及川くんがモテることなんて、中学生の頃から知ってる。

 一緒に歩いてればイヤでも視線を集めちゃうし、見慣れている私でさえ「やっぱり綺麗な顔してるな」って見惚れる時もあるから。
 あの華やかさが人を惹きつけてしまうことはきっと当然なんだと思う。

「あの、青城の及川さんですか……!?」

 土曜日の午後。私は家の近くの公園でいつも通りスケッチブックを広げてスケッチをしていた。
 珍しくバレー部は週末遠征が入ってなくて、練習も午前中のみ。だからデートしよう、と嬉しそうに言ってきた及川くんとの待ち合わせ場所。
 朝からスケッチをしていると言った私に及川くんは部活後に合流すると言ってくれて、そろそろかな、と思った矢先にそんな声が響いた。
 顔をあげると、目に入ったのは目を引くえんじ色のベストにスカート。どこの高校だろう? ネクタイの制服、羨ましいな。と感じてしまう可愛い制服を着た女の子数人に及川くんが囲まれてるのが映った。

「おばんドゥースみやぎ観ました!」
「私たちの高校、女子バレーが強くて何度か試合観に行ったんです……!」

 たぶん及川くんが出てたローカル番組のこととか話してるみたいだけど、どうにも居心地が悪い。
 聞き耳立てたいわけじゃないのに、聞こえてくるし。ちょっと気になるし。かといって逃げるわけにもいかないし……と居心地悪くしていると、及川くんはいつもみたいに背景に花でも咲いてるみたいなキラキラ眩しい笑顔を浮かべた。

「うわ嬉しい、ありがとー!」
「一緒に写真とか撮ってもらってもいいですか!?」
「イイよ、モチロン!」

 どことなく既視感のあるやりとりをなるべく気にしないようにしてスケッチブックに目線を落とした。
 しばらく俯いていると、ヌ、とスケッチブックに影がかかる。
「お待たせ」
「及川くん……」
「今日の練習、溝口クンが風邪ひいちゃってて先生一人で大変そうだったんだよね」
 言いながら隣に腰を下ろした及川くんは、つい今の出来事については「触れない」という選択をしたらしい。
 自分の感情に正直だけど気もよく遣ってくれる及川くんらしい行動。だって及川くんがモテることはどうしようもないし、気にしたってどうしようもないから。
「ていうかさ、この前のおばんドゥースみやぎ観てくれた?」
 あ、ソコには触れるんだ。と探るような声に私は苦笑いを浮かべてしまう。確か放映日に及川くんから「ただいま絶賛放映中」というメールが来たけど、平日の夕方だったから物理的に観られなかった。
 そのことを告げると、「ヒドイ!」とさっそく非難されてしまった。
「ビデオに撮るとかしてくれてもいいじゃん! 及川さん超カッコ良かったのに!」
「ど、どんな取材だったの……?」
「んー……、なんていうかバレーだけじゃなくてバスケとかテニスとか含めて宮城の部活少年を紹介してくカンジ? バレー代表は俺だけで十分なのにウシワカ野郎も取材されちゃってホンット腹立つ!」
 そしてさっそく憎々しげな顔をする及川くんは本当に忙しい。きっとこんな風に牛島くんとは中学の頃から周りにライバル扱いされてたんだろうな、と思うと私はちょっと羨ましかったり微笑ましかったりするんだけど、言ったらきっと思いっきり否定されちゃうから言わない。
「でも面白そうだね。テニスとかも特集してたんだ」
「なんでテニスだと興味示すのさ!? 及川さんだけ観てれば十分じゃないの?」
「……」
 たぶんきっと及川くんが私にモテてることをあまり意識させないよう気を遣ってくれてるのは、及川くん本人が割とヤキモチ妬きだからだろうな。って分かってるけど、これも口に出しちゃったら「そんなことないし!」って言われちゃう気がする。
「及川くんは録画したの?」
「モチロン! でもさー、テレビ出演も何度もやってると家族も段々無関心になってきちゃってほとんどスルーされるんだよね。酷くない?」
「そ、そうなんだ……。おばんドゥースってインターネット配信とかしてるのかな? 今度調べてみるね」
「別にそんなことしなくても、及川さん録画してありますケド?」
「え……」
「今から観にくる?」
 俺んちに、とややトーンを落とし気味の声で言われて、ドキ、と胸が高鳴った。
 及川くんの家がどこにあるのかまだ知らないし、もちろん家にあがったことなんてあるわけもなくて。今日は土曜日で家族がいたらやっぱり挨拶しなきゃいけないだろうし、いなかったら……と余計な事が浮かんで勝手に心拍数があがってしまう。
 どう答えればいいんだろう。とちょっと迷ってたら、囁くくらいの声で名前を呼ばれて、及川くんの綺麗なココア色の瞳と目があって、ドキ、とさっきより高く胸が鳴った。
 やっぱり綺麗な瞳。いっそズルイくらい。キスされる直前の及川くんの瞳が視界いっぱいに入ってくるの、たぶんすっごく好き……と金縛りにあったみたいに動けないで、そのまま瞳を閉じて唇に温かい感触が触れる。
 離れがたくて、もう一度、とお互いキスを重ねる。及川くんに触れてるの、好き。抱きしめられた時に「好き」って自覚したせいかな。こうして触れてるときが一番及川くんを好きなんだって自覚できる。
 だから、もっと触れたらもっと好きになっちゃうのかな……って思う半面、もう少しだけこのままの関係でいたいような、そうじゃないような。
「さて、どうしますか……?」
 そのままギュッと抱きしめてくれた及川くんがおどけたような声で聞いてきて、あったかくてがっしりした及川くんの胸に身を寄せつつ「んー」と唸る。
「まあお父ちゃんもお母ちゃんも家にいるんだけどね……」
 そうしてる間に及川くんが渇いた声で言って、私は少しだけ目を見開く。――及川くんのご両親に挨拶する勇気は今はちょっとないかも。
「俺チョット新しい服とか見たいんだよね。泉まで行けば駅周辺よりは青城の生徒に会う確率下がると思うし」
 及川くんはそんな私の気持ちを察してくれたのか、「どう?」とショッピングの提案をしてくれて私は頷いた。すると及川くんも、二、と笑ってくれる。
「じゃ決まり! 晩ご飯も一緒に食べようね」
「うん」
 私もスケッチブックを仕舞って立ち上がる。自然と及川くんと手を繋いで歩き出した。――誰かと付き合う、なんて今まで全然考えられなかったけど。及川くんと2人で過ごす時間は想像以上に楽しくて、今は「付き合わない」という選択肢が考えられない。
 そうして大通りに出ればやっぱり女の子から視線を集めてしまったけど。たぶん、そのうち慣れる……といいな……。と前向きに考えて及川くんの楽しそうな顔を見て少しだけ頬を緩めた。

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