたがあまり流川の耳には入らず、これほど多彩な色のボトルであれば香りも多彩なのだろう。数もかなりあるし、1本くらいが気に入るものが見つかるかもしれない。と結論付けて店員にこれにすると申し出た。
――の誕生日当日。
さすがに朝の練習時にはプレゼントは渡せず、かといってあとで渡しに行くと宣言するのも滑稽で流川はいつも通り過ごした。
予選に向けていつもより練習時間を取りたいというのも譲れない部分であり、その日の流川は部活後の自主練中に少し抜けての家に向かい、また戻って自主練するという計画を立てていた。
一方の彼女の放課後の過ごし方といえば遅くまで図書室で勉強しているということだが、さすがに今日は戻っているだろう。とそろそろ夕食も済んだかという頃合いを見計らって流川は湘北を出た。
「、お誕生日おめでとう!」
その頃――牧家ではの誕生日のために紳一の母が凝った料理を作り、食べ終えて誕生日用のケーキを切り分けみなで口を付けているところであった。
「ももう18歳か……はやいもんだな」
「うん、しばらくお兄ちゃんと同じね」
そんな話をしながらケーキに舌鼓を打っていると、ふいにインターホンがリビングに響いた。
はいはい、と叔母が席を立ってインターホンの受話器を取る。
「はい。……まあ流川君!」
ドキッ、とその言葉にの心音が跳ねた。
ちょっと待ってね、と受話器を置いて振り返った叔母と叔母の方を見やったの目がかち合う。
「、流川君が来てくれたわ」
「う、うん……」
高まった胸を押さえつつ立ち上がると、は逸る気持ちで玄関へと向かった。そしてドアを開けるとジャージ姿の流川が立っており、は緩く笑う。
「こ、こんばんは。……あがる?」
「いや……」
彼が首を振るったためには頷いて自分が外に出ると玄関の扉を閉めた。
――少しで良いから一緒にいてほしい。とは10日ほど前に流川に伝えたことだ。そのことを覚えてくれていたのだろうか。今朝に会った時はそんな素振り全く見せなかったのに、とドキドキしているとジッと流川がこちらを見据えた。
「誕生日オメデトウゴザイマス」
ぺこりと頭を下げられ、なぜ今さら敬語……となおドキドキしながら礼を言うと、流川は手に持っていたバッグから綺麗にラッピングされた長方形の包みを差し出してきた。
「一つでも気に入るモンがありゃいいけど……」
「え……」
一つ? と発言が気にかかったがそれよりも差し出された包みのインパクトの方が大きくは目を見開いた。
「え……と」
「プレゼント」
え、とは再度目を見開いた。
プレゼントは欲してないと言ったし、この忙しい時期に流川が用意してくれていたとは全くの予想外で思わず口元を押さえてしまう。
流川はの反応を不審に思ったのか若干首を捻り、ハッとは口を開いた。
「あ、ありがとう……」
が、受け取ろうと伸ばした指先が無意識に震えた。
「? どーした」
「あ、その……びっくりしちゃって」
恐る恐る感触を確かめるようにして受け取る。
包みからは中身が何なのか全く予想できない。でも流川が自分のために選んでくれた。きっと忙しい中で時間を作ってわざわざ用意してくれたのだろう。それだけで胸がいっぱいだ、とはほんの少し目じりに涙をためて笑った。
「嬉しい……!」
へへ、とはにかむと流川が少しだけ頬を緩めた。ような気がした。
「練習あるから戻んねーと」
言いつつ流川が大きな両手で頬を包み込んできては小さく笑う。
「そっか。予選前だもんね……」
そして「わざわざありがとう」と笑うと流川が小さく頷いたのを合図のようには瞳を閉じた。
「……んっ」
キュ、とプレゼントを持っていなかった手で流川のジャージを掴むとすぐに流川が唇を離して呟く。
「甘え……」
あ、とは瞬きをした。
「いまケーキ食べてて――っ」
が、言い終わる前に言葉ごと飲み込むようにキスされてはギュッと目を閉じた。
その甘さまでも堪能するように、ちゅく、と舌を絡められて吸われ……次第に足元がおぼつかなくなってくる。
「ん……ッ……んん」
流川がふらついた腰を支えつつすぐ後ろの壁に押し付けるようにしてなお深く口づけられ、は壁に寄りかかりながら崩れ落ちないように必死で流川にしがみついた。
「……は……っ」
しばらくしてようやく解放され、ややぐったりと息を乱していると流川が額に唇を押ししあてるようにキスしてきた。
「……学校戻る……」
言葉とは裏腹に、離れがたい、と感じてくれていることが痛いほど伝わり、はじんわりと胸に広がる熱さを自覚しつつも小さく頷いた。名残惜しく思いつつそっと流川から身体を離す。
「来てくれてありがとう。プレゼントも嬉しいけど、流川くんの顔が見られて嬉しかった」
「ん……」
流川が驚くほど穏やかな声で頷き、もはにかんでその背を見送ってからもう一度手に持っていた包みを見た。
なにが入っているのかな、と思いつつ家の中へと戻る。そうしてリビングへ戻れば叔母が「あら、流川君帰っちゃったの?」と呑気に聞いてきた。
「うん。また学校に戻って練習するって」
「そう……。練習熱心なのね」
「うん……。わざわざ練習を抜けてプレゼント持ってきてくれたみたい」
やや気恥ずかしく思いつつ言うと、まあ、と叔母の声が跳ねた。
「素敵ね……! なにかしら」
その横で紳一が感心したように頷いている。ちゃんとしたやつだな、などと呟いているため益々彼の中で流川の株があがったようだ。と苦笑いを浮かべつつダイニングの椅子に座って丁寧に包装紙を開けてみた。
そして出てきた四角いケースを開けてみると、10本ほどの色とりどりのボトルが並べてあり……は惚けてしまう。
なんだろう、と考えを巡らせる前に「まあ」と叔母の声が跳ねた。
「香水だわ……、オシャレね……! 流川君たらこんな素敵なプレゼントをくれるなんて……!」
叔母がいつもの少女趣味全開で声を弾ませたが、は叔母の勢いに引くより前に「香水?」とそのうちの一本を手に取った。箱の中に綺麗な紙が入れてあり、見れば英語で説明があってざっと目を通す。どうやら全て種類の違う香りを詰め込んだセット商品らしく――そこでようやくは流川が「一本でも気に入れば」と言っていた理由を理解した。
流川は自分の好みではなくこちらが気に入るように最大限に配慮して選んでくれたのだ……と理解して少し目元が熱くなっていると叔母が微笑んだ気配がした。
「あんな素敵な子にこんなに大事にされて……は幸せね」
その声に思わず涙が滲み、指で目元を拭ってからは「うん」と頷いた。
「香水か……」
一度も使ったことない。と部屋に戻ってから机にケースごと飾りつつ頬を緩める。
叔母から一度に試したら気分が悪くなると助言を受けたこともあって、まだ2種類ほどしか匂いを確かめていない。
――流川はどんな香りが好きだろうか?
同じだったら嬉しいし、流川の好みを知れるのも嬉しいし。全部試したら流川にも聞いてみよう。
楽しみだな……と思いつつ胸がいっぱいな自分を痛いほどには自覚した。
こんなに幸せな誕生日は生まれて初めてだ……と、きっと自分はこの先一生この日を忘れないのだろうな、と思いつつもう一度流川からのプレゼントを見やっては笑みを深くした。
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