5月も中旬を過ぎれば、すぐに夏のインターハイ予選を兼ねた神奈川県大会が始まる。
 海南はいつものように第一シードであるため日程的には終盤からの登場であるが――さすがに開幕が近づくと部内はいつも以上に活気づき、練習も夜遅くまで行われる。
「お疲れさまでしたー!」
 倒れる寸前までこってり鍛えられ、地獄の練習時間が終了してみなが帰ったあと。――ここからが神宗一郎の真の時間が始まると言ってもいい。
 今日もまた神はいつも通り帰宅する部員達の背を見送ってから、ふ、と息を吐いた。
 去年、中学で主将としてセンターを務めていたというそれなりの自信を持って名門・海南に入部したものの、現実は厳しくあっさりと監督に「お前にはセンターは無理だ」と突き放され――ならばシューターとして勝負しようとその日から一日500本のシューティングを自らに課した。
 朝練前・昼休みなど空き時間を有効に使って500本やりきることを決めたが、通常の練習に加えての500本というのは見た目以上に厳しく、人知れずコートに倒れたことも、耐えきれずに吐いてしまったことも一度や二度ではない。
 おまけに中学時代はスリーポイントなど未知の領域で、シュートを入れることはもとより、シュート体勢を保つことにすらかなりの体力を要することを実感した神は自らに課した500本に加えて持久力をつけるための走り込みの量さえ増やした。
 我ながら既に日常としてそれをこなしているのだから、人間、慣れというものは大切だな。などと思いつつ神は一人黙々とシュートを打ち続けた。
「――401!」
 大会も近づけば、同じく居残り練習をするメンバーやたまにパスだしやディフェンスなどを手伝ってくれるメンバーもいるものの、ラストまで付き合ってくれる人間はそうはいない。
 ボールを籠から取り、打つ。自らのペースでディフェンスも意識せずにただ打つだけであれば既にシュート成功率は9割に迫っている。が、そんな数字は意味のないものだ。試合ではいくらでも状況が変わるし、軽く3割は練習時より落ちるとみていい。
 籠のボールが空になり、散らばったボールを集めようとリングから床に落ちて転がっていったボールを追うと、ふと、海南の制服であるピーコックブルーのスカートが目に入った。
「あ……」
「お疲れさま、神くん」
ちゃん……」
 顔をあげると同級生であり主将の妹――正確には従妹らしいが――の牧がボールを拾い上げて笑みを向けており、神もフと笑った。
「バスケ部、試合を目前にして気合い入ってるみたいね」
「うん。通常練習の時間も延びちゃってちょっとキツいけど、みんな頑張ってるよ」
「練習、手伝ってもいい?」
「もちろん。ありがとう」
 言っては靴を脱ぎ、体育館シューズを履いて体育館にあがった。そして取りあえず二人して散らばったボールを集める作業を開始する。
 は学年きっての秀才で、それを維持するためか図書館で勉強をしていることが多いらしくたまに帰りにこうして体育館に顔を出すことがあった。主に神のシュート練習のパス出しをしてくれ、時にはツーメンの相手などもしてくれており内心神は彼女がそうとうのバスケ経験があることを悟っていたがそこに触れたことはない。
 さすが牧さんの従妹だなぁ。と思うものの、紳一に言わせれば彼女は「妹のようなもんだ」らしい。曰く、母親同士が双子で、父親同士も兄弟だか親戚だかで近しい関係らしく……神自身も「近いな」とは思ったものの、世間的には紳一にとっては「従妹」である。だから従妹ではないのかと突っ込んだところで返ってきた返事は「遺伝子上は完全に従妹以上だ。妹の方が近いだろ」。しかも真顔であり、神としては「そうですね」と答える以外に道はなかった。
 紳一はコート上では完璧で冷静なアスリートであるが、普段はどこか抜けているというか、言ってしまえば「天然」である。
 もそうなのだろうか、と何気なくジッとのほうを見ているとさすがに訝しがられ、神はなんでもないと苦笑いを漏らした。
「ね、神くん」
「ん……?」
「緒戦の相手、きっとあがってくるのは武園高校、よね」
「うん。けっこう強いところだね」
