公私ともに充実している。というのはこういう事なのかと実感するほどに、ここ最近の及川は充実していた。 第一志望であった、バレー実績・頭脳ともに自力進学がほぼ不可能の、筑波大は自身に推薦入学のチャンスを認めてくれ、交際相手のともますます順調。 春高予選へ向けての練習にもがぜん力が入る。と、いつも通り部活後に一人居残ってしばらく。 籠からボールを掴もうとしていると、ガラッと体育館の扉が開いて及川は反射的にそちらを見た。 にしてはずいぶん早い。と過ぎった予測に反して全く予想外の顔が現れ、及川は思わず掴んだボールを籠へと手放していた。 「あ、やっぱり及川いた」 そこには女子バレー部の元主将がジャージを着て立っており、及川は腰に手を当てる。 「なに。何してんの、何か用?」 「用っていうか、ちょっとコート貸してもらえないかと思ってさ。第一体育館はまだバスケ部が使ってるし、第二はバレーネットないじゃん」 言って彼女は肩を竦めた。 彼女を含めて数名の女子バレー部3年生メンバーは春高まで部活を続けることを決めたが、メインはあくまで2年生であり役職等は既に新チームに譲っている。――これは強豪の男子バレー部にも少なからず当てはまる例であるが、主力と一部以外の通常部員は夏のインターハイで引退するのが通常だ。特進科の生徒は受験に専念するため、2年の新人戦後に退部という形で引退する場合さえある。 女子バレー部はインターハイ予選では二回戦で敗退してしまったが、早期の新チーム移行と指導が上手くいった成果か、8月に行われた春高一次予選ではベスト8をもぎ取り、10月に行われる二次予選出場を決めている。一次予選はインターハイ予選でベスト8に入った強豪陣の出場は免除されているため、いくらか勝ち上がるチャンスは増える。加えてトーナメント運があったというのは彼女ら談だが、青城女子バレー部としてはここ数年で一番の成績である。 慣れたようにコートに入ってくる彼女の行動には及川も慣れている。たまにではあるが、居残りしていると女バレのメンバーが訊ねてくることはあるからだ。 これは女子バレー部に限った事ではなく学校全体の問題なのだが、第三体育館を専用としていつでも使える男子バレー部と違い他の運動部は時間ごとに区切って使用許可が出ている場合がほとんどだ。簡潔に言えば、その日の部活時間のうち前半は男子バスケ部、後半は女子バレー部が第一体育館Aコート使用などと振り分けられており、体育館が使えない間は外周したり筋力トレーニングに励んだりと各部工夫しつつ活動を行っている。 ゆえに男子バレー部は恵まれすぎなほど恵まれていると言っても過言ではなく、その待遇を成績にて他部の生徒に納得させなければならないという一面も持っていた。むろんありとあらゆる議題で主将会議にてやり玉に挙げられることも多い。 それはともかくも、と及川は彼女に歩み寄った。 「別に空いてるコートくらいいくらでも使えばイイけどさ。一人でなにやんの? サーブ練習?」 「ああ、それは……」 彼女が説明を始める前に、ああ、と及川はピンときて両手を腰に当てつつ不遜な顔を向けた。 「さては俺にトスあげて欲しいって魂胆? まあやってあげないこともないけど俺いまサーブ練して――」 言い終わる前に彼女は白けた目で首を横に振ってご丁寧に手まで振った。 「あ、それはないわ。ていうか、ないわー……私、アンタにトスあげて欲しいとか一度も思ったことないし」 その答えに及川は「ハァ!?」とがなりつける。 「ちょっ、それっておかしくない!? いま目の前にいるのって青葉城西の正セッター、及川徹なんだけど!?」 「いやアンタの実力がどうこうじゃなく、トスが変わると打ちにくいし試合に一緒に出られない相手のトスで調子狂わせたくないんだよね」 それは一理ある言い分である。と思いつつもムッとしてると遅れてもう一度体育館のドアが開き、及川は今度こそなのではとちょっとだけギョッとしてそちらに目線を送った。 すれば眼前の彼女と同じく女子バレー部の元副主将である黒髪をポニーテールにまとめた少女が立っており、なんだ、と及川は呟いた。 「二人でやるつもりだったんだ?」 「そう。だから隣のコートとボール借りるよ」 「ハイハイ。ドーゾ。――ってチョット! 