陵南高校全国制覇。
 というニュースは、今までの比ではなくバスケ部を騒がれる存在へと押し上げた。
 当然、表面上は前にも増して華やかであり、バスケ部は今や時の人だ。
 羨望もやっかみもいやでも聞こえてくる。
 だけど――。

 目立ちたい、なんて。
 マジで思ってねーんだけどな。つーか、勘弁して欲しいというか、ほっといてくれねーかな。というのが本音に近い……。

 と、仙道は夏休み明けの新学期、第一週目のロングホームルームでの話を聞きながら頬杖をついてぼんやりと外を眺めていた。
 陵南始まって以来のバスケ部全国制覇という快挙に、それはもう痛々しいほどの熱烈歓迎を受け、連日バスケ部フィーバーが留まるところを知らず、当然ながらメディアも押し寄せて学校側は取材規制を敷く事態にまで発展していた。
 生徒達は生徒達で「バスケ部は自分たち陵南のもの!」という意識でもあるのか妙にピリピリしている。
 あの目立ちたがり屋の福田でさえ恐れをなすほどのフィーバーぶりで、大人しい植草に至っては完全に萎縮してしまっておりいっそ哀れなほどだ。
 そもそも、自分たちは福田を除いてほぼ全員めでたく引退したワケだから、その熱意を菅平や彦一達現役メンバーに注いで欲しいものだ、と考えていた所で教壇に立っていたクラス委員から呼ばれた。
「――というワケでだ、仙道」
「ん……?」
 急に呼ばれた仙道は、キョトンとして教壇を見やった。なにが「というワケ」なんだ? となお目を瞬かせていると、クラス委員のバックにある黒板には「仙道:買い出し係」などと書いてあって「えッ……」と仙道の口から間抜けな声が漏れた。
「え……ちょ、何なんだ、いったい」
「何って、体育祭での係決めの話だが」
 聞いてなかったのか? とクラス委員の眼鏡の奥から鋭い目線を貰って、仙道は口元を引きつらせた。
 そうだ、今日のロングホームルームは月末に控えている隔年開催の体育祭についての話し合いだった。
 それぞれ多数決や立候補で役割分担しており、ノーリアクションだった自分は自動的に今日の買い出しを押しつけられたらしい。
 もう一人の女子のクラス委員もぐるりと教室に目配せした。
「じゃあ次、女子の買い出し係……。は、ジャンケンで決めるってことでいい?」
 彼女がそう言えば、クラスは「えー」などとどよめきつつも、暗黙の了承となった。
 なぜ女子はジャンケンなんだ? 男子もジャンケンにしてくれてれば回避できただろうに。いや、どのみち上の空だったのだから一緒か、などと仙道がやや不満に思っていると前の席の男子生徒が振り返って話しかけてきた。
「コレって争奪戦避けるためにジャンケンにしたんだよな。女子の全員がお前とやりたいだろうしさ」
「え……、オレ?」
「いっそ指名してやりゃいいのに。選びたい放題じゃん?」
 羨望なのか嫉みなのかよく分からない目線を貰って、仙道は「んー」と曖昧に返事をしつつ視線を流した。
 仮に選びたい放題というのが事実だったとしても。こっちに選ぶ気がないのだから意味がないのではないか。などの反論はどうにか押しとどめ、ため息を吐く。
 結局、女子はジャンケン――に、勝った人ではなく、当然ながら負け残った人、が係を預かることになったらしく、仙道は今日の放課後に敗者とペアで体育祭の雑用品の買い出しに行くことが決まった。

