卒業間近の3月に入ってすぐ。 1月中旬には早々に合格通知が来ていたに遅れて仙道にもようやく大学入学の合否が出た。 2月の下旬にが仙道の部屋にいた時に偶然にが取った電話は大学からで、その際に仙道は電話インタビューを受けた。 さんざんマイケルやと練習をしていたとはいえむろん語学は完璧とは遠く、とっさにスピーカーをオンにして一部始終を聞いていたに電話後に詳細を聞いた。 まずは応募ありがとう。あなたのハイスクールでのプレイは素晴らしかった。と同封した自身のプレイ集の感想だ。この辺りは自分でも分かった。大学ではなにをしたいのかと聞かれ、練習通りにも答えた。 「“入学までの英語が基準値をクリアできなければ入学させられないけど、カレッジの一つがあなたのバスケット能力に興味を示している”」 以下が言うには所属する予定のカレッジの対抗戦や他大学との試合で勝利に貢献して欲しい。学費は納めてもらうがカレッジ費やバスケットにかかる費用は免除する。その条件でいいなら春から来て準備コースに入るよう告げる内容だという事だった。 7割くらいはヒアリングが合っていたが、よもやバスケで……と仙道は驚くしかなかった。 「沖田くんのアドバイス、正しかったね」 「だな……やってみるもんだな」 オファー内容は特にアメリカの大学バスケのような本気度合いではなく、仙道にしてもバスケそのものは続けよう程度に思っていたためありがたく話を受けることにした。 書類が届き、両親からもなんとかOKが出て、オファーを受ける旨を送り返したころにはもう卒業式だった。 最後まで「NBAでもがんばれよ!」と誤解したままだった同級生たちの誤解は解かずに、教師陣も合格通知を見てようやく諦めてくれ、いたって平和な状態で仙道は陵南を卒業した。 アパートの契約は3月いっぱいだ。 は9月の入学までは完全なバカンスでありどこで過ごすか決めてなかったらしいが、仙道が4月からトロントに行くなら一緒に行くと言ってくれた。 その間は両親と一緒に住むらしく、9月からは大学もカレッジも仙道と同じになる。同じ場所で学べて嬉しい。と喜んでいただが仙道にしてもそれは同じであった。 ともかく、バスケで何とか大学に引っかかったような部分もあるため仙道はインターハイ時とは言わずともカンはある程度保っておかなければ、と田岡と交渉して週に数回、日本を離れるまでは部活に参加することにした。 それ以外はとバスケをすることも多く、余裕をもってバスケをできるいまの状態を仙道自身楽しんでいた。 「――30!」 「ゲッ」 シューティング勝負をしているとにはほぼ勝てた試しがない。と、今日もと公園でバスケをしながら先ほどから一度もミスらない様子に仙道は舌を巻いていた。 「あー……うめえな、さすがはオレたちのコーチだな」 本心から感嘆してそう呟くと、ふ、とは笑った。彼女の凄いところはおそらくこのパフォーマンスが実際の試合でも落ちないだろうということだ。と、過去の練習や彼女の愛知でのミニバス時代のビデオを思い返して仙道は肩を竦めた。 そうしてシューティングから1on1に切り替える。 との真っ向勝負は――手を抜いているわけではないが、ゴール下でのパワー勝負は避けるようにしていた。ここばかりは圧倒的に差があるからだ。 しかし、その日の仙道はついやってしまった。シューティングで完敗したことも引き金になってしまったのかもしれない。 のドライブのキレがいつも以上に鋭く――ズバッとゴール下に攻め入られてゴールを奪われかけ、一瞬我を忘れて全力でブロックに入った。 「わッ――!!」 ドサッ、と鈍い音がしてが地面に叩きつけられる。 しまった、とハッとした時にはは顔をしかめてうずくまっており仙道は慌ててしゃがみこんで顔を覗き込む。 「わ、悪いちゃん! 大丈夫か!?」 「ッ……大丈夫……」 しばらく苦悶の表情を浮かべていたは何とか耐えるようにして上半身を起こし、いたた、と呟きながら擦りむいた足を押さえた。 「ワリぃ……つい」 「平気……久々にゴール下で吹き飛ばされた」 ハァ、とがため息をついたのが伝った。 仙道は言葉を発しようとして言いよどむ。つい本気を出した、などとは失礼すぎる言い訳だろう。それに――。 「けど……いまの、仮に越野でも同じ結果になったと思うぜ」 をブロックできたのはの性別によるところではない。という事を仙道は含ませた。