 そんな会話をしながらも神はからのパスを受け取り、シュートを打った。――しゃべりながら打つ程度でシュート成功率が落ちるようでは試合で使えない。と判断した神が以前「なにか話そうか」と提案して以降、シュート練習中の雑談はいつものことだった。とはいえ、むろん二人とも会話に集中しているわけではなくカウントも忘れていなければチェックも怠っていない。――が相当にバスケができることを悟った神は、なにか気付いたことがあったら言ってね、とに告げ、ごくたまにだがも神のシュートについて助言めいたことをしてくれることもあった。
「神くん、出るの?」
「さあ、どうかな。でも、正規のスタメン数人は監督も出すんじゃないかな。決勝リーグに備えて試合勘も戻さないといけないしね」
「そっか。決勝リーグ……、どんな顔ぶれになるのかな。どこか気になる学校とかある?」
「うーん。あえて言うなら、湘北、かなぁ」
「え……!? 湘北?」
「うん。いいルーキーが入ってるし、キャプテンの赤木さんは県内屈指のセンターだし、それにガードの宮城もいるしね」
「宮城……? あれ、そんな人いたっけ……」
 とたん、は記憶を探るように眉を寄せた。――が陵南・湘北の練習試合を観戦して湘北を見知っていることは本人から聞いて知っていた神だが、宮城を知らないという。聞いてみれば練習試合には出ていなかったということだ。
「宮城は、中学の時は神奈川ではけっこう有名な存在だったよ。背は……そうだな、ちょうどちゃんくらいかな。そんなに高くないんだけど……」
 あ、ちゃんは女の子ではかなり長身だけどね。と付け加えて神は持っていたボールを投げあげ、リングに収まったのを見届けて再びからパスを受け取った。
「とにかくスピードのあるヤツで、ウチとか翔陽とかに行くと思ってたんだけど……。でも、練習試合にいなかったって事は怪我でもしてたのかもな」
「あ……そういえばお兄ちゃんも湘北には良いガードがいるって言ってた気がする。そっか、その宮城くんが湘北本来のガード……」
「湘北の仕上がりはけっこう気になるから、オレ、見に行くつもりなんだ。湘北の一回戦」
「え、そうなの!? ……なんか、みんな湘北に好評価つけてるのね。……仙道くんもそうだし」
「え、仙道? 陵南の?」
 うん、とが頷いて、へえ、と神は相づちを打った。神奈川の同級生の中でひときわ飛び抜けた、天才とも言われている仙道。あまり親しく話をした覚えはないが、どこか紳一と同じく「天然」という印象を受けたような気がする。――得てしてトッププレイヤーというのはオフコートではそうなのだろうか、と真剣に考え込みそうになったところで「ね」とが口を開いた。
「仙道くんって中学生の時からバスケット上手かったの?」
「え……。さあ、仙道はたしか越境組だし、直接は知らないな。あ、でも、東京にすごいヤツがいる、って噂なら聞いたことあったけど……」
 ふーん、とが相づちを打った所で、突如、体育館の扉が勢いよくガラッと開かれ一瞬二人の手が止まった。
「あー、神さん! よかった、まだいた!」
 神にとっては見知った声が響き、扉の方を向くと長髪の少年が笑みを浮かべて立っている。
「信長……。どうしたんだ、帰ったんじゃなかったのか?」
 後輩の清田信長である。一年にしてはやくも海南のスタメンを勝ち取った期待のルーキーであり、神にとっては親しい仲間の一人でもあった。
「いやー、腹減ってたんでメシ食ってたんすよ。腹ごなしに戻ってきたってワケです! って家帰ったら晩メシも普通に食いますけど!――あれ?」
「こんばんは、清田くん」
さん! チワーっす!」
 一気に体育館がにぎやかになり、ヤレヤレ、と神が肩を竦め、もくすくすと笑っている。
「ちょうどよかった。清田くん、ディフェンスやってくれる? 私がパス出しするから」
「もっちろん! そのために戻ってきたんだし。ねー、神さん!」
「はは。サンキュ、信長」
 清田が現れたことでシュート練習は難易度を増し、がディフェンスの合間を縫ってパスを出し神が受け取ってさらにディフェンスをかわしながら打つ、という仕様になった。にも関わらず神のシュート成功率はほぼ衰えを見せず――、5本連続決まったあたりで清田はまるで自分のことのように飛び上がって喜んだ。
「さっすが神さん! スリーポイントの天才!!」
 この清田こそ運動能力に関しては「天才」的とも言える恵まれた資質を持っていたが――この素直な後輩の言葉に神もごく自然に、ふ、と柔らかく笑みを浮かべた。



