「――では本日の定例委員会は以上、解散」

 担当委員長のその言葉を合図に一斉に会議場に集っていた生徒達が立ち上がる。
 及川もその一人だ。
 今日は各部活動の部長による定期会議の日。内容は主に活動報告や予算案等で特に目新しいものはない。
 月曜に開かれる事の多い会議は部活にも支障はないし、――デートにも支障がない。と今日も今日とて月曜デートを断られていた及川はそのことを思い出してブスッとしていると何となく流れで一緒に会議室を出てきた女生徒がため息をついたのが伝った。
「月曜の会議ってほんとやんなる。せっかくいつも男バレに支配されてる第三体育館が使い放題なのに」
 チラリと及川が目線をながした先のショートボブが揺れる。彼女は青葉城西女子バレー部の主将であり及川にとっては近しい女友達の一人でもあった。
「オフの日に会議に駆り出される俺だってヤだけどねー」
 まあデートの予定はナシだけど。とは及川は言わずに軽口で返した。すれば彼女はその言葉に思うところがあったのか、ああ、とこちらを見上げてくる。
「そういえば及川ってさ、あの美術部の有名人と付き合ってるんだって?」
「――は!?」
「名前なんだっけ……ホラ、なんかふわふわした感じの子」
「え、ちょ……なんで……ッ!?」
 なぜ知っているのだ、とにわかに焦って及川が思わず立ち止まれば、彼女はさらりとさも当然のようにこう言った。
「雑談ついでに松川に聞いた」
 ――松つんのヤロウ……! と及川は顔をしかめる。口は堅いはずだと信じていたというのに女バレにホイホイ情報を流すとは信じられない。明日朝一で文句言ってやる。と眉を寄せていると、彼女はとんでもない事を言いだした。
「考えたんだけどさ、そのこと公表しちゃってもいい?」
「ハァ!? なに言ってんの、なんの権利があってそんな――」
「アンタのせいでこっちがどんだけ迷惑かけられてるか分かってる!?」
 言い返した及川の発言を強い言葉で遮られて及川は、ウ、とおののく。
 女バレとは接する機会が多いせいか、特に主将の彼女とは一緒にいることも多く互いに主将に就任して以降なぜか交際しているという噂が後を絶たず質問されることも多い。非常に迷惑している、と女バレから苦情を入れられたことも一度や二度ではない。
 けど、それは俺だって同じだし。と思いつつも及川はヘラッと笑ってウインクを決めてみた。
「こんなイケメンと交際疑惑が出るなんてむしろ光栄じゃない?」
「――殴るよ」
 しかし。冷たい流し目で一蹴されて及川は「暴力発言反対!」と叫ぶしかない。
 及川としても付き合いを公表したい気持ちは山々だが、当の本人がそれを嫌がっているのだからどうしようもないではないか。とブツブツ言いながらそのまま並んで下駄箱を目指していると「あ」と彼女が立ち止まった。
「噂をすれば……」
 その声に及川も立ち止まる。そして――思わず目が点になった。
 購買部帰りだろうか……、コーヒーを手に持ったと菓子パンを抱えた花巻が談笑しながら歩いてくるのが見えたのだ。
「あ……!」
 そうして二人もこちらに気づいたのか立ち止まって揃って瞠目し、いわゆる「お見合い」のような状態に陥ってしまう。
 気まずい。と一瞬だけ沈黙が流れる。
「よう、お前ら会議帰り?」
 お疲れさん、と先にその沈黙の空間を破ったのは花巻の一言だった。
「うん。これから部活行くとこ。花巻は? 帰んないの?」
「まあ受験生だし? 月曜くらい勉強にアテようかってね」
「へえ、エライね。じゃあ私は部活に戻んないと。あ、及川……さっきのこと考えといてね」
 じゃあね、と彼女は下駄箱の方へ行ってしまい及川は頬を引きつらせた。
 花巻も花巻であまりこの状況に巻き込まれたくなかったのかチラチラとと及川を交互に見たあと「じゃあ俺も行くわ」と去ってしまった。
 そしてまた微妙に気まずい空気が流れてしまう。
「……俺とのデートは断ったのに、なにマッキーとは楽しくお喋りしちゃってんの……?」
 自分も女バレの子と一緒にいたため歯切れ悪く聞いてみれば、「え!?」とは面食らったような顔を浮かべた。
「たまたま購買で会っただけだけど……」
 もちろんそれ以上でもそれ以下でもない事実だろう。2、3度瞬きをしたは少し肩を竦めた。
「じゃあ私も美術室に戻るから、またね」
 そうしても及川に背を向けようとし、及川は思わずの手を引いて引き留めてしまった。――いま人通りがなくて心底良かったと思う。
「俺も……! 俺も単に会議で一緒だっただけだからね!?」
 すればが振り返って、解せない、と言いたげな顔を浮かべた。その表情は本気で何を言われているか分からない様子で、及川はカッとなって言葉を重ねる。
「だ、だってちゃんがヤキモチ妬いちゃったら困るし! 女バレとは色々言われてるけどほんとに何もな――」
 そこまで言うとハッとしたようにが目を見開いてグッと掴んでいた手を握り返してきた。
「ちょ、声大きい……!」
「ソコなの!? 気にする箇所ソコ!?」
 もはやあとに引けない、と及川が口を開けばはますます困惑した顔色を浮かべた。
「廊下だし声響く……!」
「じゃあ黙るから、来週は俺とデートして!?」
 そうして及川が目一杯声を抑えて言えば、は大きく目を見開いたあとグッと唇を結んだ。明らかに返事に窮している。
 その反応に及川はブスッと頬を膨らませた。
「分かった。俺帰る」
「及川く――」
ちゃんの一番大事なものは何なのかちゃーんと分かってるからイイんですぅ! じゃあね!」
 そう言って及川はに背を向けて下駄箱を目指し――下駄箱に着いた瞬間に激しい後悔に襲われて思わずその場に座り込んでしまった。
 ――感情のコントロールってどうやったらできるんだろう? コートの中では出来ているはずのことがちっともうまくできやしない。
「ていうかぜんっぶ松つんのせいだよねこれ!?」
 取りあえず怒りの矛先を松川に向け、スマホを取りだして一頻りLINEにクレームを流してから、ハァ、と息を吐いた。