俺もボール使ってんだけど!?」 遅れてやってきた元副主将とも挨拶しつつ軽く雑談すれば、二人はさっさと話をまとめて用具室から新たなボール籠を持ってきつつ及川の使っていた籠に必要以上に盛ってあったボールをも自分たちの籠に移し替え始めた。 「いいでしょ、コレくらい」 「そっちが全部打っちゃったら拾うのは手伝うから。じゃあね」 制止するもギロリと同じくセッターを務めている元副主将に睨まれ、元主将の彼女はそこで話を切って足早に隣のコートに移動して及川は頬を引きつらせつつも、ハァ、とため息を吐いた。 いつも考えないようにしているが、女子バレー部は自分に対する扱いが雑で適当な気がする。大いに文句を言いたいがいまはバレーに集中したいし、と諦めてサーブ練習を再開した。 そうすればもう隣のコートに誰がいようが何をしていようが頭からはいっさい消えてしまい、いつも通り無心で打つことに集中できる。 いつもと違うのはせいぜい球切れが早く訪れる事だろう、と短いスパンで散らばったボールを集めてはまた打つ、という繰り返しだ。――隣のコートではスパイク練習を繰り返しているようだ。彼女らは元セッター・エースのコンビ。後輩指導がメインとなったいま、思い切りやりたいフラストレーションでも溜まっているのだろう。と及川は何度目かのボール籠が空になったのを見やってチラリと隣のコートに視線を移した。 後輩指導、で思い出したくない北川第一時代の過去がチラついてしまい、すぐさま頭を振るって汗を拭いにコートサイドに向かう。 汗を拭っているとこちらのボール籠が空になったのに気づいたのか、隣のコートの二人が手を止めてやってきた。 「及川、アンタさっきウチのエースにトスあげたいとか言ったんだって?」 額の汗を拭いつつポニーテールを揺らしながらセッターの彼女に言われ、「は……!?」と及川は目を剥く。 「いやいや何で俺が”あげたい”って事になってんのさ。むしろ、俺のトスをぜひ打ちたい、って話だよねそこは?」 ボールを拾いつつ言われた言葉に強めに言い返せば、二人にハモるようにして「ないわー」と再び否定され、ぐぬ、と及川は歯を食いしばった。 その間にも彼女らの声はポンポンと及川に投げかけられる。 「ていうか、私がトスあげてあげようか? 及川あんまりスパイク練習できてないでしょ」 「え……? ま、まあ俺的にはセッターが誰でも調子狂わず打てるけど? なに、そんなに俺にトスあげてスパイク打ってほしいワケ? セッタースピリッツ疼いちゃうカンジ?」 ポニーテールの彼女に言われて身を乗り出せば、小さく舌打ちされたのが聞こえた。気がした。うざ、的な小声が聞こえた気がしたのもきっと気のせいだろう。うん。 「及川と話してると10秒で済む話が数分に長引いちゃうんだよね……」 ショートボブのサイドを押さえるヘアピンを直しつつどこか諦めたように元主将が呟き、どういう意味だと及川はムッとする。――いや、でも、だ。 「なにー、及川さん話しやすいからついつい話し込んじゃうって意味ソレ?」 こっちの解釈が正しいよな。と笑みを造れば、既に彼女らはこちらに目も合わせてくれずにボール拾いをしており、チョット、と及川は食って掛かる。 「せっかくコート貸してやってんのに、さっきから態度ヒドくない!?」 「ハァ!? いっっつも第三体育館占領してる男バレがソレ言う!? てかそもそもアンタしか使ってないじゃんいま。コート3面もあるんだけど!?」 「そ、それはそうだけど……でも――」 そうしてついつい言い争いに発展しそうになっていると、ガラッ、とコート入り口のドアが開いてピタリと3人は制止する。 振り返った及川は今度こそギョッとして僅かばかり取り乱した。 「ちゃ――ッ」 三度目の正直というものなのか、今度こそが立っており目を白黒させていて及川はにわかに焦ってしまう。 「ど、どしたのちゃん? はやいね?」 「う、うん。ちょうど描いてた絵が仕上がったから切り上げてきたの。及川くん、まだ練習してるかなと思って……」 そうして彼女はチラリと女バレの二人を見やって、軽く挨拶をした。 「でも今日は帰るね。じゃあ、また明日」 「え!? ちょ、ちょっと待ッ……待って、なんで待っててくれないの!?」 何だかヤバイかも。