 そして、神奈川県大会が幕を開ける――。

 大本命の海南大附属、そして去年、一昨年と海南と共にインターハイに出場した翔陽、更には天才・仙道を有する陵南。

 この辺りが雌雄を決することとなるだろう。というのがおおかたの予想であったが、神奈川には一校・ダークホースがいた。
 それこそが神奈川のトッププレイヤーが密かに注目している県立・湘北高校である。

 湘北の緒戦の相手は去年はベスト8まで進んだ三浦台高校であり――、まさかとは思うが緒戦敗退なんてことは、ないよな、と観戦に来ていた仙道は一人陵南メンバーから外れて自販機の前で喉を潤しつつ考えていた。
 ま、大丈夫だろ、と気楽に思いつつスポーツドリンクを淡々と飲んでいると、ふいに背後に気配を感じた。
「どうだ仙道、お前らを苦しめた湘北は?」
「ん……?」
 反射的に振り返ると、小麦色の肌に貫禄のある面構えのスーツ姿、いや制服姿の男が目に入り――、あ、と仙道はその人物に向き直る。
「牧さん……」
「よう、仙道」
 海南大附属高校バスケ部キャプテンの牧紳一だ。さしもの仙道もまさか予選の一回戦会場に紳一が現れるとは思ってはおらず、少々目を見開いたのちに、ふ、と笑った。
「常勝・海南のキャプテン自らのおでましですか。お目当てはどっちかな、三浦台? それとも――」
「どっちが決勝リーグに出てこようと、うちには関係ない。陵南とて、な」
 さすが海南の主将らしい物言いだな。わざわざそれを言うために声をかけてきたってわけか。などと思いつつ、その台詞を残して背を向けようとした紳一に仙道は引き留めるようにして言った。
「そうですか。けど、今年はかなりしんどい思いをすることになりますよ」
「――ほう」
 湘北に。というよりも、自分――陵南にね。という牽制を込めた物言いをした仙道だったが、一見すると緊迫したかに見えた状況は一瞬で終わりを告げた。
「ところで……」
「ん……?」
ちゃん、一緒じゃないんですか?」
 とたん、紳一の表情は呆れを湛えたものに一変した。
「あいつは学校だ」
 金曜だろ、今日は。と付け加えられて「あ、そうだった。チェッ」と軽口を叩くと、紳一は深いため息をつき「じゃーな」と手をかかげて今度こそ仙道に背を向けた。その背を見送って、フ、と仙道も肩を竦め、一気にドリンクの缶を空にするとサイドの缶入れに落として会場へと再び足を向けた。

「まったく、なにを考えてるんだか、アイツは」

 偶然、仙道を見かけて声をかけただけの紳一は小さく地団駄を踏みながらもコートの方へと向かっていた。
 どういう理由か仙道は妹同然であるを気に入っているようであるが、兄代わりとしては「できればやめてほしい」というのが本音である。バスケットに関しては天才とは認めているものの、出会い頭に公衆の面前で交際を申し込むような輩を信用しろというほうが無理な相談だ。
 救いはが全くといっていいほど仙道本人に興味を示していないことであるが――常日頃から、あくまでバスケット選手として、という前提ではあるが「仙道くんは大ちゃん以上の器!」などと言い放つこともあり、油断はできない。しかも、聞けばたまにジョギングコースで顔を合わせることもあるらしく――ヤレヤレ、と紳一は首を振った。
「せめて神あたりにしといてくれればまだ……。お?」
 ワッという歓声に思考を遮られ、見やったコートでは湘北の一年生・流川が派手なダンクシュートを決めたところで――紳一は思わず「ほう」と喉を鳴らした。
「あれが富ヶ岡中の流川、か」
 流川は全中には出たことがなく、愛知出身の紳一は彼の中学時代を知らない。が、後輩の清田信長がそうとうに流川をライバル視しており――中学時代のさまざまな逸話は清田経由で耳に入ってきている。
「うーん、ま、確かに清田よりは上、かもな。……だが」
 清田本人が聞いていたら抗議されそうな事を呟いて、活躍を続ける流川を見下ろし――まだ甘いな、と小さく紳一は呟いた。


