――ハーフタイム。

 豊玉の控え室では選手達の荒い息だけがひたすら響いていた。傍らで監督が再三の注意を飛ばしていたが、豊玉は去年の初戦敗退後に前監督が首になっており未だに監督難の状態だ。就任一年目の監督の声など、もはや選手達の耳には届いていない。
 板倉は肩を上下させながら地団駄を踏んでいた。
「あの仙道とかいうの、国体の時よりだいぶ強うなっとるわ。どうやって止めろっちゅーねん、あんなの」
 去年の国体で大阪は神奈川とはあたらなかったものの、仙道のプレイは目の当たりにしていた。確かに目立った選手だったが、そもそも神奈川自体が反則のような強さのチームであった。ゆえに仙道にしても流川ほか紳一などとのコンビプレイのおかげで活躍できたのだと思ったのだ。が、とんだ誤算である。
「テルオ! お前ぜんぜんあの4番おさえられてへんやんか! よく見てみぃや、陵南の攻撃は全部あの仙道から始まっとるやんけ!」
「せ、せやかて板倉さん……、ワイ一人には荷が重いですわ。身長もあっちのほうがありますし……」
「しゃーない。後半はゾーンで行くで! 仙道を徹底的に潰すんや!」
 息巻く豊玉陣営とは裏腹に、陵南控え室では選手も田岡も極めて落ち着いて状況を見ていた。
「豊玉は、後半はゾーンディフェンスで仙道潰し。……と、考えているところだろうな」
 ぴしゃりと豊玉の思考回路を読んだ田岡は選手達を見やり、選手達も汗を拭いながら頷く。
「だったら、こちらはオフェンスを外に広げますか……?」
「うむ。まあ、普通はそう考えるところではあるが……」
 言って、田岡はにやりと口角をあげた。
「このまま足を止めるな。ゾーンで固められてもインサイドに積極的に切り込んで行け。相手ディフェンスを蹴散らして力の差を思い知らせれば、それで勝ちは決まる。――いいな、仙道」
「はい」
「福田、隙があればお前もどんどん決めていけ。オフェンス力では、お前は豊玉にも負けん」
「はい!」
 陵南はあくまでラン&ガンスタイルを貫く方針で行き――、試合後半。ゾーンでプレッシャーをかけてくる豊玉に対して、仙道は持ち前のパスセンスを存分に発揮しインサイドの福田や菅平に積極的にアシストパスを出して陵南はスコアを重ね続けた。

「すげえ、陵南!」
「仙道、ゾーンもモノともしねえ!」

 こうなるとやはり豊玉はディフェンスが空中分解し、動きが徐々に散漫になってくる。パスか。ドライブか。動きが読めず、対応が追いつかないのだ。
「福田!」
「おう!」
 仙道がペネトレイトを仕掛ける。豊玉フロント陣はシュートを警戒したのだろう。小さいゾーンで仙道を囲み、仙道は狙い通りにフリーになった福田へとパスを通して福田はそのままベビーフックでポイントを奪って陵南の素早い連係で圧倒した。
 明らかに、豊玉側の息があがっているのが福田にも分かった。――ラン&ガン。豊玉お家芸のオフェンス主体の攻撃は福田自身も得意であるし、やはり楽しい。逆に陵南はどちらかというとディフェンスを重視するスタイルであり、福田自身はそんな陵南は自分には合わないと思っていたことも昔はあった。が、同じラン&ガンで完全に追いつめられている豊玉を見ていて、思い知らされる。
 試合時間が決まっている以上は、いかにして相手の攻撃を潰して自分側の攻撃時間を増やせるか。これがバスケットの勝敗を決する鍵なのだ。ファストブレイクをモノにしても、相手の攻撃を封じることが出来なければ意味がない。

『例え地力の差がある相手に対してでも、ディフェンスさえ良ければチャンスが生まれる』

 オフェンスの練習は、楽しい。でもディフェンスは何よりも大事だと言っていたの言葉や、耳にたこができるほどフットワークを鍛えろと怒鳴りつけられた田岡の顔を福田は思い出していた。
 おそらく、陵南は豊玉に地力で勝っている。豊玉も地力で劣っていることを悟っているだろう。にも関わらず彼らはラン&ガンを貫き、そして結果としてオフェンス・リバウンドをこちらに取られて陵南の攻撃時間が大幅に延びているのだ。それはスコアに数字として実力以上の差となって現れている。

