今年度もこの期間がやってきた。――と3人のうち少なからず誰しもが思った。 そう、中間試験である。 基本的に5教科全てをカバーしたうえでのセンター試験受験を視野に入れている及川とのクラスと、私立文系の岩泉のクラスは履修教科が違う。 数学・物理化学と日々頭を悩ませている及川とは裏腹に、岩泉は多少は楽になっているはずだったが――。 「英語の小テストが毎回平均以下で担任がそろそろキレそうでヤベぇんだけど」 「……」 部活停止期間に入った初日、及川とのクラスにやってきた岩泉の一言には元よりさしもの及川も絶句した。岩泉のクラスはたちが履修している数VやCほか理系科目は行っておらず、彼の目下の最大の敵は英語ということだった。 「ちょっと見してよ。……ゲッ、何コレ単語テスト0点とかあんじゃん。逆にどうやったら0点とか取れるワケ!?」 「うるせぇな、漢字テストの0点常連だろおめーは!」 「そッ、それは……だけど俺の場合は線が一本ないとかそんなケアレスミスばっかだし!」 「LとRの違いも似たようなもんだべや!!」 ついには想像を絶するレベルの低い争いを始めた二人を横にはコメカミを押さえた。にわかに頭でも痛んだのだろう。 「と、取りあえず単語は頑張って覚えてもらうことにして……文法からやろう。ね?」 は岩泉の犯したミスの間違いを丁寧に解説してから、問題集を開いてノートに書かせていくという指示をした。終われば採点してミスした箇所をまた解説していくつもりらしい。 その間、自身は暗記の必要な文系に時間を割く事にしたようで――地理の教科書を開いている。 及川はというと、ほぼちんぷんかんぷんの数Vと睨めっこをしていた。逆には一番得意な科目らしく授業後はいつも楽しげに教えてくれている。 というか――父が学者という血筋のせいなのかもしれないが――基本的に絵に関すること以外にあまり興味を抱かないだというのに学習意欲のある人間に対しては相当に寛容であるように思う。 自分たちは当然のようにそれを受け取っているが、自分のためにほぼ毎回授業後の復習に時間を割くのも、当然のように岩泉につきっきりで自分の試験勉強時間を大量に削ってまで試験の面倒を見るのも想像以上の労力を必要としているはずだ。 だからこそ他の生徒は高い料金を払って塾などに通っているわけであるし……とジッとを見ていると視線に気づいたのか彼女は及川の方を見やった。 「及川くん、どうかした?」 「う、ううん何でもない! 今のとこヘーキ」 既に他の生徒は帰宅しており、いまこの教室には3人だけだ。受験以前に部活参加のギリギリラインがかかっている岩泉は毎回試験期間だけは鬼の様に集中しており、ゆえに時間を追うごとに表情が険しくなっていく。 教室がだいぶ茜色に染まり、そろそろかな、と及川が思ったまさにそのタイミングでガタッと岩泉は椅子から立ち上がった。 「限界だわ。食いモン買ってくる」 やっぱりね。と及川が思った先で岩泉はを呼ぶ。 「なんかいるもんあるか?」 「あ……じゃあコーヒーお願いしようかな」 「おう」 ありがとう、と言うに及川はすかさず手を挙げた。 「俺、牛乳パン!」 「自分で買え!!!」 すれば八つ当たり気味に大声で否定して岩泉は出ていってしまい、ちぇー、と及川は唇を窄めた。 「ていうか実際、俺の方がキビシイんだよねー。平均評定値は高いに越したことないからこのクラスだと不利だしさ」 「そ、そんなことないよ」 「そりゃちゃんはそうかもしれないけどさー」 ハァ、とため息をついて机に突っ伏してしまう。すると少しの間を置いてが及川の座っている席の前に移動してきた気配が伝った。 ちらりと及川が目線をあげると、大変かもしれないけど、と前置きしてふわりと笑うが映る。 「私、毎日楽しいよ。及川くんと同じクラスですっごく楽しい」 瞬間、グ、と及川は言葉に詰まった。ちょっと感動しつつ上半身を起こせばオレンジ色の空間にの栗色の髪が透けるように染まる様が見えてハッとする。 そうして及川はゴクッと息を呑んだ。 「? 及川くん……?」 「ちゃん、今ってさ……絶好のチューしちゃう的なシチュエーションじゃない?」 「――え!?」 「だって! 放課後の夕方の教室に二人っきりなんだよ!?」 は明らかに狼狽して引いた様子を見せるも、及川は拳を握りしめて訴えた。よくよく考えれば放課後の教室で二人きりになったのは初めて――いや北一の時もあったがそこは記憶にフタをして――だ。 「俺だってそういうベタなシチュエーション楽しみたい!」 「そ、そう言われても……」 例えば校内の他のカップルのように校庭で二人で弁当広げてみたりといった付き合いは、堂々と関係を公にしていない自分たちには出来ないことだ。だからこそこのくらいは許されてもいいはず、と及川はノートの上に手を置いていたの右手に自分の左手を重ねた。 ぴく、との頬が撓って少し目元が染まった。――あ、コレいいってことだ。と及川は過ぎらせるまでもなく無意識で理解して少しだけの方に身を乗り出した。 軽く唇が触れ合って、お互いに目をあけて間近で見つめ合ってからちょっとだけ目線を外す。 「うん……、チョット照れるね……」 目の端に映る光景が毎日使っている教室、という状況がそうさせるのかもしれない。と及川が呟くとも気恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。 けど、でも。こういう特別な感覚を得られる度にと付き合っていて良かったと思う。とそっとの頬に手を伸ばした。 「もっかいする?」 「……う、……うん」 頷いたに、へへ、と及川は笑ってもう一度チュッとキスをした。あったかくて柔らかい。 こういうオプションがあるなら放課後の勉強も悪くないな。と上機嫌で続けていると、ガタッ、と入り口ドアの方から音が響いた。 「ヨソでやれッ!!!」 ――さすがに今日ばかりは「嫉妬みっともない!」という言葉を及川は飲み込んだ。 |
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