 結局、湘北は快進撃を続けてあっさりとベスト8まで勝ち上がってきた。
 そして、ついにはベスト4、決勝リーグ進出をかけて昨年二位の翔陽高校と対戦することとなった。
 が――。
「海南・武園戦は第二試合、陵南・浜田中央戦は第三試合かぁ……。見られるといいんだけど」
「ん、第一試合の湘北・翔陽戦は見ないのか?」
 試合当日、対戦表を見つつ制服に鞄を携えたは同じくジャージを着込んでスポーツバッグを携えた紳一に向かいため息をついた。
「見たいのは山々なんだけど……。今日の午前、課外授業が入ってるの。物理の」
「そりゃまた……、学年主席も大変だな」
「普段ならいい暇つぶしなんだけどね。じゃ、藤真さんによろしく」
 そう言い残しては紳一より一足はやく家を出た。バスケ部の試合をやっている期間は課外授業を免除してくれ。などという戯れ言が通用するはずもなく。
 名前だけでも運動部に登録してれば公式戦の日は授業免除されるのかな。などと邪な考えを過ぎらせつつは肩を落とした。ガリ勉キャラはノリというか勢いというか挫折のショックで始めただけだったが、あくまで点取りゲームとしては面白いと感じている。が、やっぱり。ちょっと懐かしいな。あのコートの感じや、床のこすれる音――などと一瞬過ぎらせるも、は気合いを入れ直して学校への道をかけていった。