「仙道、ズバッときたああ!」
「1対4だぞッ!? 突っ込む気か――ッ!」
「よおおおし潰せえええ殺せえええ!!」

 観客が沸き豊玉ヤンキー軍団が唸る中、仙道は袋小路にも関わらずにハーフロールターンを入れて僅かにディフェンスから逃れると、上体を流されながらもミドルレンジのジャンプシュートを放った。
 あまりに無謀すぎるシュートにディフェンスは意地となって阻止を試み、審判がホイッスルを鳴らす。

「ディフェンス! バスケットカウント・ワンスロー!」

 しかし。密集地帯からのジャンプシュートにも関わらず、更にバスケットカウントを奪ってのプレイに会場はどよめきベンチに座っていた彦一は立ち上がって叫んだ。

「ナイス仙道さん! どや見たかテルオッ! これがウチの天才・仙道さんや!!!」

 仙道がファウルをもらった相手が輝男だっただけに張り切って力の限り騒ぎコート上の輝男から苦い顔を引き出すも、彦一は田岡の次の言葉でさっと青ざめる羽目になった。

「彦一。……アップしておけ」
「――へ?」

 そんな陵南陣営とは裏腹に、豊玉ヤンキー軍団を避ける形で観戦していた諸星や唐沢たち深体大組もさすがに唸っていた。
「いまのジャンプシュート……。マグレでなければ相当なセンスだぞ、あの4番」
「あのくらい、普通に決めるヤツですよ、仙道は」
 感心したような唐沢の声に、諸星はニヤッと笑みを見せる。
「仙道のヤツ……。益々上手くなってやがんな……!」
「今日、豊玉に勝てば陵南はベスト4だ。どう思う諸星、あの仙道君……。この大会を通しても相当な選手と見て間違いないだろう。あの沢北や流川並、いや、視野の広さ等々を考慮すると彼らよりも幅のある選手になるかもしれん」
「え……? どうって、スカウト的な意味でですか?」
「そのために来たんじゃないのかね? そもそもお前の一押しだろう、仙道君は?」
 呆れたように唐沢に言われ、むー、と諸星は唸った。
「どうですかねえ……。才能はピカイチでオレも認めてるんですが……、いかんせん本人のやる気というか……正直、ウチの練習についてこれるとはとても思えませんが」
 むろん彼にやる気があるなら、同じ大学にいれば尻をひっぱたいて毎日練習させるが。と、諸星は肩を竦めた。
 おそらく、今の彼を突き動かしているのは。――が好きなら、オレを超えていけ。などとハッパをかけてしまった自分のせい。というか、根底にあるのはへの想いだろうな、と遠目に反対側スタンドの海南陣営を見て、ふ、と含み笑いを漏らした。

「信じられん……、なんであのジャンプシュートが決まるんだ……。さすが仙道さん……」

 その海南陣営では、清田が目を白黒させてつい今の仙道のシュートを讃えていた。そして彼は神へと視線を流す。
「完全に、身体が横に流れてましたよね……?」
 話をふれば、うん、と神も頷いた。
「仙道の場合、ハッキングされても決めるからなぁ……。身体の感覚と、ゴールまでの距離感を掴むのが極端に上手いんだと思うよ」
「って言っても……」
ちゃん、あれ決められる?」
 今度は神がにふり、え、とは口元に手をあてた。
「んー……、体勢が流れただけなら、決められると思うけど……。ハッキングされたらちょっと分からない。仙道くんは打つ瞬間のコンディションを掴むのが上手いよね……」
「センス、かなぁ……。やっぱ仙道には敵わないな」
 ははは、と神が笑う先で仙道は冷静にフリースローを決めた。
 そんな神を見て、は思う。――全国一のシューターが、冷静に穏やかに「敵わない」などと言う。むろん神のシューターとしての完成度は努力に裏付けされたものとはいえ、こういう部分が神の凄さであり、仙道が神を驚異に――神よりオレを応援して――などと言う所以なのかな、と感じた。仮に自分が仙道だったら、やはり神を驚異に思うだろう。現に自分にしても――バスケット選手というよりは、人間として尊敬に値する、と感じているのは他ならぬ神なのだから。

