昼食時の購買部はある意味では戦場だ。 飢えた高校生の血で血を争う闘争が日々繰り広げられている。――とまでは行かずとも、目当てのモノが手に入るかはまさに運次第。 そんな中、先週一度も手に入れることの叶わなかったコロッケパンのラスト一個が目に入り、松川一静はとっさに手を伸ばした。 「――あ!」 と、同時に女生徒特有の白セーターから伸びた手もラストのコロッケパンを掴み、思わず松川はその相手に目を向ける。 すれば相手もこちらに目を向け、一瞬だけお互い無言で睨み合ってしまった。 「私の方が一瞬はやかったよね」 「いや、俺だね」 焦げ茶色のショートボブ。強気の瞳で見上げてきたのは見知った女子バレー部の主将だ。ゆえに松川としても譲れず、睨み合いは続く。 「あ、ていうか松川の持ってるやつ新作のフルーツサンドじゃん!」 「ソッチこそツナマヨ二個とかズルくね?」 更には互いが既に腕に抱えていた商品さえ互いに狙っていたものだったらしく、軽く言い合いをしているとそばにいたもう一人の女生徒のため息が漏れた。 「シェアしちゃえば?」 いつも長めの髪を高い位置でポニーテールにしている彼女は女バレの副主将である。 その一言で平和的解決が決まった二人は、互いの戦利品を分けるべく購買部を出て空中庭園となっている校舎入り口上部に向かった。ここは生徒の憩いの場の一つだ。 男バレと女バレはごく普通に親しい間柄であり、松川もたまにではあるが機会があればこうして昼食を共にすることも珍しくはない。慣れたように互いの取り分を分けながら話すのはやはりバレーのことだ。 「最近、女バレどうよ? 新人ちゃんたち部に慣れた?」 「んー……まあそうだね。あ、でも今年は北川第一の女バレから来た子が何人かいて色々助かってる」 松川の渡したフルーツサンドを口に付けながら主将がそう言えば、ポニーテールの副主将が「そうそう」と相づちを打った。 「少なくとも”及川先輩って素敵ですよね! 男バレとお近づきになりたいです!”みたいな子は一人もいなくて話がはやいよね。今年はたぶん及川ショックを発症する子は一人もいないと思う」 その言い分に松川は小さく吹き出してしまった。ついでに昨日の出来事――大衆中華食堂で及川とに遭遇――も思い出してついつい身を乗り出してしまう。そうして一通り掻い摘んで説明すれば二人とも目を点にしたあと肩を竦めた。 「うわ……さすが」 「及川のカノジョってあの美術部の子って言ってなかった? あんなお嬢様っぽい子そんなトコ連れてくって逆に凄くない?」 「予想外というか予想通りだよね……逆に」 「だろ? しかもカノジョの好物って洋食らしいしさ」 がオムライスやグラタンが好きだと言っていたことを思い出して松川が言えば、主将の彼女は死んだ魚のような目をして遠くを見つつ呟いた。 「うわー……ないわー」 「あの子そもそもなんで及川と付き合ってるの? 顔?」 「さァ。いっそ及川呼んでみるか」 話の流れのままの勢いで松川は携帯を取りだし、及川に暇なら空中庭園に来るようLINEした。 すれば間髪入れずに返信が来て、相も変わらずの内容に思わず画面を女バレの二人に向けてしまう。 ――なになに、松つんてば昼休みにも俺と会いたいの??? ――松つんてけっこうツンデレだよね! 素直に俺とランチしたいって言えばいいのに! ――でも及川さん優しいからすぐ行ってあげるね! そんな文章が絶妙に読む人間のいらつきを煽るスタンプと共に投下されて、眼前の女バレ二人の頬も引きつっていた。 「なんで一言ですむ返事を三行に渡って書いてスタンプまで連投してるのヤツは」 「これさ、既読スルーしたらまた絡んでくるんだよね。私もよくやられる」 特に主将の方は部に関するただの事務的な業務連絡が「事務的」で済まない事も多いらしく本気でコメカミをヒクつかせており、さすがの松川も肩を竦めているとさっそく渦中の人物が昼食を抱えて現れた。 