とある月曜日の放課後。女の子に人気のない第一体育館の裏なんかに呼び出されちゃったあと。 まるでその子の後ろ姿に呼応するように空から雨粒が落ちてきた。 天気雨ってヤツかな。 部活はオフって言ってもカバンにタオルもジャージも常備してあるし、あんまり酷いようならジャージ羽織って帰るかな。 と校舎の方に出ようとしてふと気づく。今を盛りのアジサイの木陰にしゃがみ込んでる制服が見えてギョッとしたけど、同時に栗色の巻き毛が見えて「ああ」と納得した。と同時に呆れかえってしまった。 雨が降ってきたなんてひょっとして気づいてないんじゃ……というほど熱心にスケッチブックに鉛筆を走らせている「天才」。 濡れることより雨を弾く葉っぱの様子を描くことの方が大事。とかそんな理由なんだろうと理解できてしまう程度には天才バカの思考が読めてしまう自分が嫌になってしまう。 「何してんの?」 彼女のふわふわした髪がしっとり落ち着くくらいの時間は見守ってから俺は後ろから声をかけてみた。 ぴく、と反応した肩がこちらを振り返る。 「及川くん……」 「雨降ってますケド?」 「うん。でもほら紫陽花の葉にカタツムリが乗ってて、観察してたら雨が降ってきて……ますます良い眺めになったからちょっと描きたいなって思ったの」 笑う彼女につられてアジサイの葉を見れば、ちょこんとカタツムリが乗っていた。確かに「それらしい」風景ではあるのかもしれない。 「風邪ひいたらどうすんのさ」 「でも……及川くんも濡れてるよ」 どうしたの、と逆に聞かれた俺はまさか彼女を見守ってたなんて言えるわけもなく、もっともらしく腰に手を当ててみる。 「俺はホラ、水もしたたるイイ男だし!」 「……」 呆れたような目線を貰って地味にダメージを受けてしまう。ヒドイ。せめて「イイ男」には同意してくれてもいいのに。 「及川くんは今日はオフなんだよね? 私はもう少しだけ描いていくから」 そう言って目線をスケッチブックに戻した彼女は暗に「帰れ」「邪魔するな」と言っているのだろう。む、と俺は口をへの字に曲げた。 彼女はこういうタイプだ。知ってる。サーブ練習を見に来た時は声をかけて欲しい俺と違って、声をかけないで放って置いて欲しいタイプ。やっぱり天才って理解不能! と脳裏に思い出したくない人物2人が勝手に過ぎってきて俺はブンブンと頭を振ってからカバンを開いてタオルを取りだした。 ソレを彼女の頭にふわりと被せると「え」と彼女がこちらを見上げてくる。 「それ貸したげる。濡れ鼠にならないうちに早く終わらせなよね」 「え……だ、大丈夫だよ。美術準備室にジャージもあるし、ドライヤーだってあるから」 実際、雨は小降りになってきてるし平気なのは本当なんだろうけどこっちだって引くに引けない。ていうか「及川くん、ありがとう」って可愛く受け取ってくれたって良いのにさ。たぶんきっと照れてるだけに決まってるけど。 「俺が貸したいんだからいいの! 言っとくけど及川さんのタオルってすんごい貴重なんだよ!?」 「……」 必死に訴えれば更なる呆れた視線をくらって地味に凹んでいると、彼女は少しだけ案ずるように見上げてきた。 「だったらなおさら及川くんが使った方がいいよ。風邪引いちゃったら大変だし」 それを聞いて俺はハッとする。――なんだ。呆れられたわけじゃないんじゃん。と分かって一気に感情はポジティブな方に変わっていつものようにヘラッと笑ってしまった。 「及川さんは鍛えてるから平気デス! それに俺、ジャージも持ってるしね」 ていうかタオルも2枚は持ってるし。とピースサインを浮かべればようやく納得したのか彼女は少し笑ってくれた。 「ありがとう」 雲間から光が差して、俺は目を窄めつつ笑った。 「じゃあ俺、帰るね。あ、タオル欲しいならあげるからそのままでいいからね!」 そうしてばっちりとウインクをして彼女に背を向け、やっぱり俺ってイイ男、なんて自画自賛しつつ上機嫌のまま俺は帰路についた。 後日、その言葉は当たり前のように無視されて丁寧に洗濯されたタオルが手元に戻ってきた。て、照れてるだけだしきっと! |