「よろしく、中村さん。ツイてねーな、負け残りとか」
「よろしくー。ううん、ぜんぜん平気ー! むしろ人気者と組めてラッキーだよー」
「ははは……、そりゃ、どうも」

 ペアになった相手は、それほど親しく話したことはない女子で、そう切り出された仙道は苦笑いを漏らした。
 取りあえず、クラス委員に渡されたメモ紙を見つつ、握らされた予算を鞄に仕舞う。
「えー……なになに。赤の布30メートル。ポカリの粉。ベニヤ板」
 読み上げつつ、「買い出し係なら男二人でいいのでは」と思っていた意見を仙道は撤回した。クラスで作らねばならない衣装の布の買い出しもあるのだ。これはさすがに女子の方がセンスがいいだろう。
「つーか、布とかどこに売ってんだ……」
 ボソッと呟くと、ペアの相手・中村が「あ」と反応する。
「藤沢駅の近くに手芸屋さんあるよ!」
「お、そうなんだ。それなら藤沢まで出りゃ全部揃うな。じゃ、行こうか」
 うん、と頷く彼女と連れだって学校を出ながら思う。
 仮にもしもが陵南の生徒で、とペアを組んだとしたら。――二人して「布ってどこで買うの?」と立ち往生していただろうな。と考えてしまい含み笑いが漏れてしまった。
「仙道君?」
「あ、ワリぃ。……中村さんって裁縫とか得意だったりすんの?」
「え? 苦手ではないと思うけど、人並みだよ」
「ふーん。なら衣装づくりも楽勝だな」
「えー、そんなことないよー。でも男の子ってきっと苦手だよね、そういうの」
「オレもまあ、家庭科の授業でしかやったことねーしな。一年の時も体育祭で衣装作らされたけど、ヒデー出来だったぜ」
「え、女子に任せなかったの? 私が一年の時は、衣装係は女子だったよー。男子はパネル作りって感じで分かれてたし」
「へえ」
「あ! もしも難しかったら、私でよければ仙道君の分も縫うよー?」
 江ノ電の駅が見えてきた所で、30センチ以上は軽く下にある彼女の目線だけがチラチラと上向きでこちらを見てきて、仙道は目を瞬かせつつ苦笑いを漏らした。
「サンキュ」
 たぶん、これがだったなら。なぜ自分が男子の分も縫わなきゃいけないのか抗議が始まるところだろうか、とどうしても浮かべてしまう。そして、そもそも自分も裁縫とかしたことないし、とブツブツ言いながらなんだかんだこなしていく姿まで連想してしまい、いかんいかん、と首を振るう。
 江ノ電に乗るのは久しぶりだ。学校の近くに住んでいる分、公共の交通機関を使うことは滅多にないと言っていい。
 仙道は切符を購入したが、中村は買わなかったため、他の生徒同様に江ノ電での通学なのだろうと思う。
「中村さんってどっち方面から通ってんだ? 鎌倉? 藤沢? あ、定期使えるなら藤沢か」
「うん。私は藤沢で小田急に乗り換えて一駅なの。藤沢本町駅が最寄りなんだけどー」
 知ってる? と問われ、んー、と仙道は考え込んだ。正直言って、神奈川の地理にはあまり明るくない。が、あ、と思いついて声を漏らした。
「湘北の近くか……」
「え、うん、そう! 湘北の近くだよ!」
「へえ……」
「そういえばね、中学の時の後輩にバスケのすごく上手い子がいたよ! 仙道君ほどじゃないと思うけどー」
 やってきた江ノ電に乗車して話を続けていると中村がそんなことを言い、さすがの仙道もピンと来て薄く笑った。
「もしかして、流川?」
「そうそう、流川君! 流川君、湘北に行ったんだよね。ウチに来てれば良かったのにねー」
「田岡先生も誘ってたらしいけど、湘北の方が近いからって断ったらしいぜ」
「えー!? そんな理由なの!?」
 信じられない、とでも言いたげな中村を見つつ、仙道は肩を竦める。
「ま、確かに流川の戦力は惜しかったっといや惜しかったけど、オレたちも今のメンバーで全国制覇したんだし、これで良かったんじゃねえかな」
 もしかしたら流川と初めからチームメイトであれば上手くいったのかもしれないが、実際、国体であまり噛み合わなかったことを省みるに流川には陵南は合わなかったかもしれない。