事実おおよその男子選手も同様の結果に終わっていただろう。いや。おおよその男子選手なら自分をドライブで抜く事すら不可能。 などと思っているとは心底心外というような顔を浮かべた。 ――越野と同じ扱いか。とでも言いたげだな、と仙道は肩を竦めた。しかしそれも無理からぬことだろう。ドライブ技術ならは確実に上なのだから。 「気にしないで、慣れてるし」 立ち上がりながらはどこか寂しそうに笑った。昔の、諸星たちとバスケットをしていた頃のことを思い出しているのだろうかと感じているとジッとがこちらを見つめてきた。 なんだ? と思っているとスッとがこちらに身を寄せ、ギュッと背中に抱き着かれて仙道は目を瞬かせる。 「ちゃん……?」 「……大きいね、仙道くん……」 「え……」 いいな、とボソッと聞こえた。ような気がした。すぐさま「なんでもない」と言っては離れ、切り替えたように笑う。 「もう一回ね」 仙道は応じつつ、まあいいか、と同じように切り替える。 その後しばらく汗を流して仙道の部屋に戻り、シャワーを浴びてから仙道は座ったままベッドの縁に寄りかかって擦り傷の手当てをしているを見やった。予想よりもひどかったらしく、傷を覆った上から湿布を貼っている。腫れてきたらしい。 「大丈夫か……?」 「平気平気。……まあ、ちょっと懐かしい感覚だけど」 笑いつつは目を伏せる。少し寂しそうなのはやはり昔を思い出しているのかもしれない、と仙道はしゃがみこんでそっと手を伸ばすとの頬に触れた。 「なに……?」 「いや……」 寂しそうに見えた、とは仙道は言わなかった。代わりに軽く額に口づけてから試すように、チュ、と唇に軽くキスをする。 間近でと目が合い、仙道はふっと微笑むとそのまま唇を重ねた。 触れ合いながら上唇を甘噛みして僅かに開いた口にするっと舌を差し込む。ぴく、との頬が反応して、仙道はそのまま頬に触れていた手を首筋に移動させた。 「ふ……っ、ん」 少しが引いたが構わず追いかけて吸い付くように舌を絡める。互いの熱を合わせ合う感覚は言いようもなく心地いい。 しばらく続けてすっかりその気になりつつ唇を離し、首筋に顔を埋めてシャツ越しに胸のふくらみを堪能していると、やんわりとに肩を押し返された。 どこか気まずそうに視線を外すを見て、仙道は少し弾んでいた息を整えるように息を吐いた。 「気分じゃねえ?」 言うと、ぴく、との手が撓って数秒ほど目が伏せられる。 「……ごめんなさい……」 小さな声だったが、にしては珍しくはっきりとした拒否で仙道はその言葉を汲んで手を止めた。 気まずくならないよう、一度音を立てての額にキスをして立ち上がる。 「ワリぃ。足、いてぇよな」 足のせいではないだろうと感じた仙道だったが笑って言い下すと、なにか飲み物でも取ってくる、とその場を離れた。 ――にしても、なにかまずいことをしてしまったのだろうか? 様子がおかしかったのはゴール下でを吹き飛ばしたせいか? などと考えつつ数日後。 仙道は地元の東京にいた。帰省ついでに諸星と会うためだ。 仙道の地元と諸星の進学した深体大は近所でこそないものの同区にあり、外出許可を出しやすい週末に仙道が帰省する際は連絡を寄こすよう諸星から言われており今日もその日である。 夕食を一緒にしようと大学近くのファミレスで待つことしばらく。約束の時間ぴったりに相も変わらず明るい表情をした彼は現れた。 「よう、仙道! 大学受かったんだってな、良かったな!」 「ありがとうございます。まあ、条件付いてますけどね」 挨拶もそこそこにとりあえず注文をと仙道はがっつりめの和食の定食を頼み、諸星は普段は寮で食べられないような洋食を選んだ。 仙道はちらりと諸星を見やる。――に関して不可解なことがある場合、諸星の方がおそらく詳しいだろう。が、それもなんだかシャクだし、などと考えると「なんだ?」と諸星は眉を寄せた。 「お前なんか言いたいことあんだろ?」 「え……」 「そんな顔してたぞ、いま」 ははは、と笑われ「まいったな」と仙道は肩を竦める。さすがに鋭い。 「いや……言いたいことっつーか、諸星さん覚えてます? 前にオレに、ちゃんのことまだよく分かってない、とか言ったこと」 「は……? あったっけか……」 意外な問いだったのか諸星は記憶を探るようにして唇をへの字にしている。しばらくすると思い出したのか、ああ、と頷いた。 