 そんな海南陣営とは裏腹に――、コートでは一つの事件が起きていた。

「交代です――ッ!」

 テーブルオフィシャルズが陵南の選手交代を指示し――、プレス席からギョッとした声があがった。
「彦一……ッ!?」
「あれ、弟さん……。そうか、植草君のかわりに……」
 なにやら緊張の面もちで出てきた弟・彦一を弥生は目を見開いて見つめ、部下の記者は冷静に負担がかかっているだろうポイントガードの植草を休ませる作戦なのだと見た。
 点差は既に20点以上開いている。もはやほぼ勝敗に関係なく、経験を積まそうという腹なのだろう。

「頑張れよ……」
「は、ははは、はい、植草さんッ!」

 ベンチにあがる植草とタッチしてコートに入った彦一は、誰の目にも極度の緊張具合が明確に見て取れる状態にあった。
「よし、彦一。落ち着いていこう!」
 仙道が笑顔で声をかけるも、彦一は上擦った声で返事をし、取りあえず自分のマッチアップ相手となる板倉を見やる。が。
「オウオウ、さらにドチビが入って視界が一気に晴れたわ!」
 豊玉お得意のトラッシュトークさえ耳に入らない。
「ヘルプだッ、越野!」
「おう!」
 陵南は声を出し合って緊張気味の彦一をフォローするも、ガチガチな上にミスマッチという差はいかんともしがたく――。交代早々に板倉のスリーポイントがあっさり彦一の上から決まって、彦一は頭をかかえた。

「ぐああああしもたーー!!」
「いいぞいいぞ板倉ーー!!」
「ドチビが! なにしに出てきたんやッ!?」
「やる気あんのかコラァッ!! ああ!?」

 ヤンキー軍団の野次がここぞとばかりに飛び、フロントコートにあがっていく輝男もすれ違いざまに彦一に声をかけていく。
「お前、ホンマになにしに出てきたんや、彦一?」
「ぐッ……テルオ……!」
 言葉を詰まらせるも、スローワーの仙道からのパスを受けて彦一はハッとする。ボール運びはポイントガードの役目だ。
「彦一! 落ち着いていけ!」
「は、はい、越野さん!」
 セカンドを務める越野からそんな声がかかり、彦一はゴクッと息を飲み込みながらもフロントコートへ向かった。さすがにディフェンスが弱点の豊玉とはいえ、彼らはここを穴と確信したのだろう。彦一がフロントコートに入るや否や板倉がスティールを狙って突っ込んできて、ギョッとした彦一はとっさに越野にパスを回した。
「おッ……!」
 すると、板倉はパスを予測していなかったのだろう。間抜けな声を出し、その隙にダッシュで彦一は横を抜ける。――身体が覚えている。レギュラーのみがこなせる高度なフォーメーションは出来ないが。自分とて必死に練習を重ねたのだ。やれる。と記憶の通りに走り抜け、越野からリターンパスを受け取ってインサイドに回り込んできた福田にパスを繋いだ。
「福さん!」
「おう!」
 そのまま福田がフィニッシュを決め、陵南陣営は手を叩いて褒め称えた。

「よォし!」
「そうだ彦一、いいぞ!!」

 プレス席でもまた、彦一の姉・弥生はホッと胸に手を当てていた。
「心臓に悪いわ……」
「いやでも、ナイスアシストでしたよ、弟さん!」
「まだまだ、仙道君にはほど遠いみたいやけどな……」
 言いつつ、インターハイという大舞台に立っている弟を見て、ふ、と笑みをこぼした。

 海南陣営も、陵南の次世代ガードの奮闘を見守り――、彦一は自身での得点はフリーからのジャンプシュートを一本決めたところで試合時間が残り5分となって、再び植草と交代した。
 田岡としてはこれ以降はあまり全力疾走をさせ続けて翌日に影響が出るのを懸念し、植草にはペースダウンを指示した。そしてフィニッシャーを福田に移行して福田中心で点を稼いでいくよう指示を出し――後半残り5分。
 陵南はいつもの陵南のペースに戻し、怒濤のラン&ガンから選手交代、更にはロースコアハーフコート・バスケットとプレイスタイルを次々と変え――豊玉は完全に打つ手なしで最後まで試合は陵南が支配し続けた。

