「名朋! 名朋! 名朋! 名朋!」
「陵南! 陵南! 陵南! 陵南!」

 陵南は陵南で目の前の相手を倒すのに必死である。
 ――名朋工業の怪物・森重寛。
 彼の能力の高さには名朋も相当な自信を持っているだろう。だが、名朋は一つ誤算があったと思う。それは陵南の前キャプテンが魚住であったことだ。
 巨体? パワー? そんなものは陵南の選手にとっては慣れたもの。ビビるとでも思ってんのか――と、ゴール下でパスを受けた越野は、ヘルプで森重がリターンしてきたのが見えていてもなお果敢にレイアップにいった。
「がッ――ッ!」
 しかし。勢いよく叩かれてコートに身体が投げ出される。同時に審判の笛の音が聞こえた。

「白、6番! チャージング! フリースロー!」

 森重のファウルだ。
 大丈夫か? と手を差し伸べてくれた仙道の手を取り、痛みに耐えつつニヤッと越野は口の端をあげた。

「よォし! よく攻めた越野! それで良いんだ! 決めろよフリースロー!」

 諸星の声だ。越野は観客席に向けグッと親指を立て、フリースローラインに向かう。
 仙道はというと、ペイントエリアの外に出つつ、変わってねえな、と森重を見やった。こりゃ国体の時のようにとっとと5ファウルでコートから追い出した方が楽かもしれん、と越野が2本目のフリースローを決めたところで植草と菅平を呼んで耳打ちをした。
 次の名朋の攻撃。陵南はオールコートプレスを解いて、名朋ガード陣のみならず田岡の度肝をも抜いた。

「ん……!?」

 指示はオールコートプレスだ。なにをやっとるんだ、と言いかけた田岡だが取りあえず見守ると、彼らは何やらインサイドでゾーンを作っている。
 名朋はというと、ガード陣がプレスから解放されたことで余裕が生まれ、こうなれば名朋は森重のポストプレイという黄金パターンを出すしかないだろう。
 むろん陵南としてはそれを見越してのことだ。案の定、上からのパスが森重に通り――、植草は自ら持ち場を離れてゴール下へと回り込んだ。
 森重は植草などお構いなしで跳び上がってダンクの姿勢を見せ――ゴール下を守る菅平も本気で止めに行ったものの、競り負けて弾き飛ばされ、わざわざゴール下に回り込んだ植草も菅平と共に接触されたように見せかけて床に転げ落ちた。
 ――森重がダンクを決めたらしばらく起きあがるな。とは仙道からの指示だった。
 指示通り取りあえず苦しげな顔だけ浮かべて5秒ほどじっとしていると、植草の耳に審判の声が聞こえた。

「テクニカルファウル! 白6番!」

 どよッ、とアリーナがどよめき、植草は内心「ウソだろ」と漏らしていた。
 森重にはダンクを決めたあとにリングにぶら下がったまま離れずにテクニカルファウルをもらうという悪癖があるとは聞いていたが――、いや実際に国体で見ているが、そう何度も犯すとは思っていなかったためにまさに青天の霹靂だったのだ。
「ナイス、植草、菅平。サンキュ」
 手を伸ばしてくれた仙道の手を取って起きあがり、植草は肩を竦めた。
「まさか本当だったとは……」
「ま、わざわざ2点くれてやったんだ。つっても、フリースローで奪い返すけどな」
 言いながら仙道はフリースローラインに向かった。テクニカルファウルをとられれば、相手チームに2本フリースローが与えられるのだ。打ち手はキャプテンもしくはキャプテンが指名した選手であるため、仙道は自らフリースローを放ってきっちり2本とも決めた。しかもテクニカルファウルであるゆえに、次は陵南ボールからのスタートである。
 ――が、同じ手は二度は使えないだろう。
 3本目は、取りに行くか……とチラリと仙道はフロントコートを睨んだ。そうしてガード陣に目配せする。
「ボール、くれ」
 名朋のディフェンスはマンツーだ。が、相当に陵南のパス回しを気にしてかピリピリしている。仙道は思う。正確にはこちらの攻撃は「パスワーク」ではなく「フォーメーション」であるため、彼らがディナイを狙ってもそうそう止められるものではないが。ここは一本決めとこう、と植草からボールを受け取ってマークマンをドライブで抜き去ると、仙道は一気にインサイドに切れ込んだ。
 シュートモーションに入ってからディフェンスがこちらを抑えに跳び上がったら、ほぼ勝ったも同然だ。

「うおおおお!!」
「ダブルクラッチ――ッ!」

 森重がブロックしにかかってきて、審判の笛の音が聞こえたと同時に仙道は空中で左手に持ち替えて逆サイドからレイアップを決めた。
 けたたましいほどに館内が沸き、渦のような歓声がアリーナにこだまする。

「仙道……! バスケットカウント取りやがった!」
「うおおお、森重、あっという間に3ファウルだ」
「これは痛い!」

 どよめく館内を横に、諸星は腕を組んで不敵な笑みを漏らしていた。
「ここで決めるところが仙道だな……! しかし、森重のヤツは相変わらずピッピピッピ笛吹かれやがって。進歩ねえな……ったく」
「あの森重とかいうのはファウル癖でもあるのかね……? 確か去年のインターハイでも退場になっていた覚えがあるが」
「監督から見てどうですか? 森重のヤツ、走れる2メートルで素材としてはいい線いってます?」
 諸星が聞いてみると、む、と唐沢はかけていた眼鏡を曇らせた。
「素材は魅力だが……、ああいうラフプレイが多いのは困りものだな」
「まだまだ初心者ですから、鍛えればモノになるかもしれませんけど……、しかしウチに来ても練習に耐えられるかどうか」
「そんな選手ばかりだな。ウチが求めているのは、練習熱心で心身ともに健康なのが最低条件だからな」
 スコアボードを見やると、仙道がフリースローをきっちり決めて陵南は更なるスコアを重ねた。
 序盤、完全に陵南ペースで来ている。陵南としてはできれば40分フルでのオールコートプレスは避けたいところだろう。ゆえに一刻もはやく森重を退場に追い込みたいというのが本音だろうが、果たしてそう上手くいくかどうか。