と及川は焦って踵を返そうとしたに慌てて歩み寄ると腕を掴んで引き留めた。が、振り返った彼女はキョトンとしている。 「だって……練習邪魔しちゃったら悪いし」 「邪魔じゃない! 邪魔じゃないよ!?」 「うん、でも……。今日は帰る」 割って入ってごめんね、とは少しだけ申し訳なさそうに肩を竦め、そのまま及川に背を向けて第三体育館を出ていってしまった。 呆然とその背を見送った及川の背後から二人の小声が聞こえてくる。 「うわ……」 「……ダサ……」 明らかに引いているその声に及川は振り返ると思いきり眉を釣り上げた。 「いったい何なのさ!? カノジョなんか誤解しちゃったかもしれないんだけど!?」 「……それはないと思うけど……」 「うん、明らかに帰りたがってたよね。ていうか及川ってほんとにあの子と付き合ってるの? 勘違いとかアンタの片思いじゃなく?」 言葉を濁した元主将に対してどこかキツイ一言を放ってきたポニーテールの髪が揺れ、及川は「そんなわけないじゃん!」と食って掛かる。 「ちゃんと付き合ってるし! もうちゃんの両親にも挨拶済みだし?」 「――は?」 及川としてはきちんと交際しているということを強調したつもりだったが、明らかに眼前の彼女らの顔色がいまの一言で変わった。 「え、いやちょっと待って。及川ってあの子といつから付き合ってるわけ?」 「……ちょうど一年くらい前からだけど?」 「一年!? たった一年で親に挨拶するの!? アンタ高校生だよね?」 もはや面倒そうな顔色を浮かべる元主将と違い、切り込んでくる元副主将に及川は胸を張って告げた。 「ちゃんと付き合い始めたのは一年前だけど、実質的には中学の頃からずっと付き合ってるみたいなものだったし問題ないよね!」 コレは実際にそうだと思う。「付き合おう」と言葉にしたのが一年前というだけで、はずっと自分のこと好きだったに決まってるし。と一人で納得していると眼前の二人は死んだ魚のような眼で揃ってこちらを見てきた。 「なんでこんな勘違い男が学校一のイケメン扱いになってるのかいま全校生徒に問いつめたい気分なんだけど……」 「中学の頃から、っていうのは……その話だけだとちょっと無理があるよね」 どうにもこうにも噛み合わない話が続き、及川はグッと歯を食いしばる。なぜこうも自分への当たりがキツイのだろう? こいつらは絶対に面白がってるだけ。――と思いつつもハッと気づいて口を開く。 「ま、まさか……、ソレってバレー部の及川さんが外部の子と付き合ってる事への嫉妬とか……?」 なんだ扱いが適当な気がするのも愛情の裏返し――と言いそうになったところで眼前の女子二人のコメカミに青筋が立つのが及川の目にもはっきりと見えた。 「アンタのせいでこっちがどんだけ迷惑してるかって何度言えば分かるワケ!? 頭にスパイク打ち込まれたいの!?」 「ていうかそんな大事なカノジョを何でカノジョの好物でもなんでもないラーメン屋に連れて行くの!? 矛盾してない!? ここ来る前に近くのラーメン屋で二人で食べてきたけど他は青城のスポーツ部男子で占領されててデートしてるカップルとか一組もいなかったけど!?」 一斉に非難されて、暴力反対を訴えつつ「いつの話だソレ」と考え、思い至って及川も反論を開始する。 「あ、あれは中華屋であってラーメン屋じゃないって言ったよね!? あの日たまたまってだけでもっとオシャレなトコ行くことだってフツーにあるし。ていうかソッチはラーメン屋でご飯食べてるクセにその言いぐさおかしくない!?」 「デートで部活帰りの男子ひしめく場には行かないから」 「だからラーメン屋じゃないしそのシチュ当てはまんないし話盛るのやめてくれる!?」 「アンタそもそもカノジョいるのに不特定多数の女の子にヘラヘラヘラヘラしてるよね!?」 「ファン対応とカノジョは全く別の話ですぅ!」 「それ完璧なる屁理屈じゃん! そんなんだからコッチも迷惑してるんだけど!」 「だからこんなイケメンと噂になってんだから光栄に思ってればイイじゃん!」 しばし言い合いが続き、先に女子二人が飽きたのかくるりと背を向けられさっさとボール拾って自分たちの練習を再開しようと強制中断させられたため言い合いは中途半端な状態で終わった。 が、コレに関しては珍しい事ではなく及川も慣れたように切り替えつつハッとする。