メイドは見た――!





――お願い、! 一枚でいいからシュナイゼルさまの写真を撮ってきて欲しいの!

たまに地元に帰省すれば、毎回のように友人知人果ては家族からもそんな要求をされるけど、間違ってると思う。
殿下のお側には常にもっと素晴らしい方が控えていらっしゃるというのに、みんなの目は節穴なの?
ああ、カノンさまの隠し撮りだったら喜んで――。
「出来るわけないのに……うぅ、みんな好き勝手言うんだから」
ここはあくまでブリタニア皇宮。しかも宰相たるシュナイゼル殿下の統治する宰相府。きっとカメラを構えていても殿下は笑って許してくださるとは思うけども、状況的に許されるはずがない。というかカノンさまのお怒りを買うに決まっているから、とてもじゃないけどそんな真似、出来るはずもない。
第一、カノンさまに殿下を隠し撮りしてるなんて誤解されたくないからお断りだ!! 
とも言えず……私は途方に暮れていた。
自由時間でさえ意味もなく執務室付近をうろついてしまうのは、きっと無意識にあの方のお姿を探しているから。

「――で、先日中華連邦に視察に行った時にジャイアントパンダを見かけて」
「まあ、とても可愛らしいんでしょうね。私も一度見てみたいです」
「あら、だったら今度はシュナイゼル殿下と共に行かれます?」
「……いえ、それは」

ピク、と全身の私の細胞が一斉に反応した。こ、ここここの声は紛れもなくカノンさま……!
振り返ると、そこには綺麗なドレスを纏った女性と親しげに話すカノンさまがいて……誰だろう? と目を見張った私は相手を確信すると一気に背筋を伸ばして硬直した。
「こ、こここ皇女殿下……!」
うぅ、なんでどもってしまうんだろう。
そこにいたのはシュナイゼル殿下の二人目の妹君にあたる第三皇女殿下で。奇声に近い声をあげてしまった私は見事にお二人からの視線をゲットしてしまった。
「なに、? どうしたの?」
不審そうな声を発するカノンさまにぐぅの音も出ない。あああどうしよう……目の前の皇女殿下がギネヴィア皇女殿下やコーネリア皇女殿下のようなお人だったら、取り返しがつかない。
「も、申し訳ありません。その、第三皇女殿下をお見上げする機会などそうそうなくて……舞い上がってしまって」
母上さま、父上さま、もし皇宮を追い出されてしまったら申し訳ありません。
でもマルディーニ家に永久就職する予定がありますのでご安心下さ……ってこんな時に何を考えてるの。ああ、人間絶体絶命の時って脳が逃避するっていうけど、ホントなのね。
「そうね、私はあまり離宮から出ることはなかったから……珍しいかもしれませんね」
必死で頭をさげていると、予想とは裏腹に柔らかい声が下りてきて私は床と間抜けな顔でこんにちはした。
ぽかんとした顔で顔をあげると、少しばかり肩を竦めて自嘲気味な笑みを浮かべる皇女殿下がいらっしゃった。
ふふ、とカノンさまも可憐にお笑いになる。
「その点は、クロヴィス殿下とシュナイゼル殿下に感謝ですわね。私もこうして皇女殿下と親しくお話をさせていただけるんですから」
「カノン……」
すると皇女殿下は複雑そうな儚げな笑みを浮かべられて……、私はボーっと見とれているしかなかった。
普段シュナイゼル殿下のそばに控えていて忘れがちだけれども、皇族の方はみな同じ人間とは思えないほど美しい方ばかりで。第三皇女殿下も例に漏れず、なんて綺麗な人なんだろう。
もちろんカノンさまもお美しいけれど、こんなお二人が並ばれているとまるで完成された絵画を見ているみたい。
――やっぱり、世界が違うのね。
皇女殿下を前にしてカノンさまと仲が良くて羨ましい、なんて感情すら沸いてこない自分に少しばかり驚いてしまった。
「殿下、この子……はね、若いけれどとっても優秀で、特に彼女の淹れた紅茶は絶品なのよ」
「まあ……、ぜひ私も頂いてみたいわ」
カノンさまにそんな恐れ多い紹介をして頂いて、お世辞でも皇女殿下にそんな風に言われて、舞い上がるなという方が無理だった。
「イ、イエス。――ユア・ハイネス!」
……うぅ、今この返事をするのは状況的におかしいとなぜ判断できなかったんだろう。
慌てて私は口元を手であわあわと押さえつつ言い直した。
「も、もったいないお言葉です」
あとでカノンさまからその態度はなんだと注意されるのも覚悟しつつ頭を下げると、皇女殿下はどこか困ったように首を傾げたあと一度微笑んでくださって私の前を通り過ぎて行かれた。
予想外にカノンさまもお優しい表情で一度目線を私に下さってから皇女殿下と共に廊下を歩いて行かれて、私は拍子抜けしてしまう。
「はぁ……」
カノンさまの様子がいつもに増して紳士的で素敵だったのは、皇女殿下とご一緒だったから?
つい今の出来事に頭がついていけずにぼーっとしていると、窓の外の庭園に先ほど歩いて行かれたカノンさまと皇女殿下のお姿が見えた。
やっぱり、仲睦まじげなご様子。
カノンさまは伯爵家の跡取りでいらっしゃるし、皇女殿下とは年齢もお近くて……もしも皇女殿下が降嫁なさるとしたら、カノンさまの所なのかしら?
なんてことを考えてしまって、さすがに少しだけ切なくなっていると、カツ、と廊下を歩く音が聞こえてきて私は窓からそっちへと視線を移した。
「あ……」
するとこの宰相府の主であるシュナイゼル殿下の姿が目に入って、私は反射的にぺこりとお辞儀をした。
……」
「はい」
「妹を……私の妹を見かけなかったかい?」
珍しく、いつもの口八丁誉め殺しではなく普通の言葉をもらって、私は意外に思いつつ小さく頷く。
「はい、第三皇女殿下でしたら……あちらに」
そうして窓の外に目線を送ると、そばまで歩いてこられた殿下もそちらを見やった。
そこには先ほどと同様にカノンさまと談笑する皇女殿下がいて――妹に甘いシュナイゼル殿下のことだから、カノンさまと親しくしていてお怒りかしら? それとも微笑ましく思ってらっしゃるのかな? なんて思ってなにげなく殿下を見上げたら予想外に切なそうな目線を窓の外に向けている殿下がいて、私の心臓がドクッ、と音を立てた。
その表情――覚えがある。きっと、さっきまで私がしてたような顔と同じ。
でも、どうして?
なんて思っていると殿下は私の視線に気づいたのか、今まで浮かべていた表情を嘘のように消して普段通り穏やかに微笑まれた。
「身体の弱かった彼女がこうして外に出られるようになって、私も嬉しく思っているんだよ」
「……あ、はい。私も恐れながら嬉しくお見上げいたしました」
笑って頷かれる殿下はいつも通り妹思いの理想的な兄の姿で。そのまま歩いていかれて、私は先ほどのは感傷的になっていた自分の見間違いだと思い直すことにした。