「チャージドタイムアウト・名朋!」

 仙道のフリースロー明けに名朋は早くも一つ目のタイムアウトを取り、陵南陣営もいったんベンチへと戻った。
「よし、いいぞ。良いペースできている!」
 田岡は手を叩いて彼らを迎えた。が――。
「いきなりゾーンプレスを解いた時はなにを始めるのかと思ったが……」
「ははははは」
 じろりと田岡に睨まれ、仙道は笑って誤魔化した。「まあいい」と田岡は咳払いをする。
「森重がいる限り、インサイドはこっちが不利だ。オフェンス・リバウンドを取るためにも、シュートを打った時はとにかく声を出していけ」
「はい!」
 いくら陵南が魚住のおかげで巨体慣れしているとはいえ、森重の体格は魚住より一回り大きくパワーも勝っている。しかも彼はゴール下という場所で戦う天性の才能があるのかリバウンド及びブロックショットに特に長けており、リバウンド争いは陵南が圧倒的に不利だ。そこでシューターは外すと思ったシュートの位置を感覚的に味方に伝えてリバウンドを取りやすいようにフォローし合うよう何度も確認し合った。
 が、タイムアウト明けに名朋のオフェンスが変化を見せた。
 陵南は指示に従ってゾーンプレスを続けている。が――、名朋はあえてプレス対策はせずに、とにかくフロントにボールを運べたら遮二無二シュートに行く強引な攻撃に出たのだ。
「あ――ッ!」
 結果、オフェンスリバウンドを森重が制してそのままゴールを決めてしまうというごり押しとも言える作戦に出られ、ワッと名朋の巻き返しに会場が沸いた。

「いいぞいいぞ名朋! いいぞいいぞ名朋!」
「やっぱあの怪物はつえええ! 力強ええ!」

 おまけにこの森重――速攻にも強く、ディフェンス・リバウンドにしても取るや否や速攻の先頭を走る脚力さえ見せて、身体能力の高さを存分に陵南と観衆に見せ付けた。
 ベンチで見守る田岡や控え陣は否が応でも圧倒されてしまう。

「ウソや! センターがあんな脚力……!」
「くッ……あのデカブツめ!」
「仙道さーん! 頼みますー!」

 しかしさすがの森重と言えど脚力は仙道には及ばず――、速攻は仙道が阻む。仙道は腰を落として森重に張り付いた。ゴール下にもつれ込まれたら力負けしても、ゴールから遠い位置では負けはしない。と、一瞬の隙をついてスティールすれば、またもや館内が沸き上がる。

「うおおおおお!!!」
「仙道ッ! ワンマン速攻だッ!!!」

 速さなら負けないはずだ。逃げ切って直接ぶち込んでやる――!
 意気込んで駆け抜けダンクに行こうとした仙道だったが、あろう事かボールを後ろから叩き落とされ、ゲッ、と仙道は空中で息を詰めた。

「せ、仙道さんがブロック……」
「さすがに怪物か……」

 弾かれたボールはコースアウトして陵南ボールにはなったものの、森重の派手なブロックになおも会場は激しい盛り上がりを見せた。
 スタンドでは、空席を見つけられずに立ったままの観戦となっていたと紳一もさすがに渋い顔を浮かべていた。
「さすがにあの体格差はキツいな……仙道と言えども……」
「よく追いついたよね……あの巨体で……」
「諸星も一度はあの森重にやられてるからな……。無茶して怪我しねえといいんだが」
 うん、ともキュッと手を胸にあたりで握りしめる。
 チーム力も、個々の能力も、陵南が明らかに上。だが、それを補ってあまりあるインサイド力を発揮する名朋にスコアボードの数字は拮抗した数を重ねていっている。おまけに陵南ディフェンスはフルコートのゾーンプレス――、負担が大きすぎる。むろん走れるだけの体力は付けているのだろうが。果たして。決勝進出のかかるプレッシャーの中で40分持つかどうか。
「もしも……陵南のシュート成功率が落ちれば、あっちにリバウンド制されて一気にワンサイドゲームになる恐れがあるな」
「陵南も、そこまでリバウンドが弱いわけじゃないんだけど……」
「まあ、外をガード陣に任せて仙道・福田・菅平のフロント陣が全員で中を固めりゃ取れねえこともないだろうが。陵南はそういう戦法を取ってねえからな」
「陵南のオフェンス……。あれ、トライアングル・オフェンスよね。常にスペースと三角形を作って攻める……。予選の決勝で見せたパスワークとは似てるようで全然違う。チームワークのいい陵南には合ってるけど、相当に複雑なはず」
「いったんリズムが狂ったらガタッと行くだろうな。ま、福田・仙道というスコアラーを要しながら5人でほぼ平等に点数を取っていく攻撃法を取ってんのは頭が下がるが……」
 見下ろしながらは、ごく、と喉を鳴らしていた。
 バスケットにおいて、身長・体格とはここまで有利なのかと再確認をさせるような名朋のバスケに、コート内は少し不穏な空気が流れはじめていた。


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