「あ、あの……それで、私、就職先が及川君の大学に近くて、知り合いもいないし、どうかなって……」

 受験明け以降、前にも増して呼び出される回数が増えた――、と及川は3学期に入って最初の月曜日にいつも通り丁寧に断りを入れた。
 肩を落として小走り気味に去って行く女生徒の後ろ姿を遠目に見つつ視線を上向けて天を仰ぐ。
 告白してくる子の傾向的な分析をするなら、既に就職が決まっており、なおかつ東京近郊に出る子が多い。むろんこちらの進学先を知っての事だろう。
 バレー一色の生活じゃきっと大変だからと世話を名乗り出てくれる子もちらほらいて、最近の子って積極的、と達観気味に思いつつ荷物を取りに教室に戻ってから帰路につく。むろん一人だ。
「岩ちゃんも松つんも待っててくれてたっていいのにさ」
 本来ならば3人で帰る約束をしていたものの、自分が女子に呼び出されていると知るや否やあっさり二人とも「お先」と帰ってしまい引き留めても暖簾に腕押しだったのだ。
 ほんっと嫉妬みっともない、と取りあえずやってきたバスに乗ってからLINEにて岩泉にいまどこにいるか聞いてみる。
 すれば仙台駅のコーヒーショップにいると返事が来て、及川はすぐさま自分も合流すると返信した。
 仙台駅のバスプールについてさっそくコーヒーショップへ向かう。それにしても岩泉がコーヒーショップとは珍しいな、と今さらにして思いつつ建物内に入り、店が見えてきたところで「及川君?」と後ろから聞き慣れない声に呼び止められた。
 振り返ると、短めの前髪が特徴的な明るいボブヘアの美人が立っており、及川は一瞬だけ惚ける。
「……あ! 条善寺のマネちゃん!?」
「もう引退しちゃったけどね」
 笑う彼女は県内4強の一角である条善寺高校男子バレー部のマネージャーを務めていた少女だ。――矢巾曰く、県内美女マネージャートップ3に入るらしく、及川もむろん顔だけは見知っていた。
 聞けば彼女もコーヒーショップに行くところらしく、それならばと揃って店内に入ればザワッと辺りがざわめいた。
 今日ばかりは男性の声も混じっていたのは彼女のせいだな、とちらりと少女を見やる。
「条善寺って超進学校だよね? いまってやっぱり受験真っ最中?」
「うん、もうすぐセンターだし今日もこれから塾なの。及川君は?」
「俺はもう終わっちゃった」
「すごい、いいなぁ! バレー推薦? それとも指定枠?」
 雑談混じりに聞かれ、及川はやや口籠もる。もちろん胸を張って伝えるべきなのだが……と思いつつもやや視線を彼女から外した。
「バレーでね、一応。……ここじゃなく、関東の大学なんだけど」
「関東なの!? そうだ、白鳥沢の牛島君と山形君が深体大に行くらしいって私も聞いてたけど……もしかして及川君も?」
「まさか、俺に牛島たちと同じ大学から推薦とかくるわけないじゃん」
 口元を引きつらせつつ及川はなるべく感情を抑えて反論した。
「俺は筑波大。……まあなんていうか、ギリギリで推薦応募基準を満たしてたからさ。ほんとギリギリで何とかね」
 しかしながらソレに関しては100%胸は張れないためにやや弱めの口調で言えば、彼女は気にするそぶりもなく感心したように頷いた。
「そっか……。じゃあ及川君も関東一部リーグでバレー続けるんだ」
「ま、牛島には大学でリベンジだね」
「私の第一志望も関東一部なのよね」
 男子バレー部は、と彼女が続け、注文を終えた二人はバーカウンターに移動する。すれば客席の方から視線を感じた及川は、こちらを見やっていたらしき岩泉たちを見つけて取りあえず手を振っておいた。
 彼女も気づいたのか、岩泉たちを見やって軽く頭を下げている。
「岩泉君たちもバレー続けるの?」
「うん。あの二人は地元でだけどね」
 そうこうしているうちにドリンクが出来、彼女は自分のテイクアウト用の飲み物を手に取った。そして直ぐに去ろうとした彼女に及川は声をかける。
「また試合会場で会うよね? 大学でもヨロシクね」
「受かってたらだけどね」
 じゃあね、と笑って彼女は行ってしまい、及川は自分の飲み物を持って岩泉たちのところに向かう。岩泉と松川、それに女バレの元副主将もいる。なるほど岩泉があまり行き慣れないコーヒーショップにいるのはそのせいだろう。
「ごっめーん、お待たせー!」
 そうしてヘラッと笑いつつ岩泉の隣に腰を下ろすと、黒髪のポニーテールを揺らしながら元副主将がさっそく身を乗り出してきた。
「及川、いまの美人だれ!? まさか新カノ?」
「なわけないし。条善寺バレー部のマネージャーだった子。たまたま店の前で会ったんだよネ」
「あ……そうか、思い出したわ。矢巾が県内トップ3に入る美人マネだって騒いでた子な」

