「あ、おいしい」
「イケルじゃん!」

 12月上旬の調理実習はクリスマス前ということでパウンドケーキ。
 プレーンとチョコの二種類をそれぞれ班で作って、午後イチの授業だったことも相まって俺たちは昼食後のおやつ気分で試食を楽しんだ。
 うん。我ながらオイシイ。スイーツも美味しく作れちゃう俺ってばほんっと非の打ち所なさすぎる。なんて機嫌良くお供の紅茶を口にする。
「余ったぶんどうする?」
「あ、私良い物持ってるよ!」
 そんな会話が耳に入って俺は思わず瞬きをした。調理実習のメニューはどのクラスもいっしょ。だから先に調理実習を終えたクラスの子から差し入れとして貰ったりしたんだよね。と、向かいにいた班の子が百均で買ったっぽいラッピング袋を取りだして俺はハッとする。
 ソレソレ! その焼き菓子袋っぽいの俺も買おうと思ってたのに、と焦りつつ声をかけてみる。
「その袋、余ってたら一枚貰ってもイイ?」
「えー、及川クン誰かにプレゼント?」
「あげちゃうのー? あ、わかった! 部活用でしょ?」
 班内の女の子がはしゃぎながら「いいよー」と一枚くれて俺は笑みを浮かべつつありがたく受け取った。
 イマドキの男子は俺含めてみんな甘いもの好きだから抜け駆けはもちろんナシ。残った分は均等に分けられ、俺はプレーン味を一切れ手に入れて、貰った小さなビニール袋に丁寧に仕舞う。――ちゃんにあげよう。
 って上機嫌で授業後はちゃんのクラスを目指した。けど、ここから先は難関だ。ちゃんのクラスに遊びに行ったってマッキーに用事だと思われるのがオチだし、そもそもちゃんに気安く話しかけるのは難しい。
 なんて考えながら開いた教室のドアから中を見てハッとする。ちゃんの席は後ろから二列目。だから後方ドアからはぜったいに見えるんだけど、よりにもよって仲良さそうにマッキーと談笑してる。
 やっぱり同じクラス超羨ましい! ていうかちゃんのクラスの調理実習の事はマッキーが上機嫌でその日の部活前に「調理実習のパウンドケーキ、マジうまかった」と余ったケーキ含めて全部マッキーが平らげたんだと暴露してくれたから知ってる。ちゃんとマッキーは同じ班だからちゃん作の――マッキー作でもあるけど――のパウンドケーキは全部マッキーの胃袋に消えたってことで。
 ちゃんと付き合ってることはナイショだし、マッキーに文句言いたいのに言えないからフラストレーション溜まるったらないよね。
 けど、でも。さすがの俺でも中に突入してケーキ渡すのは無理かも。
 ハァ、とため息をついてちゃんのクラスに背を向ける。
 携帯を取りだしてみたけど、ふるふると首を振るう。用事があるから出てきて。とか、さすがに違うよね。ていうか……こんな差し入れ的なものを渡すのって地味にすごい勇気いってタイミングもみなきゃいけないんだな。って妙に実感しちゃって俺は思った。いつもにこやかに女の子の差し入れを受け取ってる俺はやっぱり正しかった、て。
 さすがモテる男は違うよね。という自画自賛もそこそこに俺は部活前にちゃんにメールを入れてみる。

 ――今日、いつも通りに残る? 残るなら俺迎えにいくから待ってて!

 部室で着がえてるとOKの返事が来て俺は口元を緩めた。部活が終わったら渡そう。
 ちょっとワクワクしてきて張り切って部活に励んで、いつも通り居残り練習もこなして切り上げた後に美術室に向かう。
 ちゃんもそろそろ終わるつもりだったのか俺が着いた時は絵の具で汚れたらしき手を洗ってて、俺は一通り終わるのを待ってから声をかけた。
「俺のクラスさ、今日の家庭科は調理実習だったんだよね」
「そっか、今日だったんだ。私たちのクラスは数日前に終わったけど……。花巻くんが一番張り切ってて、一番張り切って食べてたよ」
「……うん……らしいね……」
 マッキーへの不満はそこそこに、俺は切り替えてカバンをあける。
 そして、「じゃーん! 及川さんからのプレゼント――」と言いかけた俺はそこで絶句してしまった。
「お、及川くん?」
 どうしたの? とあまりに狼狽えたらしき俺をちゃんが怪訝そうに見やってくる。
 狼狽えたっていうか正直泣きそうになってしまった。
「……ちゃんにあげようと思ってたんだけど……」
 情けない声とともに取りだしたパウンドケーキは教科書やらなんやらに圧迫されてぺしゃんこ状態。あんなに美味しそうに可愛く仕上がっていたケーキは見る影もなくなっていた。
 これだけ毎日差し入れを貰っていてすら潰れたケーキとかさすがに貰ったことないし。ヤバイ。やらかした。ポジティブが自慢の性格なのにちょっと落ち込んできた。
 ちゃんはちょっとだけ目を丸めたあとに、凹む俺とは裏腹に少し頬を緩めた。
「ありがとう。私、欲しいな。もらってもいい?」
「え!? え、でもコレ潰れちゃってるよ?」
「うん」
 ダメ? と訊かれてダメなんて答えるわけもなくておずおずと渡してみる。そしたらもう一回お礼を言ってくれて、食べてもいいか訊かれたから俺は全力で首を縦に振った。
 潰れたパウンドケーキを半分に割って口に入れたちゃんが笑う。
「美味しい」
 お世辞かもしれないけど、グッと言葉に詰まった俺は次の瞬間には単純にも「うへへ」と笑った。
「やっぱり? けっこう自信作だったんだよね! ……潰れちゃったけど」
「及川くんも食べる?」
 言われて断ったら、ちゃんは潰れたパウンドケーキを本当に美味しそうに全部食べてくれた。
「美味しかった。ごちそうさま」
「イエイエ。今度は潰れてないバージョン作ってくるから! けっこう簡単だったし家でも余裕で作れると思うんだよね」
「確かに色んな味作れそうだよね。花巻くんはシュークリーム作りたかったって言ってたけど、シュークリーム難しいみたいだし」
「ああもう、いまマッキーの話題禁止! ていうかマッキーにちゃんのパウンドケーキ食べられちゃったしマッキーはしばらく俺の敵!」
 ――俺はこの時、マッキーがちゃんのことを気に入ってるなんて知らなかったけど。そんな理不尽なことを言ったらちゃんは呆れたように肩を竦めた。
 そしてちゃんは切り替えたように少し笑う。
「甘いもの食べたらコーヒー飲みたくなっちゃった」
 その呟きをプチデートの誘いだと解釈した俺は、仙台駅でコーヒーをテイクアウトという定番コースを提案してみる。笑って頷いたちゃんを見て俺はすっかり機嫌を取り戻して満面の笑みを浮かべた。

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