「思い出した。去年のウィンターカップのあとだろ? 牧んちに泊まってるオレにお前が妬いてた時だな」 「は……!?」 「お前、ずいぶんオレの事やっかんでたもんな」 ははは、と笑い飛ばされてさすがに仙道はバツが悪く目元を少し染めた。 言い逃れできないのが辛い。あの時は単なる幼馴染である諸星がと同じ家で寝泊まりしていることに多少なりとも危機感を覚え、焦ったのは事実だからだ。 「まァ、お前の立場を思えばわからんでもないが……ありえねえぜ。だいたいお前はを女としてとらえすぎなんだよ」 「そりゃ……諸星さんにとっちゃ幼馴染かもしれませんが、オレにとっちゃ彼女ですし」 「まあそうだけどさ。は……そこまで深く考えちゃいないっつーか、そういうの分かってねえと思うんだよな」 あいつ単純バカだし、と諸星が肩を竦めて仙道は目を瞠る。――なんで分かるんだ、という思いからだ。 「お待たせいたしましたー!」 そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、二人は取り合えず夕食を開始した。 諸星はよほど普段の管理された食事にフラストレーションが溜まっているのか嬉しそうだ。 さっきの話ですけど、と仙道は切り出した。 「バレンタインの時、こんなことがあったんですよ――」 料理に舌鼓を打ちつつ、仙道は先日のバレンタインに起こった一連の出来事をかいつまんで諸星に話した。自分の感情を「わからない」と言ったのことだ。 黙って聞いていた諸星は一通り仙道の話が終わったあとで「なるほどな」と頷く。 「がオレに、オレ以上の選手を見つけた、って言ってきたとき……オレは文字通りに解釈した。お前を男としてどうとは思っちゃいなかったはずだ。お前はに惚れてたのかもしれんが……はこれまでの人生、文字通りバスケしかしてこなかったからな」 「オレも最近それがやっと分かってきました。なんか今も……たまにちゃんが自分の感情に違和感覚えてるんじゃねえかって時がありますし」 仙道は言葉を濁す。――先日にが自分との触れ合いを拒んだのも何か理由があるのでは、と思った仙道だったがさすがに口に出すのは憚られたからだ。 諸星はちらりとこちらを見やって、まあ、と続けた。 「は……バスケをやめた時に自分の存在意義も同時に失った思いだったはずだ。オレはお前に感謝してる。お前と会ってようやくももう一度バスケと向き直ってくれた。ただ……はようやく一歩踏み出した状態だからな。自分でもよく理解できねえことに直面することもそりゃあるだろ」 「じゃあ例えばバスケで……オレがちゃんを圧倒したら、やっぱり彼女は傷つきますかね」 「まあ嬉しかねえだろうな。でもそれは単に勝負師としてだと思うぜ。お前だって負けんのイヤだろ?」 「そりゃまあ……いやでもそんな単純なことですか?」 「だから、は単純バカだっての」 分かってねえな、と呆れたように言われて仙道は苦笑いを漏らした。 適わない、と思う反面やはり別の男にのことで諭されるのは良い気分がしない。と、なるべく顔に出さないようにしていると、はは、と諸星が見透かしたように笑う。 「仙道……、オレとの付き合いがどんだけ長いと思ってんだ? たかが数年の付き合いのお前がオレに勝とうなんざ甘すぎんだよ」 すればやはり見透かされており、ギク、と仙道の肩が撓る。裏腹に、けど、と諸星はなお笑った。 「お前らが……まあこれからもずっと一緒にいるってんなら、そのうちオレの言ってることも分かるようになるだろ」 そして諸星は、ニ、と笑う。 「気楽にいけよ」 言われて仙道はハッとした。――その通りだ、と思う。これまでの付き合いで自分が諸星にのことで適うはずもないのだ。けれどもこれから先はきっと自分たちの方がずっと長くいることになるのだろう。 全くかなわない、と眉尻を下げていると眼前の彼は悪戯っぽく笑った。 「まあオレはこれからもバスケ続けるからな! もうお前は追いつけないほどの圧倒的なスーパーシューティングガードになってやるぜ」 「期待してますよ。諸星さんなら、そのうち世界も取れそうだ」 「当然! 近い将来ぜってーに全日本のキャプテンになって世界一になるからな!」 他人がきいたら笑い飛ばしそうな大きすぎる夢もこの人ならもしかしたら、と思わせる諸星の相変わらずの明るさはやはり頼もしい。と仙道は笑った。 