 全ては終わったことで、今の陵南で全国制覇をするという悲願を達成した今、陵南はあのチームこそが最高であったと自負しているのだ。それ以上でも、それ以下でもない。と考えているうちに藤沢駅に着いて、まずは中村の誘導で手芸展へ向かった。
 そうして改めて、仙道はペアの相手が女生徒で良かったと感じた。
 手芸店に男がいるということがこれほどまでに違和感があるとは。――と、足を踏み入れて第一歩、痛々しいまでの「女の空間」を感じたものの、女連れであるがゆえに辛うじて許されるような。そんな無言のプレッシャーを感じた。
「いらっしゃいませー」
 店員がなにやら微笑ましそうな笑みを向けてくれる。
 制服の男子生徒と女生徒。放課後の制服デートにでも見えたのだろうか、と感じて仙道は少しだけ眉を寄せた。
 そう言えば、「制服デートがしたい」ってが言っていたっけ。
 ないとは思うが、もしもこんな場面で彼女に鉢合わせでもしたら、ヤベーよな。と要らない心配事が浮かんでしまい、不意に自分を呼ぶ声にハッとして仙道は意識を戻した。
「色々あるけど、どれが良いかなー?」
 少々間延びした声で訊ねられ、仙道は商品棚に目を移した。ひとえに「赤」といっても質感から微妙な色合い、値段までピンからキリだ。
「予算内に収まるなら、なんでもいいぜ」
「えー、頼りないなぁ」
「つっても、どれが良いか良くわかんねえし。中村さんが選んだ方がいいだろ」
 言えば、「んー」と彼女は口元に手を当てて考え込む仕草を見せた。
 女の子は商品選びに時間がかかる。いや「おおよその女の子」と言った方が正解だろうか。それは経験上知っている、と考えつつ仙道は悩む彼女を大人しく待った。
 うっかり「これなんかどう?」と口を挟めば「えー、ちょっと違う」と反論されてまた悩むの繰り返しだ。黙っているのが正解。と理解しつつも一応、「これなんかどう?」と意見を言ってみれば案の上の反応で、仙道は苦笑いを漏らしてそこからは沈黙して待つことを決めた。
「ありがとうございましたー!」
 結局、けっこうな時間を浪費したものの予算内で何とか生地を買え、仙道は見た目以上にずっしり重い布の塊を抱えて駅近くのメイン通りに視線を巡らせた。
「お……!」
 すると視界に探していたもの、ドラッグストア、が目に入り中村の方へ視線を流す。
「あそこでポカリの粉買ってこーぜ」
 あとはポカリの粉を買ってベニヤ板を買い、学校に届けたら任務終了だ。
 今日の夕飯なんにするかな。学校戻らなきゃなんねーから食ってけねーし。などと考えてしまう頭はすっかり一人暮らしに慣れきっていると思う。
 予定通りドラッグストアでポカリの粉を確保し、なにやらコスメ棚に目を奪われている中村を背に仙道は無意識のうちにチラチラと衛生用品の棚を探していた。
 ついでに買っていきたいモノがあるのだが。さすがにクラスメイト連れ・制服のコンボでそれはナシだな。と何とか思い留まって、予定通りポカリの粉を複数個購入するとドラッグストアを後にした。
「あとは……、ベニヤ板だけだな」
 放課後からだいぶん時間が経って、そろそろ夕暮れ時だ。少し風も出てきて、生ぬるい風が頬を撫でていく。まだまだ九月の上旬。真夏ど真ん中ほどではないとは言え、暑い。
「ねえ、仙道君ー」
「ん……?」
「ちょっとどこかで休んでこーよー。私、のど乾いちゃった」
「え……?」
 少し速く歩きすぎたのだろうか? 駅前通りを歩きながら、ふと中村に制服シャツの裾を掴まれそんな風に言われ――仙道は足を止めざるを得なかった。
 いや、理由はもう一つあった。――なぜなら、仙道の視線は中村にシャツを掴まれているなど意識出来ないほどに、対面へと注がれていたからだ。
 生ぬるい風が、真っ赤なネクタイを揺らしている。ピーコックブルーのスカートも少しだけ風で揺れ、仙道の瞳に目を丸めている長身の少女の姿が映った。