――あの二人に気を取られてその後ののフォローを忘れていた。と僅かばかり青ざめる。 あの二人はああ言ったが万に一つも変な誤解をされていたら困るし。とはいえ体育館に携帯電話は持ってきていないため、すぐに連絡は取れない。 しかしながらサーブ練習を投げ出すわけにもいかず、最終的に及川はいつも通り、女バレの二人が帰宅したあとも残ってサーブ練習を続けた。 片づけを済ませて部室に戻り、真っ先に携帯を見てみるもののからのメールはナシだ。 けど。だけど。あり得ないとはいえ、を迎えに行った先の美術室でが自分以外の男と戯れていたら。たぶん自分は平常心ではいられない。――嫉妬とか全然してないしが自分を大好きなのだって知ってるから全然気にしない。けど、それでも。 明日教室で会えるし、たぶんいつも通りに話せるとは思うけど。でも。とぐるぐる考えつつも及川はにメールを打った。 ――ちゃん、いま何してる? 俺はいまあがったよ。 あの二人はとっくに先にあがってたけど。という一言を付け加えるか否かで悩んだ結果、及川は付け加えずにそれだけを送った。 の場合は返事がすぐ来るとは限らず、そのまま用意して学校を出てバスに乗る。すると仙台駅に着く直前で通知が鳴り、ハッと及川は携帯を見やった。からの返信だ。 ――お疲れさま。いまからお風呂に入ろうかなって思ってたところだけど。 どうして? と含ませるような文面に及川はいてもたってもいられず携帯を握りしめた。仙台駅が見えてきた。 バス停に着いてバスを降りると同時にの携帯へと発信する。 「はい」 「あ、ちゃん? お風呂入るのちょっと待ってもらえる?」 「え……!?」 「俺、いま仙台駅なんだけどこれからちゃんち行く。ちょっとだけでも会えない?」 「え……!? え、なにか用事……?」 すれば本当に言っている意味が分からないと言いたげな声で言われるも、キュッと及川は唇を結んだ。 「明日じゃダメなこと……?」 「ぜったいダメ! 今日じゃないとダメ。……ムリ?」 「か、構わないけど……」 「ホント? じゃあ俺急いで行くから。15分くらいで着くと思うからまた連絡する!」 話しながらも早歩きで地下鉄の改札に向かい、携帯を切った及川は小走りで改札を抜けるとちょうどやってきた地下鉄に飛び乗った。 の最寄り駅に着いたところでメールを入れ、家の門が見えて再び連絡を入れると遠隔操作なのか門の扉の鍵が開く音がした。 の家の門の内に入るのは二度目である。ちょっとだけドキドキしつつ門をくぐり庭先にいくつか光る証明に照らされて進んでいると玄関の扉が開いての姿が見え、及川は表情をパッと明るくさせた。 「ちゃん……!」 「及川くん。どうしたの急に……、ここで話しても平気? 家にあがる?」 「ううん、もう遅いしここで平気平気。ごめんね急に」 の態度はいつもといたって変わらず、むしろなぜ自分が訊ねて来たか心底分からないといった具合で及川は若干調子が狂ってしまう。 そのせいかわずかばかり沈黙が流れてしまい、及川は一つ咳払いをした。 「あの、さ。女バレの事なんですケド……」 そう切り出せば、は僅かに目を見開いた。 「え……」 「その、女バレって男バレに比べてコートを使用できる時間が短いから、たまにだけど、ほんとたまにだけど部活後にああやってこっちのコート使いに来ることがあるんだよね」 「そ、そっか……大変なんだね。ごめんね、途中で邪魔しちゃって……女バレの人たち気にしてないといいんだけど」 「――ていうか! そうじゃなくて!」 本気で何とも思っていないどころか自分が女バレを邪魔したと思ってるらしきに及川は思わず強めに訴えてしまった。 「俺が夜に誰もいない体育館で女バレと一緒にいても何とも思わないの!?」 「え――!?」 「女バレとはいつも言ってるけどほんと何でもなくて……!」 「う、うん……」 目を瞬かせて困惑気味のに及川はハッとする。これでは自分で問題を提示して自分で弁明しているただの怪しい図ではないか、と分かりつつもどうにもならない。 「お、及川くん……?」 「……ちゃん、なんか誤解してるんじゃないかって思ってさ。明日まで誤解を持ち越したくなくて来たんだけど……」 当のが気にしてない事に安堵する気持ちと同時に、どうやってもやるせなさが込み上げてしまう。