 松川が思いついたように頷くも、岩泉は全く覚えていないようで首を傾げている。その様子に肩を竦めていると、「それよりさ」と松川がこちらに目線を投げてきた。
「今日の呼び出し、どうだったよ?」
「どう、って……別に。普通に断ったけど」
 いつも通り、と口をへの字に曲げつつフラペチーノのストローに口を付ける。
 面と向かっての告白を断るのはけっこう精神的に負担なんだよね、などと考えていると及川の向かいの元副主将がとんでもないことを言い始めた。
「私、最近よくアンタの進路のこと聞かれるのよね。筑波のどの辺りに住むのかとか」
「――はッ!?」
「あ、俺も。東京近郊に出る女子も割といるのかリサーチされるんだよな」
 松川も言って、及川は彼女と松川の顔を相互に見やりつつ頬を引きつらせた。
「何ソレ……ちょっと怖いんだけど」
 モテるのは慣れているとはいえさすがにそれは、と頬杖をつきつつ唇を尖らせる。
「俺はさ……大学でこそカノジョと一緒に堂々とキャンパス歩いたりしたいの! ホントは高校でだってしたかったのにさ……」
「だからさっさと公表すればって言ってたのに。こっちもその方が助かったんだけど」
「それ相手が嫌がってんだからムリじゃん! 俺だって出来るなら校庭でお昼一緒に食べたりとかしたかった……!」
 そしてつらつらとやりたかったラブラブ学園ライフを語って聞かせつつ頬を膨らませる。
「だから大学では誰にも邪魔されたくないの!」
 勢いのまま真冬にも関わらず頼んだフラペチーノを一気に吸い込んでいると、松川が面白そうに口元をニヤリと歪めて「じゃあさ」と携帯の画面を皆に向けるようにしてテーブルに置いた。
「コレを拡散させたらお前のファンも減るんじゃね?」
 そして写されていた写真を見て及川は目を見張る。――いつの間に撮ったのだろうか。松川の携帯には仲睦まじく肩を寄せ合っている、ように見える、及川と条善寺のマネージャーの姿が写っており、あまりに予想外の出来事で及川は絶句した。
「わー、やっぱり美人ー」
「な。完全に付き合ってる図っぽいよな」
「コレ出回っちゃったらさすがの及川ファンも諦めるかもねー」
 そうして好き勝手語っている松川と元副主将に向けて「ちょっと!」と及川はがなった。
「松つん隠し撮りとかどういうつもり!? さすがに悪ふざけがすぎるよね!?」
 そうして即刻削除するよう要求して、ハァ、とため息を吐く。冗談だって、と言われたとおり携帯を操作している松川を見つつふと及川の脳裏にこんな事が過った。
 松川はともかくとして、実際にこういう何でもない場面を悪意を込めて写真なんかに撮られた場合……もしかして事実とは違う形で広がっていってしまったりするのだろうか、と。
 そう思うとゾッとしない。

「モテ過ぎるのってほんと厄介だよね……」

 今後はそのあたりも気をつけて生活しよう。と、重い息で吐いた及川の声は切実なものだったが……返ってきたのはみなの冷めた視線と岩泉からのどつきで、及川は叩かれた頭をさすりつついつものように思った。
 ――ほんっと嫉妬みっともない!!

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