「……仙道くん……?」

 乾いた声が前方から風に乗って届き、とっさのことに仙道は反応すら叶わない。
、ちゃん」
「なに、してるの……?」
 仙道の視界にはっきりと、ギュッと鞄の取っ手を握りしめて困惑気味な表情を浮かべているの姿が視認できた。
 普段なら、きっと嬉しい偶然だろう。しかし、状況が状況だけに「まずい」と瞬時に判断した仙道は、今もまだ自分のシャツを握っていた中村を振りきっての方へ駆け寄った。
「ぐ、偶然だな、なにしてんだ?」
 何も後ろめたいことなどないというのに。声が上擦ってしまった自分自身に仙道は極限まで焦りを覚えた。情けないほどに背中にドッと冷や汗が吹き出たのもはっきりと自覚できた。
 フイ、とは目線をそらす。
「欲しい参考書があったから、ちょっと、本屋さんに寄ってたの」
「ははは、なるほどな……」
 らしい、と思うも「なにも今日でなくとも」と思わないでもない。いや、これはタイミングが悪すぎただけだ。会えたのは、やはり嬉しい。しかし今はそんなことは重要ではない、とハッとして仙道は状況説明にかかる。
「あ、彼女、クラスメイトなんだ。体育祭の雑用品の買い出し係になって、必要なモノ買いそろえてたんだけど……」
 ほら、とずっしりと重みのある布の塊の入ったバッグと、ドラッグストアの袋をの方に差し出してみせる。物的証拠があって心底良かったと思う。
「あ、そっか。今月末って言ってたよね、体育祭」
 そこでは思い出したように瞬きをし、仙道はいくらかホッとした。納得してくれただろうか。いや納得もなにも、後ろ暗いことなどありはしないのだが。
「じゃあ、準備頑張ってね」
 しかし。納得したらしたではあっさり去ろうとし、さすがに仙道は呼び止める。
「なに……?」
「いや、せっかく会ったんだし、そんなすぐ行くこたねーだろ」
「だって、買い出しの途中でしょ?」
「そうだけどさ。……ちゃん、これから用事ある?」
「用事? 特にないけど……」
 するとは考え込むような仕草を見せてから首を振るい、ふ、と仙道は笑った。
「じゃあ、夕飯一緒に食おうぜ」
「え……」
 言いながら仙道は持っていた通学鞄を開けてごそごそと中を探り、部屋の鍵を取り出すとの方に差し出した。
「オレも買い出し終わって学校に荷物届けたらすぐ帰るから、先に帰って待ってて」
「え……、う、うん」
 いいけど、と頷くに鍵を手渡し、仙道はニコッと笑ってみせる。
「さて、んじゃなに作るかな、今日は」
「食べたいものある?」
「んー……、まだ暑いしな。サッパリしたモンがいいかな。けどガッツリ食いたいっつーか」
「えー……、冷しゃぶとか? 唐揚げのみぞれ煮とか?」
 相変わらず、問われたら真面目に考え込み唸るを見て仙道は「ははは」と笑みをこぼした。
「冷しゃぶいいな。それにしようか。けど……冷蔵庫に何が入ってたか覚えてねえな」
「じゃあ、適当に食材買って帰るね」
「おう、サンキュ」
 も鍵を一度ギュッと握りしめてから仕舞い、ふ、と笑った。
「じゃ、待ってるね」
 そのままは江ノ電の駅の方へ向かい、仙道も手を振って見送ってから、ホッと胸を撫で下ろす。災い転じて福となすってヤツだな、などと浮かべているとハッと思い出した。完全にクラスメイトのことが頭から抜け落ちており、慌てて中村の方を振り返って駆け戻る。
「ワリぃ、お待たせ」
 彼女にしても想定外の場面に居合わせてしまったせいか、少々困惑気味の表情を浮かべていた。が、仙道としては笑って誤魔化す以外の案はない。それに、はやく用事を終わらせて帰宅したい思いも強く、取りあえず先を促した。
「さ、早いとこ用事済ませようか」
 確かJR駅のそばのビルに工具店が入っていたはず。と歩き出すと、中村も歩きながら何か言いたげにこちらを見上げてくる。
「海南の制服だったねー……、さっきの人」
「ん? ああ」
「バスケ部の知り合いかなー? 背が高かったし……」
「いや、違うぜ」
 明らかに探られているのが分かる問いかけだったが、自らのことを話す気のない仙道としては、聞かれた質問にイエスノーで答えるしかない。すれば、求めていた回答と違ったのかなお何か言いたげに中村は眉を寄せる。
「じゃあ中学の同級生とか……?」
「いや、オレは東京出身なんだけど……」
 さすがに苦笑いを浮かべていると、む、と一瞬だけ中村は唇を尖らせてから目線をあげた。
「じゃあなに? まさか、彼女だったりしてー?」
「ははは、正解」