――だけど。


ある休日の朝――すっかり習慣になっていて普段通り目覚めた私はゆるゆると宰相府を徘徊していた。
今日の私の担当はシュナイゼル殿下のプライベートルーム付近の清掃。だからどこをどう重点的にやればいいかチェックしつつまだ薄暗い宰相府内を歩いていく。
土日はさすがに公務も平日ほど詰まってはないらしく、カノンさまが出仕なさらない日も多い。もちろんメイド業だって平日ほど忙しくはなく――、けれども次にカノンさまがここを見たら驚くほど綺麗にしよう! と一人気合いを入れて、うふふふ、と変な笑いを漏らしている時だった。
パタン、と遠くで扉を開け閉めする音が響いたかと思えば程なくしてふわりと白い影が横切って私は「ひっ」と声を引きつらせながら階段の壁に身を張り付かせた。
銀髪とまごうような髪が揺れ――ドレスの裾がふわりと踊って……薄暗い中でその様子は異様で私は「で、出たああああ!!」と叫びそうになる声を必死で堪えてやり過ごした。
ばくばくと鳴っていた心臓が落ち着き、冷静になってきたところで私はハッとする。
あの人影……あの髪……確かに見覚えがある。そうだ――。
「皇女殿下……?」
そう、紛れもない第三皇女殿下だったように思う。
けれども、どうして?
ここはシュナイゼル殿下の宰相府だし、さっき皇女殿下が歩いてこられた方角はシュナイゼル殿下のプライベートルームの方角で……と考えた私は一気に頭が真っ白になるのを感じた。
え? え? ええええー!?
い、いやいやいやいや。お二人はご兄妹でいらっしゃるわけで、仲のいい兄妹なら互いの部屋へ遊びに行くことだって普通よね!
とぐるぐる考えつつ思う。今はまだ――夜明け前で。今、皇女殿下が殿下の部屋から出てきたと言うことはいわゆる"朝帰り"?
え? え? ええええー!?
い、いやいやいやいや。殿下の私室から出てきたと決まったわけじゃないし、夜通し資料に目を通して公務をこなしていらっしゃっただけかもしれない。
そう、そうよね、そうに決まってる!
いくらあの殿下とは言え、実の妹君と……そんな。とは言えユーフェミア皇女殿下やコーネリア皇女殿下をまるで口説くように誉め倒している殿下を思い出して私は思考を掻き消すようにぐしゃぐしゃに頭を掻きむしった。
確かに第三皇女殿下は殿下好みのお美しい方だけど! でも、いくらあの殿下でもそんな……!
ああでも、殿下のプライベートって実は凄く謎。殿下の私室にはすごくベテランの侍女しか入ることを許されていないし、彼女たちは絶対に殿下の私生活について口を割らないから実のところ本当の殿下なんて誰も知らない。
そう、ということは知っちゃいけないということで。
――見なかったことにしよう。
そう結論付けて、私は今朝のことは夢を見たと思って綺麗サッパリ頭から消し去ることにした。

でも――、いつか、カノンさまと皇女殿下を見つめていた殿下の切なそうな表情だけは忘れられなくて。

もしも、もしも殿下が皇女殿下のことを妹以上に想っていたとしたら。
殿下もまた、私と同じようにままならない恋に苦しんでいらっしゃるのかなぁ……なんて、少しだけ殿下にシンパシーを感じてしまった。

「やあ、今日も君の笑顔は眩しくて元気がもらえるようだよ」

――と思った私がきっとバカだった。
相変わらず笑顔で口八丁の誉め殺しを続けるシュナイゼル殿下を見て私は思った。
やっぱりあれは幽霊か、夜通し公務を続けられていた皇女殿下の姿だったのだ――と。


親愛なる母上さま、友人たちへ。
隠し撮りは無理でしたが、シュナイゼル殿下の定期レポートです。
今日も殿下のそばでお仕事をなさるカノンさまが素敵でした。控えめかつ有能なカノンさまはまさに副官の鑑であり細やかな気配りはメイド以上に素晴らしく私たちも見習っ――以下数千字に渡ってカノンさまレポート。
では、ごきげんよう。より。

P.S.
第三皇女殿下にお茶を淹れさせて頂いたら、大変喜んでもらえました。










続く……?

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