は自分を諸星以上と言ってくれたが……、彼はきっと日本バスケ史上に残るような選手になるような気がする。高校生という一瞬の中では自分が上だったとしても――。 「じゃーな、カナダ行く前にまた会おうぜ」 「はい。連絡します。今日はごちそうさまでした」 合格祝いだとごちそうしてくれた諸星に礼を言い、仙道はその日は実家に戻って翌日に湘南のアパートに戻った。 階段を登りつつ、そろそろ荷物を片付けて引き払う準備をしなくては、と考えながら部屋のドアを開けると玄関に見知ったの靴があってハッとする。 「あ、おかえりなさい」 リビングのドアをあけると「まとめないと」と話していた本や雑誌を段ボールに詰めているの姿が映って、ふ、と仙道は笑った。に合鍵を渡して以降、帰宅するとたまにが来ていることがあり、それが仙道にはたまらなく嬉しく感じられる瞬間だった。 「ただいま」 「大ちゃん元気だった?」 「ああ、いつも通り」 「カナダに行く前に一度会っておきたいな」 「んじゃ来週末一緒に行こうぜ」 言いながら仙道は微笑む。――の様子がおかしい、というのは杞憂だったのかもしれない。 その日もいつも通り、荷物を片して夕飯を作り、風呂に入った。 そうしてベッドの上でを腕に抱きながら仙道は聞いてみる。 「この前……なに考えてたんだ?」 するりとの長い髪に指を絡めた。 今日は素直に応じてくれた彼女は少し微睡んだあとに目を開け、まだぼんやりとしている。 「この間……?」 「ほら、1on1やったあと……なにか考え込んでただろ」 ゆるく額に唇を寄せながらささやくと、小さくが息を詰めたのが伝った。 「ん……、ちょっと昔を思い出してたの。大ちゃんやお兄ちゃんにかなわなくなってた時のこと……」 「それで……オレがイヤだった?」 「そうじゃなくて……、確かめたかったの。仙道くんの大きな身体、好きになってたから。抱きしめたら……やっぱり好きなままでホッとした」 「けど、するの拒んだだろ?」 あの後、というとさすがに腕の中でが狼狽えたのが分かった。 「い、色々複雑だっただけ。仙道くんのことは好きだけど、私は頑張っても越野くんくらいのゴール下支配力なのかな、とか、やっぱり私ももう少し大きな身体が欲しかったな、とか、やっぱり昔はバスケが全てだったし……でもいまの自分も嫌いじゃないし」 越野を引き合いに出したのは失敗だった。とその声を聞いていると、が自嘲する。 「ごめん、気にしてた?」 「いや……、なんか嫌われることしたかと思って」 「違うの……集中できそうになかったから。ちょっと足も痛かったし」 聞いてみれば大した理由ではなく、はは、と仙道は笑った。自分が考えすぎていただけのようだ。 「そっか。ワリぃ。オレの悪いクセだな、どうも深読みして考えちまう」 けど……と仙道は昨日の諸星の言葉を思い出した。 「ちゃんは……、諸星さんも単純だって言ってた」 正確には単純バカだったがそこは省略すると、う、とが唸る。 「お兄ちゃんもそう言うんだけど……! 二人ともいつまでも私を子供扱いしてるから」 仙道は小さく笑う。 子供か、と脳裏で復唱する。確かになにも知らなかったを強引に自分の方へ引き寄せたのは他ならぬ仙道自身であることを仙道は自覚していた。に「好き」だという自覚を促したのも、おそらくその他の感情を自覚させたのも自分。 「ちゃん……」 だがもう今さら戻れない、と仙道はそのままキスをして態勢を変えるとに覆いかぶさった。は一瞬目を見開いたが、ゆるく笑うとこちらの背に手を回して受け入れてくれた。それがひどく嬉しくて、仙道は低く笑う。 これから日本を離れ、二人で新しい地で新たなスタートを切る。 二人で最高の形で迎えることの出来た夏で終わりではないから……、ここからが自分たちの真の始まりになるのだろう。 自身の存在理由を失い絶望していたが自分と出会って変わったことは、きっと自惚れではないのだから。これからは自分を生きる理由にしてほしい、とまでは思わないが。などと考えてしまうのは熱に浮かされているからか。 きっとまだまだお互いに知らないことの方が多い。けれどもこれから……これから諸星さえも越えていくのだと思うと素直にそれが楽しみだ。と仙道は強くの身体を抱きしめて思った。 |
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