 誘導尋問じみた問いにあっけらかんと笑って答え、さらに目当てのビルが見えてきて仙道の歩調が気持ち速くなる。仙道にしては普段の速度よりも遅いくらいだったが、それでも女子高生が付いて行くには少々速い速度だろう。
 仙道の速度に合わせようとしたのかやや早歩き気味の歩調となった中村は、仙道の肯定に「信じられない」と言いたげな表情を晒した。
「ええッ!? 仙道君って、特定の彼女は作らない主義じゃなかったのー!?」
「え……!?」
 いきなり予想外の切り返しを受けて、仙道は足を止めた。表情さえキョトンとしてしまう。
「え……、オレ、そんなこと言った覚えねえけど」
「で、でも、仙道君はそういうスタンスだって聞いてたしー」
「誰から?」
「え、と……。噂……?」
「…………」
「で、でも、みんなそう言ってるよー!?」
 言われて、仙道は久々に自分が「他人から見て全てにおいていい加減に見える」らしいというどうしようもない事実を思い出した。
 校内で根も葉もない噂をしょっちゅう流されていると越野たちに聞かされていたが、あまり興味がなかったため適当に流していたし。だから、自分にまつわるどのような話が流れているのかは詳しくは知らない。
「び、美人な年上の人と一緒にいたとか聞いたし!」
「なんだそれ……」
 あ、もしかして彦一の姉から取材を受けたりしていた時のことだろうか? と、仙道は呆れつつも一応思い当たる節を探してみる。
「特定の子は作らないけど、彼女は途切れたことないとかって話もあるしー……実際、仙道くん人気あるのに校内の特定の子と付き合ってるって聞いたことないしー」
「いや、オレの彼女、海南の子なんだけど……」
「じゃあ、テニス部の部長やってた子はー? 水泳部のエースとかー、噂になってたよー」
「……誰だそれ……」
 この手の噂の詳細はまったく知らないが、いっそここまでぶっ飛んでいると面白いかもしれない。もっとそれを聞いてみたい、という興味も少しだけ沸いたが、まあいっか、と仙道は肩を揺らした。
「ま、いーや。うん、面白いし、今度その手の噂聞いたら適当に合わせといて」
 どのみち、が陵南にいない以上はの耳に入ることもないし、実害はないから大したことではない。と思い直して仙道は再び歩き出し、最後の買い物を済ませるために工具店へと向かった。
 そうして仙道は手にポカリの箱と大量の布、ベニヤ板を数枚携えて改めて中村の方に向き直った。
「じゃあオレ、この荷物学校に届けるから、今日はこれで解散しよーぜ」
「え……?」
「中村さんち、小田急沿いなんだろ? 学校帰ってたら二度手間だしな」
 どのみち荷物を一人で持っている仙道にすればその方が効率よく、特に他意もなく言い放つと「じゃーな」と言い残して一人で江ノ電の方へ向かった。
 その脳裏に、はもう部屋に着いているだろうか、とそんなことが浮かんできて自然と笑みを浮かべてしまう。
 鉢合わせしたときは一瞬だけヒヤッとしたが、これは俗に言う「残り物に福がある」だったのかもしれない。平日にと会えるなどということは滅多にないのだから。
 足取りも軽く江ノ電に乗って荷物を学校に置き、予算の残りを職員室に寄って担任に渡してから仙道は足早に自宅への道を急いだ。
 何でもない平日が一転、家に辿り着くまでの一分一秒さえ惜しいほどだ。いつもは帰宅しても誰もいないあの部屋に、今日はがいて出迎えてくれると思っただけで勝手に笑みがこぼれてしまう。
 やっぱり、しみじみ、自分はこういう穏やかで平穏な日々こそが合っているな、と思いつつ仙道は先を急いだ。

 だから、騒がれたいとは微塵も思っていないから。
 できればほっといてくんねーかな。――という思い虚しく。
 翌日の陵南ではさっそく新たな「仙道彰伝説」が生まれたらしく――、根も葉もない噂に血相変えて飛び込んできた越野と植草の顔を見て、さしもの仙道もどっしりと重いため息を吐くはめになった。

「お前、痴情の縺れってなんだよ!」
「三角関係の末に駅前で修羅場ってたってマジか!?」

 幸いなのは出所が中村ではなく、偶然、と鉢合わせた所を目撃していた他のクラスの女生徒だったらしく――。
 それだけに尾ひれに尾ひれが付きまくり「ああ、うん。もうそれでいいや」と投げやりに返事をすれば、さらに尾ひれが付くという悪循環を繰り返し。

 頼むからほっといてくれねーかな。と、仙道はその日の昼休みは屋上に逃げ込んで昼寝を決め込むことにした。



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