 ――ごめんね。
 ――言いすぎた。
 ――だってマッキーと一緒にいたからさ。
 ――ごめん。

 思いつく限りつらつらとメールをに送ってみるが、美術室に戻っただろうからの返事はとうぜん来るはずもなく……。
「ま、まさか……別れるとか言い出されたらドウシヨウ!? いやそんなことぜったいないしありえない………ないない。うん、ない」
 最悪だ。とずーんと落ち込んだまま学校をあとにする。
 バスに乗っている間中スマホの画面から目を離さなかったが、一向にメール受信の知らせは届かない。
 ハァ、と息を吐いてカメラロールをタップする。中には写真が得意なが撮ってくれた写真が何枚も納められていて――ブワッとその時の光景が蘇って及川は唇を震わせた。

 ――好きだよ。

 こんなことで別れ話に発展するなんて考えられないが、万に一つもの可能性に震えて及川はいてもたってもいられずその一言を再びに送信した。
 は頻繁にメールをするタイプではないし、出来うる限り返信してくれるとはいえあまりに送りつけていると返してくれない事もある。返事が必要ではいメールだと特にその確率はあがる。
 ていうか考えすぎているだけなのかもしれない。は全然気にしてないかもしれないし、明日会えばいつもどおりという可能性の方が高い。
 でも……と悶々としたまま帰宅し、夕飯を食べ、風呂も済ませて自室に戻る。すると机の上に置いていたスマホが光ってメール受信を知らせ、バッと及川は反射的にスマホを掴み取って受信したメールを開いた。

 ――私も好き。明日また学校でね。

 瞬間、パァ、と及川の表情は華やぎ心の底から安堵してホッと息を吐いてから、へへ、と笑った。
「だよね……、知ってる……!」
 そのまま及川は勢いに任せて数え切れないほどのハートマークをに送り返した。

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