「やっほー、松つんお待たせ! ってなに、女バレの二人も一緒じゃん」 「なにって何よラーメン野郎」 「アンタほんとつくづく期待を裏切らないよね」 「え、何の話? 俺そんな褒められるようなことしたっけ?」 よく分かんないけどありがとう、と女バレ二人の発言をポジティブに受け取ったらしい及川を見て松川はたまらず吹き出してしまった。そうして今まで3人で交わしていた雑談を一通り説明すると及川は一転して眉を釣り上げ拳を握りしめる。 「ハァ!? なんで俺がラーメン大好き小池さんみたいな扱いになってんのさ! だいたい松つん、女バレにいちいち情報流すのやめてくれる!?」 「いやでも事実じゃん?」 「だから俺たちがどこ行こうと松つんには関係ないじゃん! それにあのあとSS30に登って夜景観て超デートっぽいことしたし!」 「それ花巻のアドバイスじゃん?」 「――うぐっ」 一連の流れを横で見ていた女バレの二人はいっそ及川に哀れみにも似た目線を向け、言葉に詰まった及川は誤魔化すようにして手にしていた牛乳パンにかぶりついた。 「及川さー、カノジョと同じクラスじゃなかったっけ? 昼食一緒じゃなくていいの?」 ショートボブを風に揺らしながら主将が聞けば、及川はちらりと目線を上向けて特別教室棟の方を見上げた。 「ちゃんは今日は美術室行っちゃったし。それに付き合ってんのはナイショなんだからそういうの無理じゃん」 「だから公表しちゃってよ。こっちも迷惑してんだしさ」 「俺だってできるならしてるし!! ちゃんが嫌がってんだからムリ」 「そこは気遣えるのにラーメン屋には連れてくんだ」 「ラーメン屋じゃなくて中華屋! ていうかお前らぜったい話盛って面白がってるよね!?」 そういうコトなら俺もう行くけど!? と怒り心頭らしき及川を横目に「あ」と主将が目を瞬かせる。 「及川、上」 「は?」 「だから上だってば」 「何さ藪から棒に……」 彼女の目線に従うように及川は視線を上向かせ、次いで面白いほどに狼狽したのがはっきりと松川の瞳にも映った。――この空中庭園は特別教室棟からは見下ろせる位置にある。松川も視線を上向かせば、美術部の窓に渦中の及川のカノジョの姿が見え……。 「手でも振ってやれば?」 半笑いでそう告げれば及川は冗談じゃないとばかりに食べかけのパンを掴んで立ち上がった。 「ほんともう何なのお前ら! ワナかなんか!?」 「いやさすがにそれは誤解――」 「とにかくほんともう変な噂流すのやめて! じゃあね!」 及川は自分たちが楽しくランチをしているところをに見られて妙な誤解を避けたかったのだろう。おそらくは美術室に向かうためにバタバタとその場を去り、残された松川たち3人はあっけに取られてしばらく3人で顔を見合わせた。 「なんか良くわかんないんだけど……、及川がかなりあの子に入れ込んでるっぽいのは分かった」 「なのに中華屋という謎チョイス」 「まあ及川だしね」 「それより来月のインハイ予選だけどさー……」 そうして早々に及川の話は終わり、元のバレーの話に戻って3人のランチタイムは和やかに進んだ。 今ごろ美術室ではどんな会話が繰り広げられているのだろう? ふと松川は思ったが、たぶんこちらの想像以上に二人は普通に付き合っていて、それでも周りがその「普通」を許さない。という状況においては少し同情する。が、やっぱり自分たちがいらないとばっちりを受けている部分を顧みるとトントンだな。と思いつつ半分のコロッケパンをかじった。 多めに昼食を取っておいて正解だ。たぶん今日の我らが及川主将はいつも以上に厳しいに違いない。あとでスイーツでも追加で買うか、と密かな覚悟もしつつ松川は一度美術室を見上げた。 |