なんだか自分ばかり必死なようで虚しい。「片思い」なんてそんなことあるわけないって分かってるのに。なんて言えば呆れられてしまうだろうから言えないけど、と思いつつもついつい唇を尖らせてしまう。 は少し考え込むような仕草をしてからしばらくして、ゆっくり唇を揺り動かした。 「例えば、だけど……及川くんが私以外の女の子とデートしたりしてたらたぶんいやだと思う。し、そのあと付き合っていける自信はないかも」 「俺そんなことしないし未来永劫あり得ないんだけど!?」 「う、うん、た、例えば。……だけど、他は……及川くんの生活圏の事だし、私がなにか言うのも違う気がして」 「俺は気になるもん!」 「う、うん……。でも……」 次第に声のトーンが落ちて震え気味になって目線も落ちてきたに及川はハッとした。――弁解に来たのになにを責めているんだろう、とこれ以上ないほどの後悔が込み上げてくる。衝動のままに腕を伸ばし、及川はを自身の胸に閉じこめるようにして抱きしめた。 「ごめん。ぜんぜん上手く言えないけど……俺、ちゃんの事が好き。好きだよ。好き」 触れたら勝手に気持ちが高ぶって、勝手に目頭が熱くなって及川は思わず気持ちを吐露した。 の両頬を両手で包み込むと、は予想外の事で困惑したのかそれとも感極まっているのか。庭の電光にうっすら照らされた瞳を無言で揺らしている。触れている頬が少し熱い気がするのは気のせいでないと思いたい。 「――ホラ! ちゃんこういうのあんま言ってくんないもん。俺、愛されてるか不安!」 沈黙したに頬を膨らませて見せると、の頬がハッとしたように撓った。――けれどもたぶん、実際にこの手の言葉を伝える回数は自分の方が格段に多い気がしている。 「わ、私も好きだよ……」 「なんかついでっぽい。自発的なの期待してるんだけど」 あ、自分でもちょっと面倒なモードに入ってしまった。と、多少は自覚しつつもやっぱりコレが自分だからどうしようもない。言い訳できるとしたらきっとアレだ。の一番は絵だと分かっているから、どうしてもソレ以外の事は自分を最優先に見て欲しい、という気持ちが無意識に働いてしまうのかもしれない。などと自己分析したところで、やっぱりコレが自分なのだからどうにもできない。 は困ったようにの頬に触れていた及川の手に自身の手を重ねてきた。 「私、及川くんのことが好き。でも……そういうのってあんまり伝わってないのかな」 そうしてちょっとだけ寂しげに見上げられて、及川はグッと息を詰めた。後悔が込み上げると共に先ほどよりも激しい高ぶりが身体中を巡って、力任せにを目一杯に抱きしめる。 「――伝わってる。ちゃんがずっと俺のサーブ大好きなことも、北一の時から俺のこと好きだったこともぜんぶ知ってる……!!」 すればの身体がまるで拒否反応のように強ばり、及川はしまったと力を抜いた。きっと痛かったという意思表示なのだろう。 力を緩めてを正面から見やる。 「これからもああいう場面はあるかもしんないけど、ちゃんは全然気にしないでくれていいからね!」 「う……うん」 が頷いたのを確認して、及川はそのまま、チュッ、との額に口付けつつ上機嫌で「へへ」と笑った。 予想外に愛情確認も出来たし、やっぱり来て正解だったと思う。 「じゃあ俺、そろそろ行こっかな。急に押し掛けちゃってゴメンね」 「ううん。私も話せて良かった」 言いつつ短い距離ではあるが、手を繋いで門のところまで一緒に歩く。些細な事がたまらなく嬉しくてうっかり頬が緩んでしまう。 「じゃあ、また明日教室でね」 「うん、おやすみなさい」 笑って手を振ってくれたに手を振り替えし、及川は上機嫌での家に背を向けて自宅への道を歩き始めた。口から自然と出てくるのはお気に入りの鼻歌だ。 ――機会があったら「勘違い」などと言ってくれた女バレの二人に教えてやろうと思う。やっぱりカノジョは中学の頃から自分のこと好きだったし今だって余裕で両想いだし、と。 「フンヌフーン」 なんだかんだ終わりよければ全てよしな1日だった、と。及川はそのまま足取り軽く夜道を自宅を目指して歩いていった。 |
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