「3,2,1――!」
「試合終了ーーー!!!」
「ベスト4だああああ!!!」

 結局、ラスト5分で差はさらに開き豊玉は20点以上の差を埋める術もなく準々決勝での敗退が決まった。
 同時に陵南は初出場でベスト4進出という快挙に沸き、意気消沈しているヤンキー軍団を黙らせるほどの騒がしさを見せつけた。
 そして――。

「行くぞ! 仙道君だ! おい、カメラ持ってこい!」
「仙道君、ちょっといいかな!」
「仙道君――!」

 報道陣はというと一目散に仙道めがけてダッシュをし――、海南陣営は客席からフラッシュの渦にさらされてキョトンとしている仙道を見下ろしていた。
「凄いな……さすが仙道……。陵南もついにベスト4か……」
 神の呟きに、清田も頷きつつ拳を握りしめた。
「やっぱカッコイイっすもんねー……仙道さん……。くそぉ、オレもぜってーセンセーション巻き起こしてやる!!」
 すると小菅は心底イヤそうな顔を浮かべてため息を吐いた。
「オレ、やだよ。あんなカメラに囲まれんの」
 そんな彼に「えええ」と反論しつつ羨望の眼差しを仙道に送る清田を見やり、は少しだけ眉を寄せた。清田は、まだ仙道がこの夏でバスケをやめることを知らない。おそらく、自分以外はまだ誰も知らないはずだ。
 本当にそれでいいのかな、と、報道陣に囲まれる仙道をしばし見つめ――、も、紳一たちもまだ熱気の残るアリーナをあとにした。 


「いやあめでたい! めでたいでえ、ベスト4進出やーーー!!」

 夕刻――、宿泊先の旅館で夕食をとる陵南の選手達、特に彦一はまだ興奮冷めあがらぬといった具合で大きな声をあげていた。
 が――。
「騒ぐな彦一、まだベスト4だ」
「せ、せやかて越野さん……」
 勝利直後はむしろ一番喜んでいたのは越野だったが、時間もたってすっかり落ち着きを見せている。
 そうだ、と田岡も頷いた。
「越野の言うとおりだ。ここからが正念場。ここからが本当の勝負になる。明日、泣くも笑うも全ては勝敗次第だからな」
「はい」
「だが、初出場でベスト4は立派な成績だ。みんな良くやった! 目一杯喜んで、そして忘れよう。明日は決勝進出への、そして明後日はインターハイ制覇へのチャレンジだ!」
「はい!」
 戦いのあとは腹が減るもので、みなでかき込むようにご飯をお代わりし――、ふと箸をおいた仙道がぼそりと呟いた。
「海南も……、洛安を抑えて準決勝進出を決めたよな」
 低い囁きに、隣で聞いていた越野の頬がぴくりと反応する。
 取りあえず相づちを打ちつつ、越野は感じた。やはり、仙道は県予選で海南に負けたことがまだ引っかかっているのだ。――と、食事が終わって部屋に戻った仙道以外の3年メンバーは、植草の煎れてくれた緑茶をすすりながらローテーブルについた肘であごを支えていた。
「"まだベスト4"とは言ってみたものの……。正直、ここまで来れるとは思ってなかったぜ。全国だぜ? 全国ベスト4……」
「ぜんぶ仙道のおかげみたいなものだよな……。オレたち、仙道がいなかったら県予選だって突破できてたかどうか……」
 越野がしかめっ面をする横で植草が神妙な顔をし、福田は無言で唇を結ぶ。
 ああ、と植草の意見に同意しつつも越野は拳を握りしめた。
「いや、だが……オレたちだって立派に陵南の力にはなってるはずだぜ! 確かに仙道がいてこその陵南だけどよ、諸星さんも言ってただろ? オレたち一人一人が陵南を勝たせてやるんだ、って意識を持てって!」
 言って、逸るようにバッグからノートをとりだし、びっちり書かれたフォーメーションをみなでイメージして確認しあう。気の遠くなるほど何度も何度も練習し、緑風に協力してもらってようやくモノにした自分たちの最終兵器でもある。
「明日の準決勝……相手は名朋工業、怪物センターがいるチームだ。けど、神奈川は国体でヤツに勝ったし、愛和だって諸星さん一人でほぼ巻き返せてた! オレたちだって……ぜってーやれる!」
「そうだな……。そのために、何度も何度も練習したんだもんな……」
 越野の声に植草が頷き、福田もコクッと頷いた。
「勝とうぜ……絶対! オレ、いますげえバスケやってんの楽しいんだ。一試合でも長く、このメンバーでバスケやりてえ……! 絶対、勝とうぜ!」
「おう」
「おう」
 そしてフォーメーション確認はしばし続き、眠気が襲ってきたところで明日に備え、みなで布団に入った。

