東北とはいえ、仙台ではそれほど雪深くなることは滅多にない。
 ゆえに積もった日は犬が駆け回る勢いではしゃいでしまうのは中学生なら無理からぬ事だろう。

「――いたッ! ちょッ! 集中攻撃やめてよッ!」
「気のせいだろ」
「デカイと狙いやすいしな」
「岩ちゃんまでヒドイ! 狙い打ち反対!!」

 2月上旬。その日は朝からうっとりするほどに滑らかな粉雪が積もっていた。
 推薦・一般入試ともに私立のみで受験の終わった3年生は昼休みともなれば校庭に繰り出し、受験解放の喜びを噛みしめるかのような激しい雪合戦が始まった。
 そのうちの一人である及川は岩泉を含めた男子生徒から雪玉の集中砲火を浴びせられ、最初こそ応戦していたものの形勢は圧倒的不利。キリがなくて、本格的にしんどくなって体育館の方へ逃げるように駆けた。
 きっと常日頃から女の子にモテモテの自分への嫉妬をいっぺんに晴らしにきてるに違いない。イケメンてほんとツライ、とブツブツ言いつつ全身に被った雪を手で振り払う。
 校庭では受験の終えた3年はもとより、1,2年もまるで小学生のようにはしゃぎ回っている。
 及川はすぐにバレー部の後輩達をその中に見つけて口元を緩めた。県内でも1,2を争う強豪である北川第一バレー部は長身揃いで見つけるのは容易い。
「にしても……」
 実質数ヶ月しか接しなかった1年の後輩もその中に見つけ、及川は肩を竦めた。バレー部は固まって遊んでいるようだが、その中に「ソイツ」がいない。
「あいつこんな時もバレーかよ。集団行動とかとれないんじゃないの」
 裏腹にすぐそばの体育館からは打撃音が聞こえてきており、及川は頬を引きつらせつつもしゃがんで風通し用の小窓の格子越しに体育館の中を見やった。――やっぱりいた。と、雪合戦などまるで興味ないとばかりに黙々とサーブ練習をしているらしき「後輩」の姿を見つけて、ヘッ、と息を吐く。
「しかもナニあれ。ヘッタクソ!」
 おまけにどうやら自分のジャンプサーブを真似して練習しているらしき場面を見てしまい、吐き捨てる。まだまだ形にすらなってない。というかそもそも圧倒的にパワーが足りてない。――いや、既にもう自分は引退した人間。深く考えるのはよそう。と踵を返して体育館に背を向ける。
 ハラハラとまた雪が降ってきた。動いてないとさすがに寒い。ターゲットにされると分かっていても雪合戦に戻ろうか。と考えていた所で及川は「ん?」と視界の端にセーラー服のスカートから伸びた白い足が映って歩みを止めた。
 そうして再び肩を竦める。――「その2」がいた、という思いからだ。
 声をかけたいような、そうでないような。周りはみんな雪合戦してるんだし、軽く雪玉投げてみたらダメかな。いや、でも、なんか集中してるっぽいし嫌がられちゃうかも。とぐるぐる考えた及川の脳裏にふと、まさにピコーンと良いアイディアが浮かんだ。

「寒くないの?」
「――わっ!」

 急ぎ足で自販機に温かい飲み物を買いに行った及川は、そのセーラー服の少女――立って絵を描いていたの背後からマフラー越しの首筋に缶コーヒーを差し出した。
「及川くん……」
「あったかいもの飲みたいなーと思ってたらちょうどちゃんが見えたからさ。ソレあげる」
 あっけに取られているにそう言って笑いかければ、やや彼女は不審そうにしていたものの「ありがとう」と受け取ってくれた。
「ていうかちゃんすんごい雪かぶっちゃってる。どんだけ突っ立ってたのさ」
 及川より背の低いは及川目線では後頭部が丸見えで、彼女の頭に積もった雪を冗談めかしながら払いのけてやるとは少し気恥ずかしそうにこちらを見上げてきた。
「あ、ありがとう。……及川くんこそすっごく雪まみれだけど……」
 どうしたの、と逆に訊かれ及川はつい今しがた自身の身に起こっていた事を思い返して頬をヒクつかせた。
「うん、チョットね。嫉妬に狂った男どもにやられたというか」
 すればは解せないと言った面もちで首を捻った。及川も自分用に買ったココアに口を付けつつ咳払いをする。
「雪合戦やんないの? ていうかセーラー服寒そうだよね。寒くない?」
「うん……、寒いけどこんなに綺麗に雪が降るって滅多にないから描いておきたくて」
 粉雪に目を細めながら嬉しそうに頬を染めるは本当に通常運転。絵を描くためか手袋をしていない彼女の指は既に真っ赤だ。と及川はちらりと缶コーヒーを持つ手が寒さで無意識のうちか震えている様子に目線を落とした。
 シモヤケとかなんないのかな。なったら絵に支障あるだろうからケアしてるんだろうけど、と思いつつ訊いてみる。
「もしかして普段からこんな真冬日も外で絵描いてんの?」
「うん。休みの日はだいたい外で絵を描くようにしてるの。寒いけど、やっぱり風景を描くのが好きだから」
 がうっすら口元を緩めて及川はハッとした。――は、元よりあまり受験対策せずとも平気だったようだが、先週に終わった私立一般入試で受験を終えたはずだ。そしてお互い部活も引退して予定は基本フリー。
ちゃん! あのさ……」
「え……」
「今度の日曜とか俺と――」
 そうして勢いのままに口走ろうとした及川の言葉は生憎と割って入った予鈴によって虚しく掻き消されてしまった。
「? なに……?」
 うっかり固まっているとが首を傾げ、及川は改めて言葉を探した。――いまなんて言おうとしたんだっけ。そうだ、お互いきっと時間に余裕あるし高校始まったらまた忙しくなるんだから今のうちにどこか一緒に……と思い直してゴクリと息を呑む。
 べ、別に友達だし? 深い意味なんてぜんぜんないし別に、と過ぎらせつつスッと息を吸い込んだ。
「あの――」
「及川! もう予鈴鳴っただろうがボサッとしてんじゃねえ!」
 そうして再び意気込んで言いかけた言葉は遠くから飛んできた岩泉の怒声によってまたもや掻き消されてしまった。
「あ……、そうだ私つぎ移動教室だった。ごめんね及川くん、先行くね?」
 はというとハッとしたようにそんな事を言い、及川としては頷くしかない。
「コーヒーありがとう。またね」
 急くようにが背を向けて行ってしまい、及川はやや強くなってきた雪を手で払いつつ思った。――イケメンへの嫉妬みっともない!

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