 本日の第一試合――、翔陽対湘北は、他に比べて格段に注目度の高い一戦だ。

 なにせ湘北は昨年ベスト4の陵南と互角のゲームをしたほどのチームであり、翔陽は県下ナンバー2の強豪である。どちらも決勝リーグで相まみえてもおかしくないほどのチームであるが、そこは組み合わせの妙である。
 翔陽は――、海南の牧紳一と双璧をなすポイントガードである藤真健司をキャプテンとしたチームであり、いまのところ海南に対して黒星続きで打倒・海南に燃えている。
 藤真はゲームメイク、パスセンス、シュートエリアの広さ、リーダーシップとどこをとってもポイントガードに適した特性を持ち、にしてみれば紳一以上にポイントガードらしいクラシックな選手であった。もっとも、あまりライバルの藤真を誉めると紳一が不機嫌になるため普段は控えているが――と課外をこなしつつ考えるは、あまり翔陽が負けるなどとは思っていない。それもそのはずだ。噂の宮城も加わった「現在の湘北」をまだ一度も目の当たりにしていないとしては、湘北のイメージは陵南との練習試合の時のままだったのだ。あのチームでは、翔陽に勝てる要素はない。
 ともかくも課外が終わるや否やは電光石火の勢いで教室を飛び出した。
「こら、牧ィ! 廊下を走るなー!」
「はーい、すみませーん!」
 後ろから教師の怒鳴り声を受けて謝りつつも足は休めず、学校を飛び出すとそのまま最寄りのJR辻堂駅に向かい、東海道本線に飛び乗る。
「せめて陵南の試合には間に合いますように!」
 第一試合開始が10:00、第二試合開始は11:00のはずだ。しかし――現在時刻は既に11時半を指している。もはや海南と武園の試合には間に合わないだろう。
 最寄り駅について全速力で会場にたどり着いた時には既に12時を回っており、は急いで観客スタンドに駆け上がった。
 入り口前の手すりに手をついてスコアボードを見やると、ちょうど第三試合が始まって5分が経過した所だった。
 少しばかり肩で息をして、呼吸を整えつつコートを見やる。陵南のスターティングメンバーはいつも通りだ。
「仙道くん……!」
 陵南ファイブの姿を見やりつつ会場をぐるりと見渡すと、反対側の観客席に海南の選手達を見つけ、あ、と声をあげる。
「どうだったのかな、試合……。まあ、ウチが勝ったと思うけど……」
 それよりも第一試合の結果は。とそわそわしつつ周りをキョロキョロと見渡していると、観客にとっても眼前の第三試合は圧倒的に陵南有利と見ているのか、本日の試合の感想を述べているものも多い。
 さすが。海南。などと断片的に聞こえてくるため、どうやら海南は順当に勝利を収めたようだ。
 しかし――。
「まさか……、翔陽が――」
「――にやられるとは」
「今年の決勝リーグは波乱だな」
 耳をそばだたせていると、前の列の方からどこかの高校のバスケ部員とおぼしき少年達がそのような話をしていて「え……」とは耳を疑った。
「やられた……? 翔陽が……?」
 まさか、と息を呑みつつもスコアボードを見やる。この10分で、陵南は40点もの点数を重ねていた。勝負はブザーが鳴るまで分からないとはいえ、これは決まりだろう。
「おお、ナイスパス! すげーな、あの仙道ってヤツは」
「仙道さーん、すてきーー!!!」
 試合中の仙道を讃える声援も耳に入れつつ――、順調な仕上がりを見せている陵南を見届けては試合終了と共に会場をあとにした。
 午後から部活に出ていた紳一の帰りを待ち、「ただいま」と玄関のドアが開いた瞬間にダッシュしたはそのままの勢いで紳一に詰め寄った。
「お兄ちゃん! 翔陽、負けちゃったってホント!?」
「――! なんだ、お前、会場に来てたのか?」
「うん。ちょうど第三試合開始直後から……、ってそんなことより、湘北が勝ったの? 翔陽に!?」
 紳一は、フー、と肩で息をしてドサッとスポーツバッグを降ろした。
「ああ。Bブロックからは湘北が決勝リーグに進むことになった。正直、ここまであいつらがやるとは思わなかったぜ」
「そ、そっか……。藤真さん、最後の夏だったのに……」
「ま、そりゃ藤真に限った話じゃねぇからな」
 着替えてくる、と紳一は自室へ向かい、は「お兄ちゃん……」と呟いた。藤真は、紳一にとっては初めてのライバルらしいライバルだった。諸星とはライバルと言うよりは親友だったし、ポジションも違う。同級生で同じポジションで、そして自身と渡り合えるほどの腕を持った相手――という意味であれば、間違いなく藤真は紳一にとって互いに切磋琢磨できる無二の相手だったはずだ。
 とはいえ、紳一の言うとおり誰にとっても一度きりの夏であるし今年の湘北はそれだけ勢いがあるのだろう。と紳一が二階から降りてくるのを待って食卓を囲む。
「でも……、ちょっと信じられない。湘北ってそこまで強いチームとは思えなかったけど。そりゃ、赤木さんと流川くんのコンビは要注意だと思うし、噂のガード・宮城くんの存在もあるんだろうけど……」
「お、そうか。お前はいまの湘北をまだ見たことないんだったか」
 むー、と口をへの字に曲げたを見て紳一は思いだしたように箸を止めた。
「お前、武石中の三井寿って覚えてるか? 三年前、神奈川の中学MVPを取った」
「え……? 三井……? さぁ……どうだったかな……。お兄ちゃん達、最後の全中で神奈川とあたってたっけ?」
 も箸を止めて記憶を巡らせると、紳一はフと口の端をあげた。
「オレも覚えてねぇ」
 瞬間、の眉がぴくりと動いた。――これで大まじめなのだから、我が従兄ながら、まごうことなき「天然」だと思う。
「まあ、その三井なんだが……。どうも湘北に入ってたらしく、今年の公式戦から参加してるんだとよ。なんでも怪我で二年ほどブランクはあるらしいがな」
 ポジションは諸星と一緒だ、と紳一が付け加えては一度大きく瞬きをした。
「2番か……」
「かなり良いシューターだぞ。下手すりゃ神レベルのな」
「そんなに!? ていうか、県のMVPを取るってかなりの選手だったってことよね。ということは、湘北って、1番に宮城くん、2番にその三井さん、3番は流川くんで5番に赤木さん……ってこと?」
「ああ、ポジション別対抗戦でもあれば、確実に全員が県内トップ3には入る布陣だ」
 つ、と絶句していると「それに」と紳一はなお続けた。
「4番の桜木も、上背はあるしパワーもある。高さのないウチにとっては驚異になりかねん」
「桜木くん……。まだあんまり上手くないけど、陵南との練習試合を見た限りじゃリバウンドは要注意かも」
「ああ、実際、今日の試合でアイツは一気に圏内屈指のリバウンダーに躍り出たぜ」
「そうなの!? そっか、桜木くん……。なんか、仙道くんがすごく買ってるのよね、桜木くんのこと」
「ん……?」
 仙道が? と聞き返してきた紳一に、うん、と頷く。
「いまに凄い選手になる、って……。流川くんにはまだまだ負けない、なんて言ってたけど、なんか桜木くんのこと話してた時、嬉しそうだったなぁ、仙道くん」
 その時の光景を思い出しては小さく笑った。そういえば練習試合の時も仙道はなにかと突っかかって来ていたように見えた桜木の相手を楽しそうにしていたものだ――となお思い返していると、目の前の紳一がなにやら渋い顔を浮かべていた。
、お前……まさか仙道と何か個人的な何かがあるんじゃないだろうな……?」
「え!? あ、あるわけないでしょ、なに言うのいきなり!」
 不意打ちのように言われた一言を反射的に全力で否定すると、はみそ汁のお椀を手にとって落ち着けるように口を付けた。
 ともあれ決勝リーグ開幕まで、あと一週間。
 海南大附属、緒戦の相手は――湘北だ。


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