 仙道は一人、布団に横になって天井を見ていた。
 ついに明日は準決勝。どんな結果になろうとも、自分のバスケット人生は長くてあと二日。
 不思議なものだ。いざやめるとなったら「ようやくやめられる」というよりも「もう少し続けてもいいかな」という想いが沸いてくる。中学の時もそうだった。高校でもバスケを続けるか――迷っていた。
 自分で自分の才能のことはよく分かっている。それなりの自信もある。けれども、自分よりももっと上がいることも、自分よりももっと情熱を持った者がたくさんいることも、中学の時でさえよく分かっていた。
 あと少し、続けてもいいかな。と、そんな思いで中三の時は熱心に誘ってくれた田岡のいる陵南へと進学を決めた。
 けれども進学した先の陵南には、魚住というビッグセンターの素材はいたものの――。前年の成績はパッとせず、練習中はぶつかり合う相手にすら不足していた。自分が一年の時も、結局は予選ベスト4止まりだった。

『"神奈川で、凄い選手を見つけた""きっと大ちゃん以上の選手になる"、だとよ』

 諸星はああ言っていたが……、いったいは自分のどこを、あの諸星以上などと目してくれていたのだろう。今にして思えば、一年の頃の自分が諸星に勝てるような選手だったとは到底思えない。彼は、一年の頃から、いや中学の頃でさえ名実ともに全国屈指の選手だったのだから。
 対する自分は名実ともにただの無名選手でしかなかったはずだ。加えて、なにせ今でさえ、バスケより釣りをやっていた方が楽しいと思っているし。と、自嘲する。
 けれども、陵南というあまり恵まれない環境の中で、どうにかバスケを楽しみたくて――パスワークの楽しさを覚えた。体育会系のノリは相変わらず苦手であるが、田岡に毎日地獄を見せられて、ディフェンス力も無理やりつけられ、二年に進級した頃には少なくとも個人で神奈川に負ける相手がいたとは思っていない。
 海南の連中は怒るかもしれないが、あの牧紳一にすら自分は負けていたとは思ってないのだ。
 陵南でどうにかバスケを楽しみたくて、気が付いたら――今や陵南は全国ベスト4まで勝ち上がれるチームになっていた。
 越野、植草、福田、菅平。誰が欠けてもきっとダメだ。ここまで来れたのは、自分だけの力では決してない。
 もしも自分だけの力で勝ち上がれるなら――自分は中学の時に、いま以上の成績を収めていたはずなのだから。
 それだけに、今日の取材は気疲れしたな、と思う。
 国体で優勝したときも報道陣からはやたらチヤホヤされたが、あの時は流川もいて藤真や紳一たちがいて、神奈川というチームそのものが注目されていた。
 だというのに、今日は陵南ではなく自分一人に取材の目が向けられ――、そこに少し苛立ちを覚える程度には、自分にとってこの陵南というチームはかけがえのないものになっていると思う。
 このメンバーで……もう少し、バスケがしたい。
 おそらくは、「もう少し続けたい」などというのはただの感傷だ。大学で、まして諸星のような日本一のチームで毎日バスケ漬けの生活を送りたいとは全く思っていないのだから。
 だから――、もう少しだけ。だから、明日で終わるわけにはいかない。

『その代わり、オレは諸星さん以上に……日本一に絶対なってみせる』

 陵南を勝利に導いてこそ、真の日本一だ。それは諸星にも、紳一にもできなかったこと。
 必ずやり遂げ、それで終わりにするのだ。「天才」と呼ばれて、何も成し遂げられないままで終わるのは――やはり、辛いことなのかもしれない。と、脳裏にの姿を浮かべて、仙道はそっと瞳を閉じた。


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