「岩ちゃん、ちょっとドラッグストア寄っていい?」

 ちょっと早めに岩ちゃんと一緒に帰ってた時、俺は切れかけだったデオドラントウォーターの事を思い出してそう呼びかけた。
 運動部は一年中汗だくからは逃れられないから全員それなりに気を遣ってる。
 岩ちゃんでさえ最近の愛用は人気俳優がCMやってるボディシートで、「芸能人の真似したってモテないんだよ?」って言ったら思いっきり背中を蹴られてしまったのも最近の事だ。
 モテモテの及川さんとしては女の子をがっかりさせるわけにはいかないんだよね。なんて人には言いつつ爽やかなニオイのヤツを使ってるけど、実際はその辺はあんまり意識してない。
 だって俺がモテるのは天然美少年だからで、覚えてる限り小学生の頃にはもうモテてたし。別に今さらそんな気遣わなくてもモテるし。モテたくて必死なわけじゃないし。汗くさいのが本気でイヤだからケアしてるだけだけど。
 どう言ったってやっかむ人間はいるんだから他人にどう思われても気にしないのが一番だよね。

「あ、岩ちゃん! これ岩ちゃんが使ってるシートと同じシリーズのリップだよ! ガサガサの唇じゃあ益々女の子にモテないし買ったらど――あいたッ!」

 駅からちょっと離れたドラッグストアについて、目に付いたリップクリームを純粋に親切心から勧めたら鬼の形相で頭叩かれた。ヒドイ!
「くだらねえこと言ってねえでさっさと用事済ませろ、クソ及川!」
「別にイイじゃん、ちょっとくらい他の商品見たってさ」
「化粧品コーナーに群がる女子かよおめーは」
「そういう所がモテないんだよ! ――あいたッ、暴力反対!」
 完全に人選ミスった。カノジョか、せめてマッキーと来るべき場所だった。と鉄拳をガードしつつ渋々と目的物を探す。
 しばらく棚沿いに歩いていって見つけた商品を手に取ると、ふと向かいの棚に女子高生と思しきプリーツのスカート、とその隣のカレシらしき男子高校生が目に入った。
 やたら親密げに小声で話しているその棚は――衛生用品。と気づいて俺はピシッと固まった。そうこうしているウチにそのカップルは棚から小さな箱を手にとってイチャイチャしながらレジに向かった。「いやいやいやいや」と思わず脳内で強烈に突っ込んでしまう。
 制服でそういうの買ったらダメって法律はないよ? でもさ、でもさ!! ほらレジのお姉さんも一瞬「え」て顔したじゃん! 何ですかソレ今から使っちゃうカンジですか?
 前言撤回。やっぱりカノジョと来なくて良かった。たぶんこんな場面一緒に見たらすんごい気まずくなっちゃう。
 ていうかあれアリなの? 俺なんてこんなにモテモテなのにカノジョとそういう事まだ一度もないんですけど!? う、羨ましくなんか……羨ましくなんか――。
「おいコラ、及川」
「――へッ!?」
「おめーの腐れ切った願望が顔にダダ漏れで気色わりぃんだよ、外道が」
「そこまで言う必要なくない!?」
 ていうか岩ちゃんてどこまで俺の思考読めるんだろ。本気でエスパーじみてて怖いんだけど。と、いつもよりも汚い物を見るような目で見られた俺は心の底から抗議して、手にしていた商品をそのまま購入するとドラッグストアを出た。
「あー……なんか俺、生まれて初めてリア充爆発しろとか思っちゃったかも」
「そうか。俺は一年中お前が爆発しねえかなと思ってるけどな」
「一年中幼なじみに妬まれてる俺って超カワイソウ!!」
 相変わらずのやりとりを続けつつも、どこか物足りなさを感じてしまう。ちょっとだけ人肌恋しくなっちゃった。まだ学校にいるのかな。会いたいな。このまま仙台駅で待ってようかな。
「あ……、おい、及川」
 ため息なんかついてると、岩ちゃんが何か気づいたように足を止めた。「なに?」と俺も足を止めて自然と岩ちゃんの目線の先を追う。
 そしたらちょうどいま帰りだったのか、たったいま「会いたい」って思ったカノジョの姿が見えて俺はこれ以上ないほど目を見開いた。と同時に舞い上がりを抑えきれずに走り出してしまう。
 そして大きな声で名前を呼んだらギョッとした顔してカノジョが振り返ったけど、そのまま駆け寄って勢いのままギュって抱きしめる。
「会いたかったー!」
「え……え……!?」
 戸惑ったカノジョの声と、後ろで呆れてる岩ちゃんの気配がしたけど関係ないもんね。
 ふわ、ってイイ匂いが漂って俺はますます笑みを深くして「うへへ」と笑った。

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